第7話:洞窟探索と不穏な影
世界地図を開き、目的地であるリーグ共和国への道順を確かめる。
道に沿ってしばらく歩くと洞窟があり、その向こうにリーグ共和国の領土が広がっているらしい。
洞窟の先にある関所を超えると"テムレジー"という交易都市があるみたいだ。
冒険者カードがあるから関所を超えるのは問題ないだろうし、チェルの生活基盤はそこで探すとしよう。
それにしても、流石はラース・センテの領土。
簡単ではあるが街道が整備されている。
森や獣道を歩く覚悟をしていただけに、これは大変ありがたい。
体力の消費も抑えられるし、予定より早く街にたどり着けそうだ。
歩き始めて数時間、木陰で休憩をとっているとチェルに尋ねられた。
「そういえば、冒険者ってどんなお仕事なんですか?」
「ん-、簡単に言うと困りごとを解決するためのなんでも屋かな。」
「なんでも屋、ですか。」
「そう。雑用から魔物退治まで、依頼された仕事は何でもこなす。」
「それって、依頼されたら悪い事もしないといけないんですか?」
「ううん、依頼は自分で選ぶからそんなことはないよ。ただ、残念なことにお金のために悪事に加担する冒険者は一定数いるかな。」
冒険者への報酬は、依頼主の支払いにギルドが支援金を載せて支払われる。
この仕組みによって人々は気軽に雑用を依頼でき、冒険者は報酬を得ることができる。
ギルドからの支援金は冒険者のランクによって金額が変わる。
依頼内容によって差はあるものの、下位冒険者への支援金は少ない。
下位冒険者がお金を稼ぐのは簡単ではない。
多くの下位冒険者は雑用や簡単な魔物討伐の数をこなして生きるための金銭を稼いでいる。
ギルド自体が依頼者になるような大型の魔物を討伐すれば、高額な報酬やランクアップのチャンスを得られるが、準備に必要な金額や身の危険を考えると割に合わない。
実力はないくせに雑用を嫌うプライドの高い下位冒険者、彼らは食うに困って犯罪に加担しだす。
依頼として彼らを捕らえたこともあるが、全員ギルドへの不満をぶちまけていた。
ギルドは動ける中位冒険者を優遇するのではなく、下位冒険者を育てるために支援するべきなのだ。
「ウィルさんは犯罪行為とかしていないですよね...?」
チェルが不安そうな顔でこちらの様子を伺っている。
「もちろんしていないよ。...俺って悪い事してそうに見える?」
「いや、そういうわけではないです!...ただ、呪詛?をかけられてるって言っていたので、気になりました。」
「ああ、なるほどね。」
チェルに呪詛を刻まれた経緯について簡単に説明した。
「...とまあ、そんな訳で国に呪詛で監視されているってわけだ。」
チェルはしばらく黙って考え込んだ後、口を開いた。
「ウィルさんはどうして実力を隠していたんですか?」
「ん-、目立ちたくなかったからかな。」
「どうして?」
「どうして、か...。」
「ウィルさんが実力を隠さなかったら助けられた命がたくさんあったんじゃないですか?...私を救ってくれたみたいに。」
エリスの街で調査団に言われた言葉を思い出した。
『いいですか、実力を持つものが正しくそれを行使しない。これは重罪です。強者は弱者を救う義務がある。あなたは強者でありながら、その責務を果たすことなく隠ぺいした。』
確かに、俺が実力を隠さなかったら助けられた命はたくさんあったかもしれない。
ただ、俺が実力を隠したことで助かった命の方が多かったと俺は信じたい。
...まあ、ただのわがままであることは否定できないかな。
「そうだね、俺が実力を隠したせいで零した命がいくつもあったかもしれない。」
「...それなのに、目立つのを嫌って逃げたんですか?」
「逃げた...。ああ、その表現は正しいかもね。そう、俺は責任から逃げた。」
「....。」
「ただね、俺が実力を隠さなかったら、きっと俺が住んでいた街は滅んでいたよ。」
「すいません、よくわからないです。」
「中位冒険者の主戦場は都市部なんだ。俺はエッジ・ネサーの最果ての街で冒険者をしていたんだけど、エッジ・ネサ―の優先度は他の国に比べて低い。そんな地方で誕生した中位冒険者はみんな他の国に収集されてしまう。」
水を軽く口に含み、一呼吸置く。
