貢物の山と、認め合う二人
貢物の山と、認め合う二人
ポポロ村役場、村長室。
朝の爽やかな日差しが差し込む中、新村長であるキャルル・ムーンハートは、お気に入りの人参抱き枕を頭からかぶり、デスクの下でガタガタと震えていた。
「どうしよう……どうしよう……っ! 私、またやっちゃったよぉ……!」
昨夜の満月の影響で『ハイテンションな狂乱ヒーラー』と化した彼女は、近隣の三国駐留所に単身殴り込みをかけ、兵士たちを特注安全靴でボコボコに蹴り倒しては完全回復させるという、地獄の無限ループを朝まで繰り広げてしまったのだ。
「おはよう、キャルルちゃん。昨日の満月も、景気良く暴れたみたいじゃね」
ガチャリ、と扉が開き、書類の束を抱えた黒パンツスーツの義母さん――桜田リベラが入ってきた。
「り、リベラさん……! 怒らないで! 違うの、お月様を見てたら、みんなの疲れを癒やしてあげなきゃって思って……!」
「ええ、完璧に癒やしたみたいね。ルナミス軍の小隊長なんか、顎を砕かれてから完治するまでのコンボで『走馬灯の先に光が見えた』って涙ぐんどったそうよ」
「いやぁぁぁぁっ! ごめんなさい! 悪気は無いのぉぉっ!」
頭を抱えて叫ぶキャルルさん。
するとその時、役場の外から、大地を揺るがすような地響きと、野太い行進音が響いてきた。
『キャルル姉御ォォォッ!!』
「ひっ!?」
窓の外を見ると、ルナミス帝国軍、レオンハート獣人王国軍、アバロン魔皇国軍という、普段はいがみ合っているはずの三国の駐留部隊が、なぜか肩を組んでポポロ村の広場に整列していた。
しかも、全員の顔が異常にツヤツヤと輝き、オーラ(闘気と魔力)がみなぎり、背筋がピンと伸びている。
『昨夜は最高のご指導、誠にありがとうございましたァッ!』
「えっ……?」
『おかげで全員、持病の腰痛も肩こりも治り、古傷の痛みまで完全に消え去りました! ポポロ村の発展のため、この資材をどうかお納めください!』
ドサッ、ドササササッ!!
屈強な兵士たちが、トラック数台分にも及ぶ高級ロックバイソン肉、希少な魔法薬の素材、樽いっぱいのサケスキー、そして最高級ポポロシガーなどを、役場の前に山のように積み上げていく。
『キャルル姉御の拳(蹴り)と癒やし、我ら一生忘れません! 姉御の仰る通り、これからは三国仲良く、ポポロ村の平和を守る盾となります!』
『『『姉御! 万歳!! 姉御! 万歳!!』』』
広場に巻き起こる、狂信的とも言える歓声と拍手喝采。
それを見たキャルルさんは、完全にキャパシティをオーバーしてしまった。
「ひ、ひぇぇぇぇぇっ!? 怒られるよりタチが悪いぃぃぃっ!!」
バァァァンッ!
