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ここは役所じゃありません

寮の玄関をくぐると、油と洗剤の混じったような匂いがした。

いつもの匂いだ。


靴を脱ぎ、廊下を歩く。

その途中で。

ふと、足が止まった。


壁に掛けられたコルクボード。

それは、寮の掲示板だった。

いろんな紙が、画びょうで止められている。


『風呂の使用時間について』

『消灯は二十三時』

『節水のお願い』


どれも似たような内容だ。

なんとなく眺めていると、一枚の紙が目に入った。

傾いて貼られていて、少ししわが寄っている。


そして——


字が、汚かった。

やたらと大きく、ところどころかすれていて、線がぶれている。

読めなくはないが、読みづらい。

思わず、顔を近づける。


「……なんて書いてあるんだ、これ?」


小さく呟いた。

そのとき、紙の右下に、細い鉛筆の文字が見えた。


『汚くて読めねえ!!』


落書きだった。

思わず、口元がゆるむ。

たしかに、その通りだ。


一人で笑っているとこを見られていないかと、周りを見回す。

廊下には誰もいない。

もう一度、紙を見る。

案外、内容は普通だった。


「風呂の排水口にゴミを流さないこと」

そんな注意書き。

でも、この字では、ちゃんと読まれないかもしれない。


ふと、頭の中に浮かんだ。

——俺なら、いや、AIなら…?


もっと、読みやすく書ける。

もっと、きれいにまとめられる。

短く、分かりやすく。

すぐに、スマホの画面が思い浮かぶ。


『文章生成』


あの項目。

きっと説明を書いてくれる、整えてくれる。

丁寧に、誰でも読める形に。


胸の奥で、小さく何かが動いた気がする。


「……頼まれたら。」


ぽつりと、声が出た。

金になる。

大きな金じゃない。

でも、

四十円。

五十円。

百円。


そういう金には、なる。

じっと紙を見つめる。

誰かが困っている、読みにくいと。

そこを直す。

それだけだ、難しいことじゃない。


「……できるな。」


小さく頷いた。

そのまま、自分の部屋へ向かう。

廊下を歩く足取りが、少しだけ軽くなっていた。

二〇三号室の鍵を回し、扉を開ける。


六畳の部屋。

畳。

机。

裸電球。


朝と同じ景色。

でも、今は少しだけ、違って見えた。


机の上に、スマホを置き、指で触れる。

ふっと、光り、画面が現れる。


『文章生成』

『画像生成』

『相談』


三つの項目。

迷わず。

『文章生成』を押した。


少し考えてから、打ち込む。


『寮の風呂の排水口にゴミを流さないように、

 分かりやすく注意書きを書いてください』


一瞬で、画面が切り替わる。

文字が、すっと並んだ。


---


『入浴時におきましては、排水口にゴミや異物を流されますと、詰まりや故障の原因となります。


皆様が快適にご利用いただけるよう、ゴミは所定の場所へお捨てくださいますよう、ご理解とご協力をお願い申し上げます。』


---


しばらく、黙って見つめる。


それからぽつりと呟いた。


「……役所か!」


少し考える。

腕を組む。

それから、もう一度入力する。


『もう少しやわらかくしてください』


一瞬、また文字が並ぶ。


---


『お風呂をご利用の際は、排水口にゴミを流さないようご協力ください。


みんなが気持ちよく使えるよう、ご理解をお願いいたします。』


---


「……おお。」


思わず、声が出た。

さっきより、ずっと短く、読みやすい。

これなら、誰でも読める。


ノートを引き寄せる。

鉛筆を持つ。

画面を見ながら、

ゆっくりと書き写していく。


カリ、カリ、と。


部屋に、小さな音が響いた。

書き終える。

紙を持ち上げる。

きれいだった。

自分でも、そう思う。

少しだけ胸の奥が、温かくなる。

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