降臨! ポンコツ港区女子(世界神)たち
降臨! ポンコツ港区女子(世界神)たち
ポポロ村の二十四時間営業ファミリーレストラン『ルナミスキング』。
のどかな昼下がりの店内は、冒険者や農家の人々が談笑する平和な空気に包まれていた。
「あはは! キッド君、それ本当!? あのリベラ先生が、昔は伝説のレディース総長だったなんて!」
「うん。僕もオロチ会長からこっそり聞いたんだけど、怒らせると『六法全書(物理)』が飛んでくるから絶対に内緒だよ、リリス」
「わ、私も気をつけなきゃ……。行政書類の提出が遅れると、事務所の奥からとんでもない殺気が漏れてくるんだよね……」
窓際のボックス席で、僕と見習い女神のリリス、そして新村長のキャルルさんが、ドリンクバーのグラスを傾けながら平和な談笑を楽しんでいた。
キャルルさんが村長に就任してから数日。彼女の『満月の夜の狂乱』というハプニングはあったものの、僕たちの間にはすっかり打ち解けた空気が流れていた。
キャルルさんは大好物のニンジンサラダを口に運びながら、ウサギ耳を揺らして微笑んでいる。
だが、そんな平和なルナキンの日常は、突如として響き渡った『凄まじい排気音』によって破られることとなった。
ブロロロロロロォォォォンッ!!
「ひゃっ!? な、なに!?」
キャルルさんが驚いて窓の外を見ると、ルナキンの駐車場に、流線型のいかにも高そうな黒塗りの高級魔導車が、ドリフト気味に乱暴なブレーキをかけて停まったのが見えた。
よく見ると、車のバンパーには『ルナミス・レンタカー』という初心者マークのようなステッカーが貼られている。
ガチャリ、と重厚なドアが開き、中から二人の女性が降りてきた。
一人は、完璧なプロポーションを高級ハイブランドのドレスで包み込み、巨大なサングラスをかけた銀髪の美女。
もう一人は、なぜか上下ヨレヨレのピンク色のジャージ姿だが、手には超高級ブランドのバッグを提げ、やたらと偉そうな態度で歩く金髪の美女だ。
その二人を見た瞬間。
僕の向かいに座っていたリリスの顔から、サーッと血の気が引いた。
「げぇっ!? 嘘でしょ……な、なんでここに、ルチアナ先輩とカグヤ先輩が!?」
「ルチアナ? カグヤ?」
「わ、私の直属の上司! 世界神のルチアナ先輩と、月の女神のカグヤ先輩だよぉっ!! なんで最高位の神様が下界に直接降りてきてるの!?」
リリスがガタガタと震えながらテーブルの下に隠れようとした、まさにその時。
カランカラン、とルナキンのドアベルが鳴り、凄まじい『神気』と『高級香水』の匂いを漂わせた二人が、一直線に僕たちのテーブルへと向かってきた。
「見つけたわ! アナタが話題のネフィリムの少年ね!」
ドンッ! と。
ジャージ姿の金髪美女――世界神ルチアナが、僕の隣に強引に座り込んできた。
「ちょっとルチアナ! 抜け駆けは禁止って言ったでしょ! 私が先よ!」
逆側の隣には、ハイブランドドレスの銀髪美女――月の女神カグヤが滑り込んでくる。
一瞬にして、両脇を最高位の神様に挟まれる形となってしまった。
「えっと……初めまして。キッド・ジーニアスですけど」
「ああもう、間近で見ると本当に超絶美少年じゃない! ねえキッド君、ゴッドチューブの配信見たわよ! Sランク魔獣をワンパンするなんて最高! うちの神界(陣営)に来なさいよ! 待遇は保証するわ!」
「ダメよキッド君! このジャージ女の陣営なんてブラックよ! 私の『月ウサギ・エンタープライズ』に来なさい! 最高のタワマンと、専属のメイドを用意してあげるわ!」
ぐいぐいと顔を近づけてくる二人の女神。
その猛烈な質問攻めとスカウトの嵐に、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! キッド君はポポロ村の用心棒で、私の大切な戦友なんですから、勝手に連れて行かないでください!」
見かねたキャルルさんが、ウサギ耳を逆立てて僕を庇うように立ち上がった。
「あら? アナタは……ああ、レオンハートの月兎族の元姫君ね。ってことは、アナタの信仰対象は私のはずよ? 神である私に逆らう気かしら?」
カグヤがサングラスを少しずらし、見下すような視線を向ける。
キャルルさんは「うっ……!」と息を呑んだ。確かに、月兎族にとって月の女神は絶対的な上位存在だ。
