第四章 反乱の火蓋
学園での同盟締結から一年。王国を包む空気は、にわかに緊迫の度を増していた。
度重なる凶作、それにもかかわらず私利私欲のために重税を課し続ける腐敗貴族たち。民衆の怒りは限界に達し、国境付近では隣国による不穏な軍の動きも観測されていた。前世のOL時代に培った「リスクマネジメント」の観点から言えば、この国はまさに、いつ大爆発を起こしてもおかしくない「ブラック企業」そのものだった。
そしてついに、その日が訪れる。
「──報告します! 王都西門より反乱軍が侵攻! その数、およそ五千! すでに外郭の防衛線を突破し、この王城を目指して進軍中とのことです!」
王城の緊迫した議事堂に、伝令兵の悲痛な叫びが響き渡った。
豪奢な円卓を囲む貴族たちは、一瞬にして総毛立ち、大混乱に陥った。
「な、何だと!? 平民の暴徒どもがここまで攻めてきたというのか!」
「我が領地の私兵を呼び戻せ! 早く防衛線を再構築するのだ!」
「いや、まずは国王陛下と王太子殿下を安全な場所へ……!」
口々に保身を訴え、足並みが全く揃わない貴族たち。前線で指揮を執るべき軍事貴族たちすら、責任のなすりつけ合いを始めている。その中央で、王太子ジェームズは青ざめた顔で剣の柄を握り締め、毅然と立ち上がった。
「静粛に! 狼狽えるな! 私が直属の近衛騎士団を率いて出陣する。王都の混乱をこれ以上広げるわけにはいかない!」
「お待ちください、ジェームズ様!」
その勇み足の背中に、私は凛とした、しかし凍てつくような声を叩きつけた。
場が水を打ったように静まり返り、すべての視線が私──ヴァルミナ・デルフィア・グラックフォールへと集まる。
「な、なんだヴァルミナ、今は軍議の最中だぞ。令嬢の出る幕では──」
「いいえ、今この瞬間に国を滅ぼそうとしている無能な殿方たちを見過ごせないからこそ、発言しておりますの」
不敵な物言いに貴族たちが色めき立つが、私はそれを冷徹な一瞥で黙らせ、ジェームズの正面へと歩み出た。
「ジェームズ様、今の無謀な出撃は、敵の思うツボ……最悪の悪手ですわ。前世──いえ、私の独自の調査によれば、今回の反乱軍の背後には、明らかに隣国の『影』があります。彼らの真の目的は、王都の破壊でも、ましてや王城の占拠でもありません。……前線に引きずり出された、王太子殿下、あなたのお命そのものです」
「私の命……?」
「ええ。今回の暴動は巧妙に統率されています。あなたが前線に出れば、民衆に紛れた隣国の特級暗殺者たちが、必ずあなたを急襲するでしょう。総大将であるあなたを失えば、軍は瓦解し、国は内側から崩壊します。敵が狙っているのは、その後に生まれる『権力の空白』ですわ」
私の言葉は、単なる予測ではない。ルカスが裏の組織から吸い上げ、私に横流ししてくれた確定情報だ。ルカスの情報網と、私の大局的な情勢分析が合致した時、この反乱の不自然なほどの進軍スピードの理由がすべて繋がったのだ。
「な、ならばどうすればいいというのだ! 暴徒どもをこのまま城に迎え入れろと言うのか!」
一人の侯爵が声を荒げる。私はその男を冷ややかに見据え、傲然と言い放った。
「──私が行きます」
「何だと……!?」
「私がグラックフォール公爵家の次期当主として、単身で反乱軍の本陣へ赴き、彼らの指導者と直接『ネゴシエーション(交渉)』を行います。グラックフォール家の名のもとに、彼らの要求を聞き入れ、同時に我が家に伝わる最高位の戦術魔術を見せつければ、無駄な流血なしに事態を鎮圧することが可能です。これこそが、失墜した王室の威信を回復し、真に民の心をつかむ唯一の鍵ですわ」
議事堂は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「狂ったか! 公爵令嬢が単身で賊軍の元へ向かうなど!」
「日頃から平民の味方ばかりしていると思えば……まさか、反乱軍と裏で手を組んで王位を簒奪するつもりか!?」
口汚い罵りが飛ぶ。しかし、私はそんな雑音を一切無視し、ただ一人、ジェームズの澄んだ青い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
ゲームのシナリオなら、ここでヴァルミナは反乱の片棒を担がされて処刑される。だが、今の私は自らその渦中に飛び込み、この国の命運を握る主導権を奪いにいっているのだ。
「ジェームズ様。私はグラックフォール家の誇りにかけて、この国を守るために動いています。……私の知恵と、私という存在を、信じていただけませんか?」
私の紫の瞳に宿る、一切の揺らぎのない絶対的な覚悟。
ジェームズは長い間、言葉を失ったように私を見つめていた。周囲の野次が次第に小さくなっていく。そして彼は、深く、重い息を吐き出すと、腰の剣を鞘へと収めた。
「……分かった。全軍に通達! ヴァルミナ・デルフィア・グラックフォールを臨時の全権特使に任命する。彼女の行動を妨害する者は、誰であれ私が直々に反逆罪として処断する」
「殿下!?」
「黙れ! ──ヴァルミナ、君にこの国の未来を委ねる。頼んだぞ」
「はっ。御心のままに、ジェームズ様」
私は完璧な淑女の礼を捧げ、翻した真紅のマントと共に、堂々と議事堂を後にした。
さあ、いよいよ戦場という名の、私の「成り上がり」の決戦舞台へ向かう時間だ。




