パンの耳と神様の運気泥棒
パンの耳と神様の運気泥棒
朝の柔らかな日差しが差し込む、ポポロ村の村長宅。
そのダイニングテーブルには、残酷なまでの『経済格差』が如実に表れていた。
「ふぅ、今日も村長のお仕事頑張らなきゃね!」
月兎族の新村長、キャルルさんは、お気に入りの人参柄のエプロン姿で、手作りの豪華な朝食を並べていた。
こんがり焼けたパンに、厚切りのロックバイソン肉のベーコン、新鮮なレタスとトマトを挟んだ特製BLTサンドイッチ。そして、村で採れた無農薬のニンジンを絞ったフレッシュジュースだ。
一方、その向かいの席。
緑色の芋ジャージを着た人魚姫の地下アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンは、背筋をピンと伸ばして正座し、自分の皿を真剣な眼差しで見つめていた。
彼女の朝食は――タローソンの裏で拾ってきた『パンの耳』、近所のおばちゃんに恵んでもらった『茹で卵』、そして今朝早く公園で摘んできた『雑草のサラダ』である。
「……くっ。これが、下界の過酷な試練ですのね……!」
リーザは、プルプルと震える手でパンの耳を掴み、涙目で呟いた。
「……ねえ、リーザちゃん。それ、本当に美味しいの?」
向かいの席から、キャルルさんが呆れ半分、心配半分の声をかける。
リーザはフンッと鼻を鳴らし、ウサギの耳……ではなく、サラサラの美しい髪をかき上げた。
「結構ですわ、キャルル! 私は銀河を駆けるトップアイドル! アイドルたるもの、常にハングリー精神を忘れてはいけませんの! 安易な施しを受けてしまっては、私のアイドルとしての矜持が――」
「はい、これ。特製BLTサンドイッチの半分。チーズも追加で挟んであるよ」
「食べますぅぅぅ!! いただきますわぁぁぁっ!!」
ガブッ!!
リーザは、キャルルさんが差し出したサンドイッチに秒で飛びつき、涙を流しながらモグモグと頬張り始めた。
「お、美味しい……! ベーコンの塩気とチーズのコクが、全細胞に染み渡りますのぉぉっ! 雑草とはレベルが違いますわぁぁっ!!」
「あはは、相変わらず素直なんだから」
アイドルの矜持は、チーズとベーコンの前に開始三秒で粉砕された。
その光景を、たまたま村の回覧板を届けに来ていた僕――キッド・ジーニアスは、玄関から苦笑いしながら眺めていた。
「おはよう、キャルルさん、リーザさん。朝から元気だね」
「あ、キッド君! おはよう!」
「キッド様! おはようございますわ! 良かったらお賽銭くださいな!」
リーザがモグモグと口を動かしながら、おもむろにピカピカに磨いた『五円玉』を要求してくる。
「いや、お金はあげないよ。……それより、今日は僕の後ろに『珍客』がついてきてるんだけど」
「珍客?」
僕が道を譲ると、玄関から二人の人物がゾロゾロと入ってきた。
ポポロ村指定のダサいスウェット(胸に『太陽』のプリント)を着た、世界神ルチアナと月の女神カグヤである。
「おはよー、キッド君。……あら? 何よこの芋ジャージの女」
「ウサギの村長の家に、また変な居候が増えたの?」
ルチアナとカグヤが、怪訝な顔でリーザを見下ろす。
リーザも負けじと、サンドイッチを飲み込んで立ち上がり、ジャージの襟を正した。
「失礼な! 私は宇宙一のトップアイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンですわ! あなたたちこそ、神様みたいな偉そうな顔をして、ずいぶんとダサいスウェットを着ていますわね!」
「か、神様みたいな、じゃなくて本物の最高位の神様よ!!」
「このジャージ女、絶対に許さないわ……!」
最底辺のアイドルと、ヒモニートに堕落した神様たち。
ある意味で、波長が合いすぎるほどの『同レベルの争い』が始まりそうになった。
