ポポロ村の平穏と、オールAの日常
ポポロ村の平穏と、オールAの日常
冷たく暗い『鳥籠』から救い出されて、十年の月日が流れた。
義母さん――桜田リベラに引き取られ、ポポロ村で育った僕は、十六歳になった。
「キッド様、おはようございます。今朝も素晴らしい魔力の練り具合ですね」
「おはよう、アモン。今日も受付のお手伝い、よろしくね」
木造のシックな洋館『桜田リベラ法律事務所』の1階。
受付カウンターの横で丸くなっていた漆黒の大型犬が、三つの頭を器用に持ち上げて挨拶をしてきた。
彼の名前はアモン。高い知能を持つ魔獣『ケルベロス』であり、義母さんの優秀な相棒だ。人間の嘘を嗅ぎ分ける能力を持っていて、彼が鼻をピクリと動かせば、どんな悪党の嘘も見破られてしまう。
僕がカウンターの掃除をしていると、事務所の扉がバンッ!と勢いよく開いた。
「リ、リベラ先生ぇぇっ! たすけてくれぇっ!」
転がり込んできたのは、ポポロ村の自警団のおじさんたちだった。
……ちなみに、ポポロ村の自警団の装備はちょっとおかしい。
緑豊かなのどかな農村だというのに、彼らは全員『魔導ヘルメット』に『魔導防弾チョッキ』をガチガチに着込み、手には旧日本軍の銃を魔改造した『九九式魔導ライフル』を握りしめている。
ドワーフの地下帝国と極秘に密輸取引をしているせいで、ただの村の自警団が、帝国の正規軍部隊を真っ向から返り討ちにできる超重装備なのだ。
「どうしたの、おじさん。またタローマート(スーパー)の半額シール争奪戦で怪我でもしたの?」
「ち、違うんじゃキッド君! 太陽芋の畑に、発情期で凶暴化した『はぐれロックバイソン』が出たんだ! 俺たちの魔導ライフルを一斉掃射しても、岩の角で弾かれちまって傷一つつかねえ! このままだと今年の芋焼酎が全滅しちまう!」
ロックバイソン。頭部に巨大な岩の角を持つ、戦車のような牛型魔獣だ。
普段はおとなしいが、凶暴化すると厄介極まりない。
「……朝から騒々しいわね。営業時間はまだよ」
二階から、完璧にプレスの効いた黒のパンツスーツに身を包んだ義母さんが降りてきた。
相変わらず、息を呑むほど綺麗でカッコいい。
「キッド。朝飯前にサクッと終わらせてきなさい。怪我はしないようにね」
「うん、わかった。行ってくるよ」
僕はタローマン(ホームセンター)で買ったお気に入りの作業用グローブをはめると、自警団のおじさんたちと共に太陽芋の畑へと向かった。
畑に到着すると、そこはすでに戦場だった。
全長五メートルはあろうかという巨大なはぐれロックバイソンが、鼻息を荒くして暴れ回っている。
「撃てぇっ! 魔導誘導バズーカを構えろぉっ!」
自警団の過剰な重火器が火を噴くが、ロックバイソンは分厚い岩の皮膚でそれを弾き返し、怒り狂って突進の構えを見せた。
あの巨体が畑を駆け抜けたら、太陽芋は全滅だ。
「おじさんたち、射撃をやめて。お肉が傷んじゃう」
「キ、キッド君!? 馬鹿野郎、武器も持たずに前に出るな!」
僕は息を吸い込み、体内のエネルギーを循環させる。
天使と魔族のハーフである『ネフィリム』として生まれた僕の身体能力は、控えめに言って規格外だった。
義母さんがスパルタで叩き込んでくれた合気道と、持って生まれた才能。
僕のステータスは、【剣術】も【体術】も【魔法】も【闘気】も、さらには【知恵】に至るまですべてが最高評価の『Aランク』に到達しているらしい。
「ブルルォォォォォォォッ!!」
ロックバイソンが、地響きを立てて僕に向かって突進してくる。
ダンプカーすら跳ね飛ばすその一撃。
僕は、身体能力を爆発的に引き上げる『闘気』を右手に集中させた。
ドゴォォォォンッ!!
