第一章 鳥籠の少年と、修羅の弁護士
鳥籠の少年と、修羅の弁護士
冷たくて、暗い。
それが、僕の世界のすべてだった。
豪奢だがどこか悪趣味な装飾が施された地下室。その中央に鎮座する巨大な鉄製の『鳥籠』の中に、僕はうずくまっていた。
細い腕にはめられた魔力封じの枷が、動くたびに鈍い音を立てる。
「……お腹、すいたな」
僕は、天使族と魔族の間に生まれた『ネフィリム』と呼ばれる存在らしい。
光と闇、相反する二つの属性を持つ僕は、生まれてすぐに『世界の均衡を崩すイレギュラー』として、現地勢力の天使と魔族によって両親を処刑された。
目の前で光の槍と闇の魔法に貫かれた両親の姿は、幼い僕の脳裏に焼き付いて離れない。
処刑を逃れた僕は、大陸最大のメガ・コーポレーション『ゴルド商会』のオロチ会長に引き取られた。
いや、引き取られたという表現は正しくない。
希少な交雑種である僕は、彼にとって『珍しい観賞用のペット』であり、いずれ他国との裏取引に使うための『極上の商品』でしかなかったのだ。
一日に一度、鉄格子越しに投げ込まれる乾いたパンと濁った水。
鳥籠の中で、僕はただ息をして、死を待つだけの存在だった。
このまま、誰にも知られずに死んでいくんだろうな。
……それでもいい。両親が守ってくれた命だけど、もう、疲れちゃったよ。
そうやって、静かに目を閉じた時のことだった。
ズドォォォォンッ!!
突如、地下室の分厚い鋼鉄の扉が、爆発したかのように吹き飛んだ。
「ひぃぃぃっ! リ、リベラ様! ここはただの物置だぎゃ! わしのプライベートルームだがね!」
土煙の中から転がり込んできたのは、昭和のパチンコ店長のようなド派手なスーツを着た初老の男。ゴルド商会のトップ、オロチ会長だった。
そのオロチが、床を這いつくばるようにして『誰か』から逃げようとしている。
「嘘をおっしゃい。うちのアモンが、この奥から『子供の匂いと絶望』を感じ取ったと言っているわ」
コツン、コツン。
静かな地下室に、ヒールの足音が響く。
土煙を払い除けて現れたのは、洗練された黒の高級パンツスーツを完璧に着こなした、一人の美しい女性だった。
凛とした顔立ちに、隙のない佇まい。彼女の足元には、三つの頭を持つ漆黒の大型犬——ケルベロスが静かに寄り添っている。
女性は、薄暗い地下室の中央にある『鳥籠』と、その中にいる僕を一瞥した。
その瞬間、彼女の瞳の奥で、冷たい炎が燃え上がったような気がした。
「……オロチ会長。これが、あなたの言う『アンティークの骨董品』かしら?」
「そ、そうだぎゃ! それは珍しいネフィリムのガキで——」
女性はバッグから、金製の美しい煙管を取り出した。
カチリ、と火をつけ、無臭の魔導煙をふうっと吐き出す。
空気が、一変した。
張り詰めた殺気が地下室を満たし、オロチ会長がヒッと短い悲鳴を上げる。
「……ほう。えらい趣味がええのう、オロチ会長」
先ほどまでの完璧な標準語が、ドスの効いた『岡山弁』へと切り替わっていた。
「わしはな、アンタの商会が抱えとる脱税やら違法労働やら、その辺のグレーな部分は百歩譲って目ぇ瞑っちゃろうと思っとったんよ。じゃが……」
女性はヒールで、オロチの顔すれすれの床をガンッ!と踏み抜いた。
石造りの床に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「人間の尊厳を踏みにじるような真似は、ウチが一番嫌いなんじゃ。児童虐待、人権侵害、違法監禁、それに人身売買未遂……アンタ、自分がどれだけの罪を重ねとるか分かっとるんか?」
「だ、黙れぇ! やれっ! この小娘を殺せぇぇ!」
オロチの叫び声に呼応し、地下室の影から重武装の護衛たちが五人、一斉に女性へと襲いかかった。
殺される!
僕が思わず目を瞑った、次の瞬間。
「——合気道は、淑女の嗜みよ」
ドゴォォォンッ!!
