ルナキン歓迎会と、財布を置いていくオカン
ルナキン歓迎会と、財布を置いていくオカン
ポポロ村の大通りに面した、二十四時間営業のファミリーレストラン『ルナミスキング』――通称『ルナキン』。
夕刻の店内は、冒険者や農家の人々でいつも以上の賑わいを見せていた。
僕たちが陣取った一番奥の広いボックス席のテーブルには、ルナキン名物のチーズインハンバーグや、大盛りのフライドポテト、ピラダイ(凶暴な魚型魔獣だが味は鯛以上)のカルパッチョなどが所狭しと並べられている。
「さて。これで頼んだ料理は全部揃ったわね」
黒のパンツスーツ姿の義母さん――桜田リベラが、伝票を軽く指で弾きながら立ち上がった。
今日は、強引に(法的な圧力で)ポポロ村の新村長に就任させられてしまった月兎族の姫君、キャルル・ムーンハートの歓迎会だ。
席には僕と、見習い女神のリリス、そして主役のキャルルさんが座っている。
「えっ、リベラさん? どこか行かれるんですか?」
ウサギの耳をピンと立てて尋ねるキャルルさんに、義母さんは金製の煙管をハンドバッグにしまいながら、ふっと柔らかく微笑んだ。
「ウチは事務所に戻って、溜まってる行政書類の処理をしなきゃならないのよ。ロップのボケ爺さんが放り出した仕事の尻拭いね」
「あっ、そ、それなら私も手伝います! 村長になったんだから――」
慌てて立ち上がろうとしたキャルルさんの肩を、義母さんは優しく手で制した。
「いいのよ。そういう小難しい書類仕事は、ウチみたいな大人の役目。今日はあなたの歓迎会なんだから、ここは若いもんだけで気兼ねなく楽しみなさい。……キッド、リリスちゃん、この新米村長をよろしくね」
「うん、任せてよ義母さん」
「はーい! リベラ先生、お仕事頑張ってくださーい!」
僕が頷き、リリスがフライドポテトを頬張りながら元気に手を振る。
義母さんは「ふふっ」と笑うと、内ポケットから美しい装飾が施された革袋を取り出し、テーブルの上にトンッ、と無造作に置いた。
チャリン、と重々しい金属音が響く。
中に入っていたのは、ルナキンのメニューを端から端まで百周頼んでもお釣りがくるほどの『金貨』の束だった。
「お代はウチが払っておくわ。足りなくなったら、キッドのポケットマネーから毟り取りなさい。それじゃあね」
義母さんはそれだけ言い残すと、ヒールをカツン、カツンと鳴らしながら、一度も振り返ることなく颯爽と店を出て行った。
圧倒的な『できる大人の女』のオーラ。そして、気前の良すぎるオカン力。
「……かっこいい。リベラさん、めちゃくちゃかっこいいですね……」
キャルルさんが、尊敬の眼差しで義母さんの背中を見送っていた。
「あはは。義母さんはいつもあんな感じだよ。さあ、冷めないうちに食べよう、キャルルさん」
「はいっ! いただきまーす!」
キャルルさんは元気よく手を合わせると、チーズインハンバーグを大きく切り分け、パクリと口に運んだ。
途端に、彼女のウサギ耳がピョコピョコと嬉しそうに跳ね回る。
「んん〜っ! 美味しい! ルナキンのハンバーグ、お肉がジューシーで最高ですね! 私、冒険者になってからこのお店の朝定食とハンバーグの大ファンになっちゃって!」
「キャルルさんもルナキン好きなんだ! 私もだよ! 特にここのドリンクバーは、神界の神酒より美味しいと思う!」
ピンク色のジャージを着た見習い女神のリリスが、自作の『エターナル・エルキシル(メロンソーダ+カルピス)』をジョッキで飲み干しながら意気投合する。
「リリスちゃんは、見習い女神様なんですよね? 神様がファミレスにいるなんて、なんだか不思議な感じです」
「ううん、私なんて全然下っ端だよ〜。予算少なくて自分の世界創るのも一苦労だし、上司の先輩神様たちは面倒な仕事ばっかり押し付けてくるし……」
「わかります! 上の人間って、自分の都合ばっかり押し付けてきますよね!」
神様(見習い)と元姫君が、なぜか『中間管理職の愚痴』のようなトーンで盛り上がり始めた。
