財布のない神々と、キッドのイケメン対応
財布のない神々と、キッドのイケメン対応
「……ん、んんぅ……頭痛いわね……」
「ちょっと、ルチアナ……もたれかからないでよ……服にベーコンの匂いがつくじゃない……」
ポポロ村のファミレス『ルナミスキング(ルナキン)』。
二時間たっぷりイモッカ(度数四十度)を痛飲し、テーブルに突っ伏して爆睡していた世界神ルチアナと、月の女神カグヤが、ようやく目を覚ました。
「先輩たち、お目覚めですか? お水、持ってきましたよ」
見習い女神のリリスが、満面の笑みで二人に氷水が入ったグラスを差し出す。
二人はフラフラと起き上がり、水を一気飲みして大きく息を吐いた。
「はぁ……下界の酒も悪くないけど、酔いが残るわね。……さて、キッド君へのスカウトの話の続きだけど……」
「ルチアナ、あんた顔真っ赤よ。今日のところは引き上げましょう。私としたことが、こんなジャージ女と同じテーブルで寝落ちするなんて……」
カグヤがフラフラと立ち上がり、乱れたハイブランドのドレスを直す。
僕とキャルルさんも席を立ち、伝票を手に取った。
「それじゃあ、お会計に行きましょうか」
僕の言葉に、ルチアナがフッと余裕の笑みを浮かべた。
「いいわよキッド君、ここは私が出してあげる。世界神の財力を見せてあげるわ。ブラックカードで一括よ」
「何言ってるのよルチアナ、ここは私が払うわ! 月ウサギ・エンタープライズの経費でね!」
見栄を張り合いながら、二人の最高位の女神がレジへと向かう。
ルナキンのレジ打ちを担当していたバイトのお兄さんは、放たれる強烈な神気と高級香水の匂いに圧倒され、ガタガタと震えながら合計金額を告げた。
「お、お会計……イモッカをジョッキで七杯、ベーコンほうれん草五人前、ジャンボパフェなどで……合計、銀貨八枚と銅貨五枚になります……」
「安いもんね。ほら、これで釣りはいらないわ」
ルチアナがドヤ顔でジャージのポケットに手を入れる。
……が。
「……あれ?」
ルチアナの顔から、スッと余裕が消えた。
ポケットの右、左、後ろ、さらにはジャージの胸元までまさぐるが、あるはずの『分厚い財布』の感触がない。
「ちょ、ちょっと、カグヤ。あんた払いなさいよ。私、うっかり神界のコタツの上に財布忘れてきちゃったみたい」
「はあ? ほんと駄目なジャージ女ね。いいわよ、私が出して……」
呆れ顔のカグヤが、自慢の超高級ブランドバッグに手を入れる。
しかし、次々とメイク道具や香水を取り出す彼女の動きが、次第に焦りを帯びて高速化していった。
「えっ? ない? ないわ!? 私の特注の月光石の財布が!! どこ!? 落とした!?」
「ちょっとあんた! 私のおごりにしようと思ってたのに、どうすんのよ!」
「あんたが払いなさいよ! 財布忘れるなんて世界神失格よ!」
「うるさいわね! 落とすあんたも同罪でしょ!」
レジ前で、銀貨八枚の支払いを巡って醜い争いを始める最高位の神様たち。
バイトのお兄さんは完全に引いており、後ろに並んでいた農家のおじさんたちからは「見かけは綺麗なのに、無銭飲食か?」「警察(自警団)呼ぶか?」というヒソヒソ声が漏れ始めている。
完全に『詰み』の状況。
滝のような冷や汗を流し、プライドも威厳も粉々に砕け散りそうになっているルチアナとカグヤ。
その時だった。
「も〜、駄目な先輩たちですねぇ♡」
リリスが、トコトコと二人の間に割って入った。
彼女の手には、なぜか『見たこともないくらい分厚い札束と硬貨』が握られている。(言うまでもないが、つい先ほど二人の財布から合法的に先払いボーナスとして徴収したものだ)。
「しょうがないなぁ。ここは、私の奢りですから♡」
リリスはバイトのお兄さんに銀貨を渡し、ニッコリとウインクをした。
「え……っ」
「リ、リリス……あんた……」
いつもは見下していたポンコツ見習い女神に、無銭飲食の危機を救われたルチアナとカグヤ。
二人は屈辱と情けなさで顔を真っ赤にし、プルプルと震えながら「……かり、借りにしておくわよ……っ!」と絞り出すのが精一杯だった。
後ろで見ていたキャルルさんが、「リリスちゃん、容赦ない……」とウサギ耳を伏せて引きつった笑いを浮かべている。
