俺はただ、この村を守りたいだけ(第1章・結)
俺はただ、この村を守りたいだけ(第1章・結)
ポポロ村の夜は、都会のような派手な魔導灯の明かりはないけれど、その分、空に瞬く星々がどこまでも澄んで見えた。
桜田リベラ法律事務所のダイニングには、パチパチと小気味よい油の爆ぜる音と、食欲をそそる香ばしい匂いが充満している。
「キッド、コロッケが揚がったわよ。熱いうちに食べなさい」
「わぁっ! ありがとう、義母さん!」
テーブルの中央にドンと置かれたのは、キツネ色に揚がった大ぶりのコロッケの山だった。
ポポロ村で採れたホクホクの『太陽芋』に、旨味の強いロックバイソンの挽肉、そして隠し味にタマンネギの甘みをギュッと閉じ込めた、義母さん特製の絶品コロッケだ。
自家製のソーリーフ(ソースの味がする葉)を絞ってかぶりつくと、サクッとした衣の中から、ホクホクの芋と肉汁が口いっぱいに広がった。
「んんっ、おいしい! やっぱり義母さんのご飯が世界一だよ!」
「ふふっ、今日は特別にいっぱい作ったから、おかわりはいくらでもあるわよ。アモンも、遠慮しないで食べなさい」
『グルルル! ありがとうございます、リベラ様。太陽芋の甘みが五臓六腑に染み渡ります』
三頭犬のアモンも、専用の大きな皿に盛られたコロッケを、三つの頭で器用に、かつ上品に平らげていく。
温かくて、美味しくて、優しい時間。
鳥籠の中で乾いたパンと濁った水しか知らなかった僕が、こうして家族と一緒に温かい食卓を囲めること。それがどれだけ奇跡的なことか、僕は痛いほど知っている。
「……今日、ルナキンでリリスちゃんと会ってきたんでしょ。世界創造の進捗はどうだった?」
食後のダージリンティーを淹れながら、義母さんがふと尋ねてきた。
「うん。地形ができたって喜んでたよ。……あと、僕の噂が神界のトップの会議で議題に上がってるって教えてくれた」
「あら。やっぱり、あのポンコツ神をBANに追い込んだ一件が響いたのかしらね」
義母さんは金製の煙管を指先に遊ばせながら、フッと短く息を吐いた。
「オロチ会長の情報網でも、各国の上層部が『聖魔の双剣使い』の身元を探り始めているって報告が上がってきているわ。今はまだポポロ村まで辿り着いていないけれど、それも時間の問題でしょうね」
義母さんは、壁に立てかけられた僕の双剣――『ルクス』と『ノワール』を見つめた。
「キッド。あなたは優しすぎる。その力が世間に知れ渡れば、あなたを兵器として利用しようとする者、英雄として神輿に担ごうとする者、あるいはイレギュラーとして排除しようとする者が、次々とこの村にやってくるわ」
「……うん。分かってるよ」
僕は紅茶のカップを両手で包み込みながら、真っ直ぐに義母さんの瞳を見返した。
「でも、僕は逃げないし、隠れない。誰かの都合のいい道具にもならないよ」
僕の言葉に、義母さんは目を細めた。
アモンの三つの鼻が微かに動き、僕の言葉に『一切の嘘がない』ことを静かに肯定している。
「義母さんが教えてくれたよね。法は弱者を守るための盾であり、理不尽を叩き潰すための剣だって。僕にとってのこの双剣も、それと同じなんだ」
天使の血と、魔族の血。
光と闇、本来なら決して交わらないはずの二つの力を、僕は同時に扱うことができる。
それはきっと、誰かを傷つけるための呪いじゃない。大切なものを守り抜くために、神様が残してくれた力なんだ。
「僕は勇者になりたいわけでも、魔王になりたいわけでもない。ただ、義母さんと一緒に、このポポロ村の優しい日常を守りたいだけ。……もし、その日常を壊そうとする奴が来るなら、それが帝国軍でも、魔皇国でも、神界の主神でも。僕が全部、斬り捨てるよ」
静かだけれど、揺るぎない覚悟。
ネフィリムとしての『覇気』が、ほんの少しだけ僕の言葉に乗って空気を震わせた。
