第五章 戦場の真実
王都郊外──かつてはのどかだった農村の広場は、今や武器を手にした無数の民衆と、彼らを扇動する武装兵たちで埋め尽くされていた。立ち上る炎と硝煙の匂い。緊迫した空気のなか、私はただ一人、白銀の刺繍が施されたマントを翻し、毅然とした足取りで歩を進めていた。
「おい、見ろ……! 誰か来るぞ!」
「あんな煌びやかなドレスを着て……貴族の女か? 命知らずめ!」
武装した男たちが、ぎらついた警戒の目を向け、一斉に剣や槍を構える。囲まれてなお、私の心は奇妙なほど冷静だった。前世の修羅場に比べれば、物理的な刃など、私の構築した魔術障壁の前には無力に等しい。
「私は王国全権特使、ヴァルミナ・デルフィア・グラックフォール。──あなたがたの代表者と、対等な『交渉』を行うために参りました」
私の凛とした声が、魔力に乗って広場全体に響き渡る。その名を聞いた男たちの顔色が、怒りと恐怖で歪んだ。「グラックフォール」──この国の最高位の魔導師であり、彼らにとっては恐怖の象徴そのものだからだ。
「グラックフォールの令嬢だと!? ふざけるな! 王の狗め、俺たちを皆殺しにしに来たのか!」
「違います。私は、あなたがたと同じ──歪んだ歪みのなかで、苦しむ者たちの声を聞きに来たのです」
私は袖口から扇を取り出し、空間に鋭く一閃させた。
直後、周囲の空気が爆発的に膨れ上がり、広場の地面から巨大な魔術光のスクリーンが立ち上がる。私が仕掛けておいた、グラックフォールの最高位投影魔術だ。
そこに映し出されたのは、飢えに苦しむ子供たち、不当な税で家を奪われた農民、そして──彼らの背後で冷酷に笑い、今回の暴動を裏で操る「隣国の工作員」たちの隠し撮りされた映像だった。
「これが今の王国の真実です。そして、あなたがたを死地へ追いやろうとしている陰謀の正体よ」
男たちが息を呑み、映像を見つめる。私は一歩前へ出た。
「あなたがたが怒るのも当然です。一部の貪欲な貴族たちが民を虐げ、それを私利私欲のために利用している。……ですが、その横暴の多くは、王太子ジェームズ様の知らぬところで、書類を改ざんして行われてきたこと。あなたがたが今ここで王都を攻め、王太子殿下を殺害すればどうなるかしら? 国は完全に無秩序となり、待ち構えていた隣国に侵略され、あなたがたの家族は今以上の地獄を見るわ。それで本当に満足なの?」
「だが、俺たちはもう限界なんだよ! 誰も俺たちの話なんか聞きやしねえ!」
反乱軍の指導者らしき、体躯のいい大男が声を荒らげ、大剣を地面に叩きつけた。
「だからこそ、私がここへ来たのよ」
私は彼を真っ直ぐに見据え、傲然と、しかしどこまでも理知的に告げた。
「私は生ぬるい同情をしに来たのではないわ。これは契約よ。私が王城に戻り、あなたがたの声を直接議会へ届ける。不当な税制の改革、農地の再配分、そして──平民の代表を議会に送る『平民参政権』の導入。これらを私がグラックフォール公爵家の威信をかけて、必ず実現させるわ。私がそのための確固たる橋渡し(パイプ)になりましょう」
「……そんな綺麗事を、貴族の令嬢が信じろと言うのか?」
大男が私を睨みつける。その背後、暴徒たちのなかに不審な動きをする数人の男──隣国の刺客たちが、私に向けてボウガンを構えるのが見えた。
(──ここが、勝負の分かれ目ね)
私は微笑みを消し、冷徹な「悪役令嬢」の顔に戻った。
ドォン、と大気を震わせるほどの、圧倒的な紫の魔力が私の身体から立ち上る。グラックフォール家が誇る特級攻撃魔術の展開術式が、私の背後に何十個も浮かび上がった。
「信じるか信じないかは、あなたがたの自由。──ただし、もし私の提案を拒絶し、このまま無実の王都の民を傷つける暴徒となるのなら。私はグラックフォール家次期当主として、この場にいる全員を、一秒足らずでチリ一つ残さず『制圧』します」
肌を焦がすほどの魔力のプレッシャーに、誰もが恐怖で身動きを奪われた。隣国の刺客たちも、あまりの力量差にボウガンを落とす。
「慈悲は、対話を受け入れる者にのみ与えられるものです。暴力で得たものは、より強大な暴力によって失う。……さあ、選びなさい。私と共に国を変えるか、ここで私の魔術の錆び付くか!」
沈黙が広場を支配した。風の音だけが響くなか、反乱軍の指導者は私の紫の瞳に宿る「圧倒的な力」と「冷徹な誠意」に気圧されたように、ゆっくりと剣を地面に突き刺した。
「……交渉を、受け入れる。ただし、もしその約束が嘘なら、俺たちは何度でも立ち上がるぞ、お嬢ちゃん」
「当然ですわ。グラックフォール家は、結んだ契約を違えるほど安安とした家柄ではありませんもの」
私は魔術を霧散させ、再び優雅な微笑みを浮かべた。
ルカスが裏で隣国の工作員を捕縛し、私が表で民衆を掌握する。光と影の完璧な連携により、国を揺るがす大反乱は、一滴の流血もなしに、私という「圧倒的な存在」を民衆の脳裏に焼き付ける最高の舞台へと昇華されたのだった。