「俺が活動していた街は大型の魔物が沢山出現したんだ。だけど、討伐できるような中位冒険者はみんな都市部に行っている。だからこそ、下位冒険者の立場で魔物と戦える人手が必要だったんだ。」
「街を守るために、汚名を背負ったってことですか...?」
「そんな立派なもんじゃないよ。本当だったら中位冒険者として、国に歯向かってでも地方に従事するべきだったんだろうね。チェルの言う通り、俺は責任から逃げていただけだよ。」
「ウィルさん、その...。」
「だけどね、俺はこの選択を後悔していないよ。」
「え?」
「行く当てのない俺を受け入れてくれた街、俺はあそこを守りたかった。責任から逃げてでも、他を切り捨てでも、みんなの危険を排除したかった。」
「ウィルさん、何も知らないくせに失礼な事を言ってすいませんでした。」
「大丈夫、チェルは間違ったことを言ってないよ。俺一人で救える範囲には限界があるし、その範囲を自分で勝手に選択していたってだけの話だから。」
だけど、国から与えられた任務のせいで俺は二度とあの街の帰れないだろう。
俺がいなくなっても誰かがあの街を守ってくれることを祈るばかりだ。
「さあ、そろそろ出発しようか、チェル。」
「...はいっ!」
道に沿って数日進んだところで、ようやく洞窟にたどり着いた。
でっかい山に空洞ができたような作りで、先の長さがわからない。
山を迂回するのは無理そうだし、予定通り洞窟を抜けるしかないな。
...嫌いなんだよなぁ、洞窟。
「さて、ここから洞窟を進んでいく必要があるが、先が全く分からない。」
「えー...。こんな真っ暗で怖いところを進むんですか...?」
「そう、だからこそ事前の準備は大切だ。」
道具屋で買った火打石を4つに割り、落ちていた木に糸で括りつける。
同じものを複数作成し、糸で固定すれば振るだけで火を起こせる装置の完成だ。
この装置をチェルに2つ渡し、木の枝を大量に集めてチェルの鞄に詰めた。
「よし、これで火に困る事なく先に進めるだろう。」
「火を起こすのは私の役割ですか?」
「手伝ってもらうことはあるけど、それは非常用だよ。俺に何かあったらそれを使って火を起こしながら脱出してくれ。」
「そんな怖い事言わないでくださいっ!」
ぷりぷり怒っているチェルを宥めながら洞窟を進んだ。
街で買った松明に火をつけ、洞窟内を照らしながら進む。
今回は人の往来が確認できている洞窟だから松明を使ったが、気軽に使うのは危険だ。
密閉された洞窟では酸素が限られており、火を燃やすことで酸素が消費されてしまう。
しばらく洞窟を進むと分岐道に到達した。
洞窟の内部構造まではわからないので、現場の情報を頼りに進んでいくしかない。
今回のような国を繋ぐ道にある洞窟の攻略は簡単だ。
なぜなら道標がどこかに用意されているから。
「ウィルさんどうしましょう、分かれ道です。」
「心配しなくても大丈夫。...ほら、壁を見てごらん。」
それぞれの道の壁面に削ったような跡がある。
右の道は矢印のような跡、左の道にはバツ印のような跡だ。
「先人たちが移動用に道標を用意してくれているんだ。これに従って進もう。」
右の道をしばらく進むが、罠もなく安心できそうだ。
洞窟に入ってから数時間は歩いているせいか、チェルに疲れの色が見える。
先を進みたい気持ちはあるが、今日は早めに休んでしまおう。
しばらく進み、適度に広い空間にたどり着いた。
「チェル、よく頑張ったね。今日はここで泊まろう。」
「...はいっ、少し疲れました。」
大き目の石で囲いを作り、中央に固形燃料を置いて松明の火を着ける。
松明を数回強く降って火を消し、焚火から離れたところに置いた。
この洞窟は人の往来があるおかげか、木片や木の葉など焚火の燃料になるものがたくさん落ちている。
チェルを焚火の前に座らせ、周囲の木材を集めて火にくべた。
焚火で水を沸かし、携帯食料と野草を調味料で軽く煮込む。
エネルギー摂取の効率はいいが正直美味しくない。
いや、まずい。
洞窟を抜けたら美味しいものをチェルには食べさせてあげたいものだ。
「食事が終わったら睡眠をとろう。明日のためにしっかり休息しないと。」