「なっ……!?」
「うそだろ……!?」
自警団のおじさんたちが、目玉を飛び出させて驚愕する。
僕は、突進してくる巨大なロックバイソンの岩の角を、右手の平だけで『ピタリ』と受け止めていた。
足元の地面は衝撃でクレーターのように陥没しているが、僕の腕は一ミリも押し込まれていない。
「闘気制御、よし。……それじゃあ、少し眠っててね」
受け止めた角から手を離さず、今度は魔力を練り上げる。
僕はあえて攻撃魔法を使わず、対象の精神を強制的に鎮静化させる高位睡眠魔法を、無詠唱でロックバイソンの脳内へ直接流し込んだ。
力でねじ伏せて殺すのは簡単だ。でも、義母さんはいつも『不要な殺生はしちゃダメよ。罪を憎んで人を憎まず。魔獣も同じよ』と教えてくれた。
僕のステータスには、もう一つ。隠された『優しさ 』という項目があるらしい。
「モォォ……」
あれほど凶暴に暴れ狂っていたロックバイソンは、ふにゃりと膝をつき、そのまま畑のど真ん中で幸せそうにイビキをかいて眠りについた。
「お、終わった……。マジかよ」
「武器も使わず、片手でロックバイソンの突進を止めて、無詠唱魔法で鎮圧したのか……!? さすがリベラ先生の息子だ、バケモノすぎるぜ……」
呆然とする自警団のおじさんたちを振り返り、僕はニッコリと笑った。
「寝かしつけておいたから、あとはドワーフの業者さんに連絡して牧場に運んでもらってね。太陽芋、無事でよかった」
畑の平和を守りきり、事務所へ戻ると、リビングには極上の香りが漂っていた。
「おかえり、キッド。怪我はないわね?」
「ただいま、義母さん。うん、余裕だったよ」
「そう。よくやったわね」
義母さんが、エプロン姿で焼き立てのスコーンと、熱いダージリンティーをテーブルに並べてくれた。
黒スーツで悪党を震え上がらせる修羅の弁護士の姿もカッコいいけれど、休日にこうしてお菓子作りをしている優しい義母さんの姿も、僕は大好きだった。
サクッ、フワッ。
極上のバターの香りが口の中に広がり、思わず頬が緩む。
「おいしい! 義母さんのお菓子は世界一だよ!」
「ふふっ、お世辞が上手くなったわね。……でも、たくさん食べておきなさい。今日は、あなたに一つ『お使い』を頼みたいの」
義母さんは紅茶を一口飲むと、分厚い茶封筒をテーブルにコトリと置いた。
「ゴルド商会のオロチ会長に、この法廷監査の書類を届けてほしいの。最近、また裏帳簿をごまかしている匂いがするのよね。アモンもそう言っているわ」
『ええ。オロチ氏の提出した財務報告書から、非常に生臭い嘘の匂いがしました』
十年前に僕を鳥籠に閉じ込めていたオロチ会長。
彼は今、義母さんに完全に実権を握られ、いいように使われる哀れな中間管理職へと成り下がっている。
「わかった。午後には届けてくるよ」
美味しいスコーンを頬張りながら、僕は気楽に頷いた。
この時の僕は、まだ知らなかった。
ただの書類配達のお使いが――世界中の神々を巻き込む、とんでもない大事件の引き金になることなど、予想すらしていなかったのだ。
第2話、最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
16歳に成長したキッドの「オールA」の規格外ステータスと、ポポロ村の過剰装備な自警団(笑)、そしてリベラ母さんの手作りスコーンの日常をお届けしました!
次回、ただのお使いに向かったキッドを、とんでもないトラブル(と妖精)が襲います!
いよいよ「ゴッドチューブ配信」と「神剣」の登場です!
もし「キッド強すぎ!」「リベラ母さんのスコーン食べたい!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回『第3話:妖精襲来!オロチ邸が地獄の迷宮に!?』