その瞬間。義母さんはフッと吹き出し、それから、とても嬉しそうに、そして誇らしげに微笑んだ。
「……ええ覚悟じゃ。さすがは、ウチの自慢の息子じゃね」
完璧な標準語が解け、素の『岡山弁』がこぼれ落ちる。
義母さんは煙管をテーブルに置き、立ち上がって僕の頭をガシガシと撫で回した。
「よう覚えとき、キッド。アンタがどんな道を選ぼうと、誰を敵に回そうと、ウチは絶対にアンタの味方じゃ。もし神様がアンタを連れ去ろうとするんなら……」
義母さんの瞳の奥で、修羅の炎がゴオォォォッ!と燃え上がった。
「六法全書に闘気を限界まで練り込んで、神界のサーバーごと物理でカチ割ったる。損害賠償と慰謝料で、神様どもをスッカラカンの無一文にしてやるけえ、安心しんさい」
「あはは……頼もしいなぁ、義母さんは」
神界の神々が聞いたら、震え上がって胃薬を大量消費するであろう宣戦布告。
でも、僕にとっては、これ以上なく心強くて、温かい言葉だった。
***
――そして、世界は動き出す。
神界のコタツ部屋。
「見た!? 今の『神界のサーバーごとカチ割る』発言!! やばい、あのお母様も規格外のバケモノじゃない!!」
「最高よルチアナ! この親子、絶対にウチの『アバロン魔皇国』にスカウトするわよ! お忍びでポポロ村に突撃して、直接契約書にサインさせるわ!」
「あ、ずるいラスティア! 抜け駆けは禁止よ!」
ルナミス帝国の玉座。
「……なるほど、ポポロ村の『桜田リベラ』の息子か。あの女狐に育てられたのなら、生半可な交渉は通用すまい。だが、帝国の未来のためには必要な戦力だ」
月の世界の神殿。
「ルチアナの奴、あんな美味しそうな少年を独占してPVを稼いでいるなんて許せませんわね。私の『月兎族』のネットワークを使って、ポポロ村を視察させますわ。……ふふっ、ざまぁ展開の次は、おねショタ溺愛展開で頂点をいただきますわよ」
大陸中、いや、全次元の強者たちが、『ポポロ村』と『キッド・ジーニアス』という特異点に向けて、一斉に視線を向け始めていた。
しかし。
「義母さーん。お風呂沸いたよー」
「ありがとうキッド。先に入ってきなさい。明日はタローマートで特売のタマゴを買わなきゃいけないから、早起きよ」
「はーい」
当の本人たち(最強のネフィリムと最恐のオカン)は、そんな世界の熱狂などどこ吹く風。
のどかな田舎村で、今日も平和に、そして逞しく生きていた。
――鳥籠の中で死を待っていた少年は、光と闇の神剣を手に、愛するオカンと共に世界を揺るがす。
これは、誰よりも優しく、誰よりも強い『規格外の万能勇者』が。
ただ自分たちの大切な『日常』を守り抜くためだけに、全次元の常識をぶち壊していく、痛快無比な英雄譚の始まりである。
【第1章・完】
第1章、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!
どんなに強大な力を持っても、世界中から注目されても、キッドの願いはただ一つ。「義母さんと、この村で平和に暮らすこと」。
その純粋な思いと、神々すら物理で叩き潰すと豪語するリベラ母さんの最強の家族愛で、第1章を無事に完結することができました!
しかし、世界のトップ層(魔王ラスティアや月の女神カグヤなど)が、ついにポポロ村へ向けて直接動き出そうとしています!
平和な村に、とんでもないVIPたちが続々と押し寄せる『第2章』!
キッドの無自覚な無双と、リベラ母さんのえげつない法的コンサルティングは、まだまだ止まりません!
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次回から『第2章』がスタートします!
引き続き、キッドとリベラ親子の物語をお楽しみください! 明日も更新します!