「わかりました。洞窟なんて歩くの初めてなのでかなり疲れました。」
「空気も地面も外とは勝手が違うからね。それに、陽の光が入らないから時間感覚も狂いやすい。」
「そうですね、今が朝なのか夜なのか全然わからないです。どのくらい歩いたら外に出られますか?」
「うーん、外から見た山の規模から考えて、順調に進めば明日か明後日くらいかなぁ。」
「なるほど、早く出たいので明日は頑張ります!」
「ははっ、あまり無理はしないでね。それじゃ日記を書いて寝ようか。」
松明に火を移し、焚火を消した。
洞窟内で灯りを完全に消すのは危険なので火を維持したまま睡眠をとる。
6時間程度で消えるだろうから、それまでに起きて新しい松明に火を移そう。
チェルが眠りについたのを確認した後、魔物の気配がしないことを確認して目を閉じて休んだ。
...目覚めと合わせて体を起こし周囲を見渡す。
松明の灯りはまだ消えていない、どのくらい眠っていたのだろうか。
頭はスッキリして体の疲れも取れている、十分な睡眠がとれていそうだ。
チェルはまだ寝息を立てている、もうしばらく寝かせておこう。
新しい松明を取り出し、古い松明の火を移した。
古い松明はそのまま昨日の焚火跡にくべる。
焚火で水を沸かし、昨日と同じ食事を作った。
しばらくしてチェルが目を覚ました。
「...おはようございます。」
「おはよう、疲れはとれたか?」
「...はいっ、背中が少し痛いですが体は軽い気がします。」
寝ぼけたぼーっとした顔つきのまま答えた。
先ほど作った食事をチェルに差し出す。
「はい、これを食べて目が覚めたら出発しよう。」
「はあい、いただきます。」
間の抜けた声だ、かわいいな。
食事を終えるとすっきりした顔に戻っていた。
「...ご馳走様でした!いつでも出発できますよ!」
「元気になったな。よし、軽く片付けて出発しようか。」
焚火を消して囲いに使った石を周囲に散らす。
調理に使った鍋は水で洗えないので小麦粉で水気を飛ばして鞄にしまった。
衛生的に良くはないので、洞窟が長いようだと捨ておく必要があるだろう。
まあ、手持ちの道具を減らしたくないので早く抜けて川で洗いたい。
再出発してから数時間、再び分岐にたどり着いた。
壁面には道標が削ってある。
...が、進むべき道から異様な気配が漂っている。
「ウィルさん、ここも壁の跡に従って左に進むんですか?」
「...いや、ちょっと怪しい気配がするな。」
「怪しい気配ですか?」
「ああ。何度か経験のある"大型魔物"の殺気が漂ってきている。」
「え、魔物ですか?」
この洞窟に大型魔物が住んでいるなんて情報は地図には載っていなかった。
そもそも国を結ぶ洞窟に住み着いている魔物なんて最重要で討伐されるはず。
...壁の道しるべに騙された?
いや、それにしては過去に道として使われた形跡が多かった。
勘違いか、最近住み着いたかどっちか...か。
「左を進む。ただし、いつでも逃げられるように準備だけしてほしい。」
「...わかりました。」
緊張した面持ちでチェルが頷いた。
長剣を右手に持ち、歩く速度を落としながら進む。
進むにつれて分岐で感じた殺気は強くなっている。
やっぱり、何かいるのは間違いないな。
...チェルもいるし引き返すべきか?
「ウィルさん、私は大丈夫なので進みましょう。」
悩みを見透かされたようにチェルが声をかけてきた。
「戻ったところで私には暮らす場所もありません。覚悟はできています。」
「...わかった。まあ、時間稼ぎくらいはできるから何かあったら引き返してくれ。」
「ウィルさんが守ってくれるから大丈夫です!一緒に進みましょう!」
「ははっ、そこまで言われたら責任重大だな。頑張らせてもらうよ。」
チェルの覚悟に後押しされて前に進む。
1時間くらい歩いた所で空気の流れが強くなるのを感じた。
さらには前方から明かりが漏れ出ているのを感じる。
大きく広がる空間にたどり着いた。
天井が崩れて陽の光が差し込んでいる。
陽が照っている部分には緑が生え、雨水がたまっている。
焚火の跡が散見されるし道はこっちで正しいんだろう。
洞窟の中とは思えないほど過ごしやすい環境だ。
...中央に佇んでいる大型魔物の存在を無視すれば。




