表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/27

第二章 新村長とポンコツ女神の農業体験編

消えた村長と、ウサギの新村長爆誕

 神々をも巻き込んだ『厄災迷宮』の騒動から、さらに数日が経った。

 ポポロ村は、今日も変わらずのどかな朝を迎えていた。

 木造のシックな洋館、桜田リベラ法律事務所。

 僕はキッチンでポポロ・コーヒーの豆を挽き、淹れたてのコーヒーを二つのカップに注いでリビングへと運んだ。

義母かあさん、コーヒー入ったよ。あまり根を詰めすぎないでね」

「ありがとう、キッド。……でも、どうにも計算が合わないのよ」

 完璧な黒のパンツスーツに身を包んだ義母さん――桜田リベラは、珍しく眉間にシワを寄せ、デスクの上に広げられた膨大な村の行政書類と睨み合っていた。

「ここ数日、村役場からの書類の決裁が完全にストップしているわ。オロチの別邸跡地の処理や、自警団の武器の弾薬補充(ドンガン地下帝国との密輸)のサインが必要なのに……。そういえば、最近あのウサギの村長を見かけないわね。ロップ村長はどこへ行ったの?」

 義母さんが、ペンをくるりと回しながら首を傾げた。

 ロップ村長。御年七十歳になる月兎族の長老で、このポポロ村を長年まとめ上げてきた実質的なトップだ。

 僕もここ数日、彼の姿を見ていない。

 すると、受付の横で丸くなっていた漆黒のケルベロス、アモンが、のそりと立ち上がってリビングへと歩み出てきた。

 その三つの頭は、どこか非常に言いにくそうに視線を泳がせている。

『……リベラ様。その事なのですが』

「ん? アモン、何か知っているの?」

『はい。私の鼻が、ポポロ村の役場の金庫から、極めて生臭い「裏切り」と「逃亡」の匂いを嗅ぎ取りました。……結論から申し上げますと、ロップ村長は、村の復興・開発資金をすべて持ち逃げし、村からバックレました』

「…………は?」

 義母さんの手から、ペンがポトリと落ちた。

『数日前、近隣の緩衝地帯で開催された「グラウンド・ゴルフ(ゲートボール)異種族交流大会」にて、彼はエレガントな魔族の老婦人と激しい恋に落ちたようです。そして、恋に目が眩んだ村長は、そのまま魔族の御婦人と一緒に駆け落ち(バックレラビリンス)を強行いたしました』

「…………」

 静寂。

 朝の爽やかな空気が、一瞬にしてシベリアの永久凍土のような極寒へと変わった。

 義母さんは無言のまま、ハンドバッグの中から金製の美しい煙管キセルを取り出した。

 カチリ、と火をつける。

 無臭の魔導煙がふうっと吐き出された瞬間――事務所の窓ガラスが、ビリビリと悲鳴を上げて震えた。

「――あの、糞ボケジジイがぁぁっ!!」

 完璧な標準語が吹き飛び、ドスの効いた『岡山弁』が炸裂した。

「恋に生きるのは勝手じゃが、よりによって村の公金を横領して駆け落ちたじゃと!? ウチが手塩にかけて育てとるこのポポロ村の行政を、誰が回すと思うとるんじゃ! あんなジジイ、捕まえたら月光薬の原料代わりに聖なる泉に叩き落としてやるけえな!!」

「お、落ち着いて義母さん! 煙管を持ったまま六法全書を握りしめないで!」

 激怒する義母さんを、僕は慌ててなだめようとした。

 確かにロップ村長が消えたのは大問題だ。ただでさえこの村は、帝国と獣人王国と魔皇国の緩衝地帯という面倒な立地にある。村長という代表者がいなければ、外交も予算の決裁も完全にストップしてしまう。

「ウチは法律事務所とゴルド商会の裏仕事で忙しいんじゃ! 村長業なんて、真っ平ごめんじゃけえね! ああもう、誰か代わりに村長を押し付けられる都合のええ奴は――」

 チリン、チリン。

 義母さんが頭を抱えて怒鳴り散らしていた、まさにその絶妙なタイミングで。

 事務所の来客を告げるドアベルが、軽やかに鳴り響いた。

「あっ、あのぉ〜……すいません。ここが、ポポロ村のまとめ役をしてるっていう、リベラさんの事務所で合ってますか?」

 ひょっこりと顔を出したのは、一人の可憐な少女だった。

 頭には、ピンと伸びた美しい白いウサギの耳。

 顔立ちは息を呑むほど愛らしく、どこかの国の姫君だと言われても誰も疑わないほどの極上の美少女だ。

 だが、その服装は恐ろしくミスマッチだった。

 動きやすさを重視したラフな現代風のパーカーに、ボトムス。そして足元には、タローマン(ホームセンター)で売られている重厚な鉄板入りの『特注安全靴』を履いている。さらに腰には、二本のトンファーまでぶら下げていた。