だが、ポポロ村の村長としての責任感と、僕を守ろうとする彼女の『真の強さ』は、その圧力に屈しなかった。
「か、神様だろうと関係ありません! キッド君の日常を脅かすなら、私が相手になります!」
腰のトンファーに手をかけようとするキャルルさん。
空気が一触即発の緊張感に包まれた、その時だった。
「す、すいませーん! 店員さーん!」
テーブルの下から這い出してきたリリスが、裏返った声で手を挙げた。
「あの、ベーコンほうれん草バター炒めを五人前! あと、一番度数の高い『イモッカ』を、ジョッキで三杯お願いします!!」
「えっ? リリスちゃん?」
「ふふふ……先輩たち、遠い神界からわざわざ下界に降りてきて、お疲れですよね! まずは軽く一杯、どうですか?」
リリスは引きつった笑顔を浮かべながら、ルチアナとカグヤに媚びるような声を出した。
「あら、リリスじゃない。相変わらず下界で底辺の見習いやってるのね。……まあいいわ、喉も乾いたし、キッド君との親睦を深めるために付き合ってあげる」
「私は安い酒なんて飲まない主義だけど……まあ、ベーコンの香りに免じて一口だけならね」
数分後。
テーブルに運ばれてきたのは、ポポロ村特産の太陽芋から造られた、アルコール度数四十度を超える強烈な蒸留酒『イモッカ』のジョッキと、濃厚なバターの香りが食欲をそそるベーコンほうれん草炒めだった。
「ささっ、先輩方、どうぞどうぞ!」
「ん、それじゃあ……グビッ。……ん? あら、意外といけるじゃない。もう一口……グビグビッ」
「庶民の酒もたまには……コクッ。……あらやだ、このベーコンの塩気と合うわね。ゴクゴクッ」
最初は気取っていた二人の女神だったが、一口飲んだ瞬間からペースが異常に跳ね上がった。
神界の甘い神酒しか飲んだことのない彼女たちにとって、ポポロ村の荒々しくも旨味の強いイモッカは、未知の刺激だったのだ。
「ぷっはぁぁぁっ! おい店員! おかわりよ! ジョッキで持ってきなさい!」
「ルチアナ、あんた飲みすぎよ! 私の分も頼みなさいよぉっ!」
わずか十五分。
ルチアナとカグヤは、完全に出来上がっていた。
ジャージの襟をはだけさせ、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏す世界神と、ハイブランドのドレスにほうれん草のバターをこぼしながらゲラゲラと笑い転げる月の女神。
「あはははは! キッドくぅん、あんた最高よぉ! 契約金、一億ゴールドでどう!?」
「バッカじゃないのルチアナ! 私なら三億出すわよぉ! ひっく!」
「もう、先輩たちったら……すっかり酔っ払っちゃって」
完全にヒエラルキーが崩壊した二人のポンコツ女神を見下ろし、リリスはニヤリと悪魔のような(あるいはリベラさんのような)笑みを浮かべた。
「キッド君、キャルルさん。ちょっと見ないふりしててね」
リリスは、極めて流れるような、そして神業とも言える手つきで、酔い潰れたルチアナのジャージのポケットと、カグヤの超高級ブランドバッグから、分厚い『財布』をスッと抜き取った。
「えっ……り、リリスちゃん!?」
「しーっ! 大丈夫だよキャルルさん。この先輩たち、いつも私に無茶振りばかりして、給料もスズメの涙しかくれないんだから。これは正当な『ボーナス』の先払いだよ」
見習い女神のしたたかな手際に、僕は思わず吹き出しそうになった。
最高位の神様が、下界のファミレスでベロベロに酔っ払った挙句、部下に財布をすられる。ゴッドチューブで配信されたら、一瞬で炎上(あるいは大爆笑)間違いなしの光景だ。
「さーて、先輩たちのお金で、今日はデザートも頼んじゃおうっと! 店員さーん、チョコレートパフェのジャンボサイズ追加で!」
「あはは、リリスはたくましいなぁ」
僕はジンジャーエールを飲みながら、完全に寝落ちしてしまった神様たちと、楽しそうにメニューを眺める見習い女神を微笑ましく見つめていた。
だが、この数十分後。
お会計のレジ前で、このポンコツ女神たちがさらなる『赤っ恥』をかくことになろうとは。
そして僕が、思いがけず彼女たちの心を完全に射抜いてしまうことになるとは、この時の僕はまだ予想もしていなかったのである。




