第5話:深層の影
転移スクロールで離脱した玲人は、人気のない通路へ移動していた。
「はぁ……。」
壁にもたれながら息を吐く。
ひまりの追跡は本気だった。
あと数秒逃げるのが遅れていたら捕まっていたかもしれない。
「怖すぎる……。」
正直、下層のボスより怖かった。
だが。
そこで玲人は足を止めた。
先ほどのブラックサーペント。
そして壁の奥に見えた異様な穴。
どうしても気になった。
(あれ……何かおかしかった。)
ブラックサーペントは下層の魔物だ。
だが現れ方が異常だった。
まるでどこかから無理やり押し出されたような。
玲人は目を閉じる。
魔力感知を広げた。
そして。
「……え?」
玲人顔色が変わった。
感じてはいけない魔力を感じた。
下層に存在するはずのない濃度。
圧力。
禍々しさ。
深層級。
玲人は即座に走り出した。
「まさか……!」
もし予想が当たっていたら。
あの三人は死ぬ。
⸻
同時刻。
天城美月たちは例の穴を発見していた。
「ねぇ、これ絶対おかしいよね?」
「おかしい。」
凛が頷く。
ひまりも真剣な顔だった。
先ほどまで銀髪少女のことで頭がいっぱいだったが、今は探索者として状況を見ている。
穴の向こうから流れてくる魔力。
嫌な予感しかしない。
「帰る?」
美月が言う。
しかし。
ゴゴゴゴゴ……
穴の奥から何かが動く音が聞こえた。
三人は凍り付く。
次の瞬間。
巨大な爪が現れた。
そして。
現れた魔物を見た瞬間。
凛の顔から血の気が引いた。
「嘘でしょ……。」
全長二十メートル以上。
黒い装甲。
六本の腕。
燃えるような赤い目。
深層にのみ出現すると言われる災害級魔物。
ヘルアビス。
国家級探索者でなければ討伐できない怪物だった。
コメント欄も一瞬でパニックになる。
『終わった』
『なんで下層にいるんだよ』
『逃げろ!!』
『配信切れ!!』
『早く逃げろ!!』
『やばいやばい』
『まじ逃げて!』
美月が震える声を出す。
「逃げるよ!!」
だが遅かった。
ヘルアビスが腕を振る。
轟音。
凛が防御魔法を展開する。
しかし。
バリン!!
一撃で砕かれた。
「きゃあああっ!!」
三人の身体が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられる。
血が流れる。
実力差は圧倒的だった。
勝負にすらなっていない。
ヘルアビスがゆっくり近付いてくる。
獲物を見つけた捕食者のように。
「まずい……」
凛が立ち上がろうとする。
動けない。
美月も。
ひまりも。
誰も立てなかった。
そして巨大な腕が振り下ろされる。
死。
誰もがそう思った。
その時だった。
ドォォォォォン!!
銀色の衝撃波が魔物の腕を弾き飛ばした。
「大丈夫!?」
聞き覚えのある声。
三人が顔を上げる。
そこに立っていたのは。
銀髪。
赤い瞳。
謎の美少女。
「銀髪ちゃん……!」
ひまりの声が震えた。
玲人は振り返らない。
視線はヘルアビスだけを見ている。
(最悪だ。)
心の中で呟く。
本来なら逃げるべき相手。
一人なら勝てる。
だが。
三人を守りながらでは話が変わる。
ヘルアビスが突進してくる。
玲人も飛び出した。
剣と爪が激突する。
轟音。
地面が割れる。
だが次の瞬間。
玲人の身体が吹き飛んだ。
「っ……!」
壁に激突。
口から血が流れる。
三人の目が見開かれる。
初めてだった。
銀髪少女が押される姿を見るのは。
ヘルアビスが追撃する。
玲人は無理やり身体を動かした。
回避。
反撃。
斬撃。
しかし。
浅い。
再生される。
深層級は格が違った。
「逃げて!!」
玲人が叫ぶ。
「でも!」
「早く!!」
美月たちは悔しそうな顔をする。
だが動けない。
そして。
ヘルアビスの一撃が玲人の肩を切り裂いた。
鮮血が舞う。
ひまりの顔が青くなる。
「やだ……。」
玲人は歯を食いしばる。
まだだ。
倒れるわけにはいかない。
もしここで負ければ。
三人は死ぬ。
ヘルアビスが巨大な魔力を集め始めた。
怒っているのだ。
食事を邪魔されたことを。
凛が絶望した顔になる。
「まずい……!」
深層級魔法。
直撃すれば下層一帯が吹き飛ぶ。
玲人は三人の前に立った。
逃げない。
避けない。
守る。
それしかなかった。
「なんで……。」
ひまりが呟く。
「なんでそこまで……。」
玲人は少しだけ笑った。
そして。
「だって。」
その横顔はどこか寂しそうだった。
「助けられるのに見捨てる方が嫌だから。」
直後。
深層級魔法が放たれた。
世界が白く染まる。
轟音が響く。
そして三人は目の前に広がる光景を見て絶句した。
銀髪少女が。
ボロボロになりながら。
たった一人で。
その全てを受け止めていたのだから――。




