第6話:弔いと旅立ち
色の安定しない空間にいた。
黒、紺、白、黄、など様々な色が入り乱れて把握できない。
俺は不思議な空間をゆっくりと下に落ちている。
落下というよりは、水の中を沈んでいく感覚に近い。
思考が安定しない、頭の中に霧がかかっているみたいだ。
何を考えていたっけ、この空間はなんだろう。
あれ、俺の存在って、なんなんだっけ。
確か、生物として大地を歩いていた。
ある程度の不自由はあったが、それでも自由に暮らしていたはずだ。
あー、泣いている誰かを、助けたかった気がする。
間に合ったのか、間に合わなかったのか、どっちだっけ。
ほんの少しずつ、落ちる速度が増していく。
速度が上がるにつれて、思考が練れなくなる。
このまま底まで沈んだら、どうなるんだろう。
中身のない思考を繰り返していると空間が強く光り出した。
光の影響か、頭がすっきりして思考が安定してきた。
そうだ、そういや魔族と戦っていたな。
泣いている女性を助けようとして無理をしたんだっけ。
...ああ、ここは死後の世界ってやつなのか。
理由は覚えていないけど、死にかけてたもんな。
なんでだろう、違和感なく死を受け入れられる。
満点ではないけど、高得点の人生だったかなー。
突然、目の前に小さな生き物?が現れる。
お伽話で聞いたことがある"妖精"のような見た目だが、顔は黒色にくり抜かれている。
「ここは夢現、夢と現の狭間。お前はまだ夢に落ちれない。」
男か女かわからない妖精の言葉の後、体が上に引っ張られた。
急激な浮遊感の中、意識が遠のいていくのを感じた。
..........。
目を開くと夜空が広がっていた。
何も考えずにただ空を眺めてみる。
真っ暗な空間、点在する小さな光が綺麗だ。
あの光までどれだけの距離があるんだろう。
しばらく中身のない思考を繰り返していると、だんだんと意識が覚醒してきた。
そうだ、俺は魔族と戦って、勝った...んだよな?
とりあえず上体を起こすと、俺の右側で女性が横になっているのが目に入った。
嫌な想像で一瞬肝が冷えるが、肩が静かに上下しているのを見て安心した。
良かった、寝ているだけのようだ。
女性は俺の右手を両手で握りながら眠っている。
助けてくれた男が急に倒れて心細かっただろう。
...しばらくはこのままでいいか。
ふと違和感を感じ、自分の下半身に視線を送る。
俺の足は魔族との戦いでぶっ壊れていたはずだ。
スキルの連続による筋肉の酷使、筋繊維はグチャグチャだった。
にもかかわらず、痛みは一切なく、動作にも問題はない。
少し寝た程度で治る傷ではなかったはずだ。
傷を癒す方法は大きく3つ。
薬による治療、一般的に普及している手法。
効果はピンキリだが、金さえあれば手に入るのでありがたい。
スキルによる治療、細胞を操作するレベルの緻密な魔素コントロールが必要。
難易度が高いわりに、効果はそこまで期待できない、切り傷を治せる程度。
魔法による治療、能力によっては致命傷すら完治する。
大怪我を治せるような魔法使いは国家に囲われているだろう。
うーん。
応急処置レベルの薬しか持ってないし、もちろん治療スキルは使えない。
あれだけの傷が治ったとすると、やっぱり魔法だろうな。
俺は魔法を使えないし、そうなると...。
寝ている女性に目線を向けた。
改めて見るとまだ若いな、10代後半から20代前半ってところだろうか。
まだ確定ではないけど、これだけの才能がこんな小さな村に埋もれていたのか?
...とりあえず起きてから色々聞かせてもらうか。
鞄に入っていた掛け布団を寝ている女性に掛け、陽が昇るのをゆっくり待った。
暗闇が沈んで代わりに薄明かりが昇ってくる。
始まりと終わりが可視化されているかのようなこの時間が好きだ。
真夜中より朝方の方が寒いのはなぜだろうな。
しばらくしてすっかり陽は昇り、明確に朝が訪れた。
さっきまで肌寒かったのに、陽が出ると暖かいから不思議だ。
ぼーっとしていると、女性がもぞもぞと動き出した。
「うーん...。あれ...ここは...?」
眠そうな顔のまま起き上がり、辺りを見渡している。
小さめの顔にバランスのいいパーツ。
少し細めの目とやや丸みを帯びた輪郭。
髪は赤っぽい茶色で、くせっ毛なのか少し巻きがかかっている。
美人というよりは"可愛い"だな。
「おはよう、目は覚めたか?」
まだ頭が冴えきっていない様子の女性に声をかける。
少し間を置いた後、言葉が返ってきた。
「...あっ、無事だったんですね!...本当に良かった...。」
「おかげ様...なのかな?起き抜けに悪いが、俺が倒れてからの事を聞かせてくれるか?」
「はい...。あっ!その前に!」
女性は座ったまま姿勢を正し、頭を下げた。
「昨日は私を助けてくださり、ありがとうございました。」
「いやいや、別にお礼を言われるような事なんてしていないよ。」
「そんな、あなたがいなかったら私は殺されていました。それに...。」
女性はうつむいて涙ぐみながら言葉を続ける。
「...あなたは、村のみんなの敵を取ってくれました...。」
ゴリッシュが攻撃を仕掛けた時、救出よりも討伐を優先させようとした。
結果的には救出のために動いたけど、一度冷たい決断をしたのは事実だ。
それに、俺があと数時間早く着いていればもっと多くの村人を救えたかもしれない。
...たらればを言うのは嫌いなんだけど、お礼を言われると少し心が痛む。