「まあまあ、二人とも。今日は朝早くから畑の芋掘りバイト、頑張ったんでしょ? ほら、目的の場所に行こうよ」
僕がなだめると、ルチアナとカグヤはハッとして、手に握りしめていた『銅貨』を嬉しそうに掲げた。
「そうよ! 今日はタローソンで、月に一度の『魔導くじ引き』の日なの!」
「特賞は『最高級タローマン和牛の詰め合わせ』よ! 農業バイトで稼いだこの銅貨で、一発当ててみせるわ!」
神様たちは、ギャンブル(くじ引き)に全財産を突っ込む気満々だった。
すると、リーザのサファイアの瞳がキラリと輝いた。
「まぁ! くじ引き! いいですわね、私も行きますわ! アイドルたるもの、運も実力のうちですもの!」
こうして、僕とキャルルさん、リーザ、そして二人のポンコツ女神という奇妙な一行は、ポポロ村のタローソンへと向かうことになったのである。
***
タローソンの店頭には、ガラガラと回すタイプの『魔導くじ引き機』が設置されていた。
一回銅貨三枚。
ルチアナとカグヤは、汗水垂らして(文句を言いながら)稼いだ銅貨を握りしめ、鼻息を荒くしている。
「ふふん、見てなさい。私は世界神よ。運命すら操作するこの私が、特賞を引かないわけがないわ!」
ルチアナが自信満々に銅貨を支払い、ガラガラとくじ引き機を回す。
カラン、と出てきた玉の色は――。
「……え? 白?」
「残念! ハズレのポケットティッシュでーす!」
店員の声に、ルチアナは目玉を飛び出させた。
「な、なんで!? おかしいわ、私の神気で『金の玉』が出るように確率を操作したはずなのに!?」
「ルチアナ、あんた本当に駄目な神ね。私の月の女神の加護を見せてあげるわ!」
カグヤがルチアナを押し退け、銅貨を投入して気合を入れて回す。
しかし、出てきたのは。
「白でーす! ポケットティッシュどうぞ!」
「う、嘘でしょぉぉっ!? どうして!?」
絶叫する二人の女神。
僕は、その光景を少し離れた場所から見て、ある事に気がついていた。僕の【知恵 A】が、目の前の状況の『異常性』を警告しているのだ。
(……おかしい。ルチアナさんとカグヤさんが、いくら下界で弱体化しているとはいえ、神の権能を使ってもくじが当たらないなんて……。まるで、彼女たちの『運気』そのものが、何かに強制的に吸い取られているような……)
僕の視線は、二人の横で「まあまあ、運がありませんわね」と笑っている芋ジャージの少女、リーザに向けられた。
リーザ・シーラン・リヴァイアサン。
彼女の魂に刻まれたユニークスキル。それは――『貧乏神』。
本人は悪運耐性がMAXであり、どんな極悪な不運に見舞われても絶対に死なない(生き残る)。だがその代わり、彼女の周囲にいる者の『運気』や『金運』を強制的に引き下げ、底辺へと平準化させてしまうという、最悪の概念干渉系スキルだった。
「くっ……もう一回よ! 次こそは!」
ルチアナがムキになって残りの銅貨をすべてつぎ込む。
しかし、何度回しても、出てくるのはハズレの白玉ばかり。カグヤも同様に、すべての財産を溶かしてしまった。
「ああっ……私のお芋掘りの給料が……ティッシュの山に……っ」
「嘘よ、こんなの嘘よ……!」
地面に膝をつき、ティッシュの山を前にして絶望の涙を流す二人の最高位の女神。
「ふふっ、二人とも、まだまだ甘いですわね!」
そこで、リーザが満を持して前に出た。
「運なんて、神頼みじゃなくて、自分の手で掴み取るものですわ! 見ていなさい、私がこの五円玉で、特賞を引いてみせます!」
「リーザちゃん、それくじ引き用の銅貨じゃないから!」
キャルルさんが止めるのも聞かず、リーザはピカピカに磨いた五円玉をタローソンの店員に突きつけた。
「店員さん! これで一回、お願いしますわ!」
「……お客さん。これ、ただの五円玉ですよね。うち、銅貨三枚からなんですけど」
