希望
ガタン、ガタン。
同じ音が、ずっと続いている。
金属が打ち抜かれる音。
油の匂い。
熱を持った機械の唸り。
朝から何時間も、同じ作業を繰り返していた。
部品を置く。
レバーを下げる。
音が鳴る。
出来上がった部品を箱に入れる。
また、部品を置く。
単純な仕事だった。
頭を使うことは、ほとんどない。
だから、考え事をするには、ちょうどいい。
「……写真屋か。」
小さく呟く。
機械の音にかき消されて、誰にも聞こえない。
カメラで画面を撮ればいい。
写真にしてもらえばいい。
そこまでは、分かった。
問題は——
「いくらかかるか、だな。」
現実的な壁だった。
フィルム代。
現像代。
プリント代。
たぶん、全部金がかかる。
今の手持ちは、ほとんどない。
昨日、寮に入ったばかりだ。
給料も、まだ先。
「……初給料まで、何日だ?」
ぼんやりと数える。
まだ、長い。
そんなことを考えていると。
「おい。」
横から声がした。
はっとして顔を上げる。
作業帽をかぶった男が、少し離れたところからこっちを見ていた。
年はたしか三十前。
同じラインの佐久間 真司先輩だ。
「手、止まってるぞ。」
低い声だった。
「あ、すみません!」
慌ててレバーを下げる。
ガタン。
金属の音が響く。
しばらく作業を続けていると、
その先輩が近くに歩いてきた。
箱の中の部品をちらりと見て、
それからこちらの顔を見た。
「……お前、なんかあったか?」
「え?」
思わず聞き返す。
「いや、」
先輩は肩をすくめた。
「今日は、顔が違う。」
「顔、ですか?」
「前はもっと……」
言いかけて、少し考える。
「暗かった。」
はっきり言われた。
悪気はない。
ただの事実、という口調だった。
少しだけ、間が空く。
機械の音だけが続いている。
どう答えるか、少し考えて。
「まあ……」
口を開く。
「ちょっと、考え事が……」
「ふーん。」
先輩は腕を組んだ。
「女か?」
「違いますよ!」
即答する。
「じゃあ何だ?」
少し迷ったが、正直に言う。
「金のことです。」
一瞬、沈黙。
それから、先輩は小さく笑った。
「そりゃ大事だな!」
「はい!」
「お前、今いい顔してるよ!」
そう言って、軽く背中を叩いた。
ぽん、と。
強くもなく、弱くもない。
「手、動かせよ。」
「はい!」
先輩はそのまま、自分の持ち場に戻っていった。
しばらく、無言で作業を続ける。
部品を置く。
レバーを下げる。
音が鳴る。
同じ動き。
同じ音。
でも、さっきより体が軽い気がした。
「……いい顔、か。」
小さく呟く。
自分では、よく分からない。
ただ、前より少しだけ、先のことを考えている。
それだけだった。
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夕方、サイレンが鳴った。
一日の仕事が終わり、周りの男たちが、手を止め始める。
伸びをする者。
ため息をつく者。
油の匂いが、体に染みついている。
外に出ると、空は少し赤くなっていた。
日が傾いている。
いつもと同じ道を歩く、寮へ向かう道。
その途中、あの店の前を通る。
写真屋
今は、シャッターが開いている。
ガラス越しに、店の中が見える。
カメラ。
アルバム。
証明写真の見本。
自然と足が止まる。
店の前に立つ。
ガラスの横に、小さな札が貼ってあった。
『写真プリント 一枚 四十円』
数字を、じっと見る。
四十円。
頭の中で、すぐに計算する。
「……いけるな。」
ぽつりと呟いた。
大きな金額じゃない。
無理でもない。
やれる。
その感覚が、はっきりとあった。
しばらく看板を見つめてから、ゆっくりと歩き出す。
「まずは、一枚だな。」