僕は苦笑しながら、ピラダイのカルパッチョを取り分ける。
「キャルルさんは、レオンハート獣人王国の第三姫君だったんだよね。どうして国を出て、冒険者になったの?」
僕が尋ねると、キャルルさんは少しだけ目を伏せ、オレンジジュースのストローをカラカラと回した。
「……私の種族、『月兎族』は、獣人族の中でも特殊な力を持っているんです。月の満ち欠けによって力が変動して、特に治癒能力や身体能力が異常に高くなる。だから……王族や権力者たちは、私を『便利な道具』や『近衛騎士』、あるいは『愛人』として、鳥籠の中に閉じ込めておきたがったんです」
彼女の言葉に、僕はハッとした。
鳥籠。
それは、十年前まで僕が閉じ込められていた場所と同じだ。力を持つがゆえに、誰かの都合で自由を奪われる絶望。
「……でも、私はそれが嫌だった」
キャルルさんは顔を上げ、凛とした瞳で僕とリリスを見た。
「誰かの所有物になるくらいなら、自分の足で走って、自分の手で稼いで、自由に生きたい。だから国を捨てて、ルナミス帝国に亡命したんです。……今はAランク冒険者として日銭を稼いで、友達と4LDKのマンションでシェアハウスして、休日はサウナに行って、夜は魔法通信石でファッション誌の話題で長電話して……すっごく、自由で楽しいんですよ!」
「ふふっ、本当にエンジョイしてるんだね」
満面の笑みで語るキャルルさんに、僕も自然と笑顔になった。
しかし、僕の【知恵 A】とネフィリムとしての感覚は、彼女がただの『エンジョイ勢の可愛いウサギさん』ではないことを見抜いていた。
彼女の腰に下げられた二本のトンファー。そして、足元に履かれたタローマン製の特注安全靴。
一見ラフな現代風の格好だが、彼女の身のこなしには一切の無駄がない。重心は常に安定しており、呼吸は深く、体内に秘められた『闘気』の密度は、先日の偽勇者ゼロスなど足元にも及ばないほど研ぎ澄まされている。
(……この人、たぶん本気を出したら、そんじょそこらの魔獣や騎士団じゃ束になっても敵わないな)
S級冒険者候補と言われても納得の実力。
それが、ポポロ村の新しい村長なのだ。義母さんのスカウト眼(あるいは強引な引き抜き)には、本当に恐れ入る。
「そうだ、キッド君! リベラ先生から聞いたんだけど、この間、古代兵器の魔獣を一人で倒したって本当!?」
「あ、うん。ちょっと服が汚れそうだったから、急いで倒しちゃったんだけど」
「服が汚れそうだからって理由でSランク魔獣を!? すごい! 私も足技にはちょっと自信があるから、今度手合わせしてみたいな!」
キャルルさんが、ウサギ耳を揺らしながら目を輝かせる。
彼女の纏う空気は、戦いを純粋に楽しむ武闘家のそれだった。
「うん、機会があったらね」
僕が頷くと、リリスが大きな苺パフェを抱え込みながら会話に割り込んできた。
「でも、キャルルさんが村長になってくれて本当に良かったよ! ロップ村長がいなくなって、ポポロ村のみんなも不安だったから。キャルルさんみたいに強くて優しい人が村長なら、絶対安心だね!」
「……えへへ。村長なんてやったことないから不安だけど、リリスちゃんやキッド君、それに頼りになるリベラさんがいるなら、私、頑張ってみる!」
キャルルさんは、苺パフェの頂上に乗った真っ赤な苺をパクリと食べ、嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は、ポポロ村に新しい風が吹き込んだことを感じさせる、とても温かいものだった。
――だが。
この時の僕たちは、まだ知らなかった。
月兎族である彼女が、月の満ち欠けによって『異常なハイテンション』に陥る、極めて厄介な体質を抱えていることを。
窓の外では、夜空に浮かぶ月が、少しずつ、だが確実に『満月』へと近づきつつあった。
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