***
なんとかルナキンから脱出し、夕暮れの駐車場へと出てきた僕たち。
ルチアナとカグヤはすっかり意気消沈し、借りてきた猫のように大人しくなっていた。
「くっ……下界のファミレスで、あんな恥をかくなんて……!」
「全部ルチアナのせいよ。あんたが飲ませるから……」
ブツブツと文句を言い合いながら、二人は乗ってきた黒塗りの高級魔導車へと乗り込もうとした。
しかし、そこで最後の試練が彼女たちを待ち受けていた。
駐車場からの出口を塞ぐように設置された、無機質な『駐車券精算機』である。
ルナキンの駐車場は、村人へのサービスとして最初の三十分は無料だが、それを超えると無断駐車対策のために『一時間につき銀貨一枚』という、田舎にしてはかなり割高な料金設定がされているのだ。
「ちっ、下界のシステムは面倒ね。……カグヤ、小銭くらいあるでしょ? 払いなさい」
「あるわけないでしょ! さっき財布無くしたって言ったじゃない! あんたこそ、ジャージの裏地に銅貨くらい入ってないの!?」
「私のジャージをなんだと思ってるのよ! 世界樹の繊維で編まれた特注品よ! 小銭なんて下品なもの入れるわけないでしょ!」
精算機の前で、再び不毛な口論を始めるポンコツ女神たち。
もちろん、エンジェルすまーとふぉんを使った電子決済など、下界の(しかも田舎の)精算機が対応しているはずもない。
車は出せない。お金もない。
夕日の下、最高位の神様二人が、たかだか銀貨数枚の駐車料金が払えずに途方に暮れている。
「……あの、ルチアナさん、カグヤさん」
僕は、見かねて二人の後ろから声をかけた。
「ルナキンの駐車場って、長居すると結構高いんですよ? 払えます?」
僕の言葉に、二人はビクッと肩を震わせ、ゆっくりと振り返った。
その瞳には、かつてないほどの絶望と、涙が浮かんでいた。
「……た、助けてぇぇ……っ」
「キッドくぅぅん……っ」
もはや威厳の欠片もない。
世界神と月の女神が、僕の着ている白いパーカーの袖を掴み、泣きそうな顔ですがりついてきた。
僕は苦笑しながら、ポケットから義母さん(リベラ)から事前にお小遣いとして渡されていた銀貨を取り出した。オロチ会長からのお駄賃の残りだ。
「仕方ないですね。ここは僕のポケットマネーから払っておきますから」
チャリン、チャリン、と。
精算機に銀貨を投入し、ゲートバーがゆっくりと上がる。
夕日に照らされた僕のその何気ない行動が、二人の女神の目には、どんな神話の英雄よりも輝いて見えたらしい。
「キッ、キッド君……っ! アナタ、なんて懐が広くて優しいの!?」
「イケメン! 精神的イケメンよ! もうダメ、私、完全にキッド君の虜になっちゃったわぁっ!!」
ルチアナが僕の右腕に、カグヤが左腕に、ギュッと抱きついてきた。
神様特有の良い匂いと、先ほどのベーコンの匂いが混ざり合って、なんとも言えないカオスな香りが漂う。
「ちょっ、二人とも、離れてください!」
「嫌よ! もうキッド君なしじゃ生きられない! ねぇ、神界に来て私を養って!!」
「私を養いなさいよ! 専属のヒモにしてあげるから!」
もはやスカウトですらない。ただの『ヒモ宣言(養ってくれ)』に成り下がっている。
「ストォォップ!!」
そこに、ウサギ耳を逆立てたキャルルさんが、トンファーを構えて割って入ってきた。
「二人とも、神様だからってキッド君にベタベタしないでください! キッド君はうちの村の用心棒なんですから!」
「あら? 月兎族の小娘が、私に口答えする気?」
「キッド君のためなら、神様相手でも『顎砕き』を叩き込みますよ!」
火花を散らすキャルルさんとカグヤ。そして僕の腕から離れようとしないルチアナ。
そのカオスな状況を、リリスが「あはは、先輩たちチョロすぎますね」とパフェの余韻を楽しみながら笑って見ていた。
やれやれ。
義母さんが言っていた通りだ。
厄介な連中が、次から次へとこのポポロ村に吸い寄せられてくる。
でも、どうやらこのポンコツな神様たちなら、案外悪くない日常のスパイスになるかもしれないな。
僕はそんなことを思いながら、夕暮れのポポロ村の空を見上げるのだった。