鈍い破砕音と共に、大柄な護衛の一人が壁に激突して白目を剥いた。
女性は一歩も退かず、襲い来る刃を柳のように躱すと、次々と護衛の手首を掴み、流れるような動作で床へと叩きつけていく。
たった十秒。
それだけで、屈強な護衛たちは全員、手足をあらぬ方向に曲げられて気絶していた。
魔法も、闘気も使っていない。ただの純粋な体術だけで、彼女はすべてを制圧したのだ。
「ひっ、ひぃぃぃ……っ!」
「さて、オロチ会長」
腰を抜かして後ずさるオロチの胸ぐらを、女性は片手で軽々と掴み上げた。
「帝国法第百四十二条及び、特別児童保護法違反。ウチの権限で、今この瞬間からアンタの会社の資産は全面凍結じゃ。……明日には路頭に迷うか、それともウチの『最高顧問就任』と、この子の『親権』にサインするか。三分で選べ」
「サ、サインする! サインするがねぇぇ!」
オロチが泣き叫びながら書類に血判を押すと、女性はゴミでも捨てるように彼を放り投げた。
「アモン。このゴミを警察……じゃなくて、ウチの事務所の地下牢に放り込んどきなさい。後でたっぷり搾り取るわ」
三頭犬のアモンがオロチの襟首を咥え、ズルズルと引きずっていく。
静寂が戻った地下室。
女性は煙管をしまい、僕の入っている鳥籠の前に立った。
彼女が鉄格子の鍵穴に手をかざすと、ガチャンという音と共に、重い扉が開かれる。
怖い。
この人も、僕を売り飛ばすんだろうか。
怯えて身をすくめる僕の前で、彼女は片膝をつき、目線を同じ高さに合わせた。
先ほどまでの鬼のような形相は消え失せ、そこには、陽だまりのように暖かく、優しい微笑みがあった。
「怖かったわね。もう大丈夫よ」
彼女はバッグの中から、小さな包みを取り出した。
中から出てきたのは、ほんのりと甘い香りがする、きつね色に焼かれた四角いお菓子だった。
「私の手作りのフィナンシェよ。甘いものを食べると、心に余裕ができるわ。……さあ、口を開けて」
促されるままに、恐る恐るお菓子をかじる。
サクッとした食感の後に、焦がしバターの濃厚な風味と、じんわりとした優しい甘さが口いっぱいに広がった。
ずっと乾いたパンしか食べていなかった僕の体に、その甘さは痛いほど染み渡っていく。
「おいしい……っ、すごく、おいしい……っ」
「そう。よかったわ」
彼女は、泥だらけの僕の頭を、ためらうことなく優しく撫でた。
その手の温もりに、僕の瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「よう耐えたな。あんたは偉い子じゃ」
彼女は僕を、その細くも力強い腕でしっかりと抱きしめてくれた。
「私の名前は、桜田リベラ。ポポロ村で弁護士をしているわ。……今日から私が、あなたの『母親』よ」
「おかあ、さん……?」
「ええ。誰にも文句は言わせない。私があなたを守り、育ててみせるわ。……あなたの名前は?」
僕は、涙を拭いながら答えた。
両親が最後につけてくれた、たった一つの宝物。
「……キッド。キッド・ジーニアス」
「いい名前ね、キッド。さあ、一緒に帰りましょう。私たちの家に」
この日。
鳥籠の中で死を待つだけだった僕は、世界で一番強くて、世界で一番優しい『修羅の弁護士』の息子になった。
——そして十年後。
ポポロ村の豊かな自然と、義母さんの手作りお菓子ですくすくと育った僕は。
「キッド! 自警団の連中がまた魔獣にビビって逃げ帰ってきたわ! ちょっと『オールA』のステータスで、サクッとボコってきなさい!」
「わかった、義母さん! 夕飯までには終わらせてくるよ!」
世界を震撼させる、規格外の万能勇者へと成長していたのだった。
新連載スタートです!
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
鳥籠から救い出されたキッドと、最高にカッコいい義母・リベラさんの物語が幕を開けました!
これからキッドがどれだけ規格外の無双を見せてくれるのか、ぜひご期待ください!
もし「リベラさんカッコいい!」「これからが楽しみ!」と少しでも思っていただけましたら、
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どうか、キッドとリベラ親子の応援をよろしくお願いいたします!
次回『第2話:ポポロ村の平穏と、オールAの日常』お楽しみに!