「すまない。」
「何で謝るんですか?私、このご恩は一生忘れません。」
「...そうか。それより、俺が倒れた後の話を聞いてもいいか?」
「あ、はい。とはいって、私も少し曖昧ですが...。えーっと...。」
女性は話を始める前にこちらの様子を伺っている。
「ああ、俺はラウジディー・ウィルギスだ。ウィルって呼んでくれ。」
「ウィルさん。私はチェリシェ・ヴィラージュです。チェルって呼ばれてました。」
「よろしくな、チェル。それで?」
チェルは俺が倒れてからの状況を話してくれた。
俺は意識を失った後、高熱を出してうなされていたようだ。
俺の鞄に入っていた薬で手当てをしてくれたみたいだが、全然回復しなかったとのこと。
そして数時間後には顔色が悪く、急激に冷たくなっていったらしい。
万策尽きたけど諦めず、最後まで手を握りながら神に祈っていたそうだ。
「...少しすると突然私の身体が熱くなりました。そして、ウィルさんの身体が強く光り出したんです。光が落ち着くとウィルさんの顔色もよくなり、熱も平熱くらいに戻っていました。」
「安心したんでしょうか。急激に眠気が襲ってきたので、私はそのまま寝てしまいました。それで、起きたのがさっきです。」
「...なるほどね。ずっと看病してくれてたのか。おかげで生き残れたよ、本当にありがとう。」
「お役に立てたならよかったです。でも、ウィルさんが光ったのは何だったんでしょうか。」
「チェル、君は魔法を使ったことはあるか?」
「魔法...ですか?使うどころか、見たこともないです。」
「そうか...。聞いた状況から推察するに、魔法によって助けられたと思うんだよな。」
「ウィルさんが魔法で回復したわけではないんですか?」
「いいや、俺は魔法を使えないんだ。それに、あそこまで死にかけてたら魔法は行使できないよ。おそらくだけど、君には魔法の才能があって無意識に発動してくれたんだろう。」
怪我の治療どころか、死にかけの状況を覆せるような魔法。
これが"回復魔法"だとしたら勇者パーティに抜擢されるレベルの最強魔法だ。
だけど、なんとなく違和感があるんだよなー。
回復魔法は"魔素による肉体の修復"であって、免疫が引き起こす発熱のような防御反応は治すことができない。
回復魔法だとしたら、足の怪我だけ治ってまだ倒れていてもおかしくないだろう。
...祈りが実現する魔法、なんてのは考えすぎか。
そんな魔法が存在したらこの子の機嫌で世界が滅んでしまう。
それに、感情や思考は魔法に反映されないと聞いたことがある。
魔法は魔素から事象を引き起こす技術、再現されるのは同一事象、だと。
まあ、今はこの子の魔法について考えるのは後回しにしよう。
それよりも今後の事を考えなければいけない。
「チェル、君はこの後どうする?行く当てはあるのか?」
「いえ...。この村がなくなって、どうすればいいのかわからないです...。」
「そうか。...近くの街まで一緒に行くか?長居はできないが、生活できるくらいまでなら色々教えてあげられると思う。」
「えっ。...どうしてそこまでしてくれるんですか...?私に差し出せるものはこの身体くらいしかありません。」
「俺は冒険者だからな。脅威を取り去って終わりじゃない、安定を取り戻すまでが助けた者の責任だ。...それと、身売りのような真似は今後絶対するな。」
「...なんて感謝を伝えればいいのか...。本当に、本当にありがとう。」
泣いているチェルを落ち着かせつつ、今後の計画を考えた。
目的地のリーグ共和国まで行けば生きていくには困らないだろう。
食料は豊富だし、農作の仕事ならすぐに見つかる。
問題は俺の呪詛だな、どのくらい離れると記憶が消えてしまうのだろうか。
...道中で記憶を無くされると困るし、日記でも書いてもらうか。
いきなり知らない男が目の前にいても、自分の筆跡による記録を見れば多少はマシだろう。
お風呂とかトイレはどうしようか...。あー、男性だったらなぁ。
チェルと一緒に村の片づけをしながら、出発の準備を進めた。
村の残骸には使えそうなものはいくつか残っていたが、村人の骸は全く残っていなかった。
全て燃やされたのか、それとも食われたのか、真相は知らなくていいかな。
畑があったところに大き目の石を置き、簡単な墓を作って手を合わせた。
チェルは目を閉じてしばらく祈っている。
故郷を破壊され、惨劇に巻き込まれた。
...絶望で狂うことなく前を向く、精神が強く心が清いのだろう。
この身に変えてでも次の街まで送ってあげないとな。
「ウィルさん、村の為にありがとうございました。」
「気にするな。それより、そろそろ出発しようか。」
「はいっ!村の外に出るのは夢でした!...こんな出発になるとは思ってもいなかったですけど。」
チェルの目に薄く涙が浮かんできた。
「あ!すいません、湿っぽくなってしまいました!これからよろしくお願いします!」
「泣くのは別に悪い事じゃないよ。溜め込んで心が壊れる前に、たくさん泣いて前を向ければいい。」
新しい仲間を連れて、リーグ共和国に向けて旅立った。
呪詛についての説明と、日記については説明してある。
誰かと旅をするなんて随分と久しぶりだな。
...心配は色々あるけど、とりあえずは一歩ずつ進むしかないかな。
少し歩いた所で、チェルが立ち止まって振り向いた。
少し村の跡地を眺めた後、前を向いて再び進みだした。