「これはただの五円玉ではありません! 私のファンからの熱い想い(スパチャ)がこもった、黄金のメダルですのよ!」
「いや、無理なもんは無理です」
店員に冷たくあしらわれ、リーザは「ひどいですわ!」と頬を膨らませた。
「あーあ、リーザちゃんのせいで、なんか私まで運が悪くなってきた気がする……」
キャルルさんがため息をつきながら、ウサギ耳を垂らす。
リーザの『貧乏神』スキルは、周囲の人間を巻き込む厄介な性質を持っている。僕のネフィリムとしての膨大な魔力と運気なら弾き返せるが、下界で力の大半を制限されている神様たちには、モロに効いてしまったようだ。
「ふふん、くじ引きなんてくだらないですわ! アイドルは自分の実力で勝負――ああっ!?」
リーザがドヤ顔で振り返った瞬間。
タローソンの前を走っていた荷馬車が泥水溜まりに突っ込み、バシャァァァッ!! と豪快な泥水がリーザの全身に降り注いだ。
「きゃあああっ!? 私の、私の勝負服(芋ジャージ)がぁぁぁっ!」
「……ほらね」
キャルルさんが、呆れたように肩をすくめた。
リーザ本人は絶対に死なないが、その運気は常に最底辺を這いずり回っているのだ。
「うぅ……冷たいですわ……泥臭いですわ……」
泥だらけになってシクシクと泣き出す人魚姫と、ティッシュの山を抱えて絶望する二人の女神。
ポポロ村のタローソン前には、この世の『底辺』を煮詰めたような悲惨な光景が広がっていた。
「……やれやれ」
僕は苦笑しながら、ポケットから銀貨を一枚取り出し、タローソンの中で温かい『肉まん』を四つ買ってきた。
「ほら、みんな。お腹すいてるんでしょ。これ食べて元気出して」
「「「キッドくぅぅぅんっ!!(キッド様ぁぁっ!!)」」」
僕が肉まんを差し出すと、三人(一人の極貧アイドルと二人のヒモニート神)は、まるで神様仏様を見るような目で僕にすがりついてきた。
「ああ、お肉の甘みが……キッド君、やっぱり一生ついていくわぁっ!」
「キッド様! このご恩は、いつか私のライブの最前列チケットでお返ししますわ!」
「……はいはい。リーザさんは、早く帰ってキャルルさんのお家でお風呂に入りなよ」
僕は三人の頭をポンポンと撫でながら、ため息をついた。
キャルルさんは「キッド君、ほんとに保護者みたいになってる……」とクスクス笑っている。
騒がしくも、どこか憎めない彼女たち。
ポポロ村の賑やかな日常は、今日もこうして平和(?)に過ぎていく。
――だが、この数日後。
この極貧アイドルの故郷である『海中国家シーラン』から、とんでもない内容の手紙が届き、ポポロ村全体を巻き込んだ『超特大の偽装作戦』が幕を開けることになろうとは。
肉まんを頬張るリーザは、まだ知る由もなかったのである。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
第2話、リーザのユニークスキル『貧乏神』の恐怖が、神様たちを直撃しました!
いくら神の権能があっても、このアイドルの前ではくじ引きすら当たらず、全財産をティッシュに変えられてしまうという理不尽(笑)
そしてリーザ自身も泥水をかぶるという、まさに底辺オブ底辺のドタバタ劇でした。
キッドのイケメンムーブ(肉まん奢り)が光り、ますますポンコツたちからの好感度が爆上がりしていますね!
さて、次回!
のんきに肉まんを食べているリーザの元に、故郷の母(女王)から「視察団を送る」という絶望の手紙が届きます!
嘘がバレれば深海へ強制送還&お見合い! 絶体絶命のリーザを救うため、あの『最恐のオカン』が立ち上がります!
もし「貧乏神スキルえげつないww」「神様たちの扱い雑で草」「キッドの保護者力高すぎ!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回『第3話:母からの手紙と、嘘がバレる日』
お楽しみに!