キャルルさんは人参抱き枕を抱えたまま、村長室の窓からタローマン特注の安全靴で飛び出し、マッハの速度で逃亡してしまった。
「ごめんなさぁぁぁい! 村長のお仕事してきますから許してくださいぃぃぃ!!」
『おおっ! 姉御が照れておられるぞ! 追いかけろ野郎ども!』
「ストップ」
兵士たちが歓喜の声を上げて追いかけようとした瞬間。
広場の中央に、白いパーカーを着た僕がスッと割り込んだ。
「えっと、皆さんの気持ちは村長に伝わったと思うから。村長は今、行政書類の処理で忙しいんだ。お礼の品は僕が預かっておくから、皆さんは駐留所に戻って任務に就いてね」
『お、おお……キッド殿』
僕が静かに――ほんの少しだけネフィリムの覇気を混ぜて告げると、熱狂していた兵士たちはピタリと動きを止め、素直に敬礼をして帰っていった。
僕が先日、単独で魔獣の大群を退けたことを知っている彼らは、僕に対しても一目置いているのだ。
「やれやれ……。義母さん、このお肉と野菜、あとでタローマートの冷蔵庫に運んでおくね。今日の夕飯はすき焼きにしようか」
「ええ、助かるわキッド。ついでに、あの迷子ウサギを捕獲してきてちょうだい」
義母さんが二階の窓からヒラヒラと手を振るのを見送り、僕はポポロ村の郊外へと足を向けた。
***
ポポロ村の奥、太陽芋の畑の端にある大きな木の下。
そこに、ウサギ耳をペタンと伏せ、膝を抱えて丸くなっているキャルルさんの姿があった。
「キャルルさん、こんなところにいたんだ」
「……キッド、くん」
僕が声をかけると、キャルルさんは涙目でこちらを見上げた。
いつもは明るくて元気な彼女が、今はひどく小さく見える。
「ごめんなさい……私、また村に迷惑かけちゃった。……私ね、満月になると理性が飛んじゃって、人助けしたい衝動と暴れたい衝動が混ざって、あんなひどいことしちゃうの。あんなの、ただのモンスターだよね……」
自己嫌悪に押し潰されそうになっている彼女の隣に、僕はコトンと腰を下ろした。
タローソン(コンビニ)で買ってきた、冷たい人参ジュースを一つ差し出す。
「ありがとう……」
「キャルルさん。さっきの兵士さんたち、すごくスッキリした顔をしてたよ」
「え?」
「ルナミス軍の隊長さん、ずっと昔に矢を受けた古傷が痛んで、夜も眠れないって悩んでたんだ。レオンハートの人狼兵も、無理な訓練で膝の軟骨をすり減らしてた。……キャルルさんは、暴れながらも、そういう彼らの『本当に辛かった傷』を全部見抜いて、完璧に治してあげたんでしょ?」
キャルルさんは、ハッとして目を丸くした。
「力任せに暴力を振るうだけなら、ただのモンスターかもしれない。でも、キャルルさんの力の根底にあるのは『誰かを助けたい』『癒やしてあげたい』っていう、純粋な祈りだ」
僕のステータスには【優しさ A】という項目がある。
だからこそ、他人の痛みに敏感なキャルルさんの『本質』が、痛いほどよく分かった。
「……僕もね。天使と魔族の血を引く『ネフィリム』だからって、生まれた時から化け物扱いされて、鳥籠に閉じ込められてたんだ」
僕は空を見上げながら、ポツリと語った。
キャルルさんが、驚いたように僕の横顔を見つめる。
「強い力は、時々周りを怖がらせるし、自分でもコントロールできなくて自己嫌悪になることもある。……でも、義母さんは僕に言ってくれたんだ。『その力は、大切なものを守るためのものだ』って」
「キッド、くん……」
「キャルルさんは、すごく優しい人だよ。……やり方はちょっと、アグレッシブすぎるけどね」
僕がイタズラっぽく笑うと、キャルルさんの瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「う、ううっ……だって、手加減とか、できないんだもん……っ」
「あはは。大丈夫、もしキャルルさんが暴走しそうになったら、僕が止めてあげる。僕の【体術 A】なら、キャルルさんの安全靴の蹴りもなんとか捌けると思うからさ」
僕の言葉に、キャルルさんは涙を拭いながら、ふにゃりと破顔した。
それは、ただの強気な元姫君でも、無理をして笑う冒険者でもない。一人の普通の女の子としての、本当に無防備で可愛らしい笑顔だった。
「……うん。約束だよ、キッド君。私が暴走したら、絶対止めてね」
「任せて。……さあ、役場に戻ろうか。義母さんが怒る前に」
「ひぃっ! リベラさんが一番怖い! 急ごう!」
僕が差し出した手を、キャルルさんがギュッと握り返す。
立ち上がった彼女のウサギ耳は、もうピンと上を向いて元気を取り戻していた。
お互いに、強すぎる力を持ち、誰かの『鳥籠』から逃げ出してきた似た者同士。
この日、僕とキャルルさんの間には、ただの村人と村長という枠を超えた、戦友としての確かな信頼(絆)が結ばれたのだった。
――だが、そんな青春の一ページのようなエモい空気を、翌日、文字通りの『ポンコツ』たちがぶち壊しにやって来ることを、僕たちはまだ知る由もなかった。
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