「えっと……初めまして!」

 ウサギ耳の少女は、ポケットからキャンディーを一つ取り出して口に放り込むと、元気よくお辞儀をした。

「私、冒険者ギルドの『村おこし応援隊』のクエストを受注してやってきた、キャルル・ムーンハートって言います! Aランク冒険者です! なんでも、この村の村長さんがいなくなって困ってるってギルドで聞いたので、お手伝いに来ました!」

 キャルル・ムーンハート。二十歳。

 ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべる彼女のズボンのポケットからは、人参の刺繍が入った可愛らしいハンカチがのぞいている。

「おおっ、それは助かるよ! 僕の名前はキッド。よろしくね、キャルルさん」

 僕はホッとして笑顔を向けた。

 Aランク冒険者が手伝いに来てくれるなら、村の警備や細々とした業務はかなり楽になる。

 だが。

 僕の隣に立っていた義母さんの反応は、まったく違うものだった。

「…………キャルル・ムーンハート」

 義母さんは、手元のタバコの煙をゆっくりと吐き出しながら、スッと目を細めた。

 その瞳の奥で、敏腕弁護士としての『獲物を品定めする光』がギラリと輝いたのを、僕は見逃さなかった。

「……アモン。ウチの記憶が確かなら、レオンハート獣人王国の王族に、自由を求めて国を飛び出したという『第三姫君』がおったわね。しかも、元・近衛騎士隊長候補の、最高峰の月兎族」

『はい、リベラ様。彼女の心音から溢れる高貴な気品と、隠しきれない圧倒的な闘気。……間違いなく、その姫君ご本人かと』

 アモンの冷徹な分析に、キャルルさんのウサギ耳が「ビクッ!」と跳ね上がった。

「えっ!? あ、あの、なんで私の過去を……!?」

「……ふふっ。おぅ、丁度ええ」

 義母さんが、ニヤァッと口角を吊り上げた。

 それは、相手を完全に法廷で追い詰めた時に見せる、最強のオカンの『悪魔の笑顔』だった。

「経歴も実力も、血筋も申し分ないわ。ウチは事務所で忙しいし、村長業なんて真っ平だったのよ。……キャルルって言ったわね」

 義母さんは、キャルルさんの肩にガシッと両手を置いた。

 キャルルさんは蛇に睨まれたカエルのように硬直している。

「村おこしの依頼は、あんたがこのポポロ村の『新村長』になることよ」

「…………へ?」

「安心しなさい。報酬は『ポポロ村そのもの』よ。さあ、今すぐこの村長就任の承諾書にサインを。印鑑がなければ拇印でも構わないわ」

 義母さんは、まるで手品のようにどこからか分厚い契約書と朱肉を取り出し、キャルルさんの目の前に突きつけた。

「え? ちょ、ちょっと待って!? 私、ただのお手伝いクエストで……村長なんて聞いてない――」

「民法上の契約の自由よ! 村の危機を救う『地域応援隊』を名乗った以上、最高のパフォーマンスで村を救うのが冒険者の義務でしょう!? さあ、サインを!」

「ひぃぃぃっ! 圧が、圧がすごいぃぃっ!?」

 圧倒的な『六法全書オーラ』と論破の圧力に押し潰され、キャルルさんは半泣きになりながら、震える手で契約書にサインと拇印を押してしまった。

「はい、契約成立! クーリングオフは適用外だからよろしくね、キャルル新村長♡」

 満面の笑みで契約書を回収する義母さん。

 事の重大さにようやく気づいたキャルルさんは、タローマン製の特注安全靴を履いたまま、その場にペタンとへたり込んだ。

「え、ええええええええええええっ!? 嘘でしょぉぉぉぉっ!?」

 ポポロ村ののどかな空に、月兎族の可憐な姫君の、絶望の叫び声が響き渡った。

「あはは……キャルルさん、これからよろしくね」

 僕は苦笑いしながら、完全に魂が抜けて白くなっている新村長に、そっとお茶を差し出すのだった。

 こうして、ワケアリで可憐な月兎族の姫君を巻き込んだ、ポポロ村の新たな騒がしい日常が幕を開けたのである。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