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「まーくーん」
リンクから上がってロビーに入った途端、俺は後ろから何者かによって拘束された。
俺を『まーくん』を呼ぶ声には心当たりがある。というか、そんな風に呼ぶ上に、いきなり抱きついてくるやつなんて一人しかいない。
「智花……何してんだ」
愛湖原智歌<あこもと ともか>。
フィギュアスケート界を引っ張る期待のエース。
身長も体格も低め(でも巨乳。世に言うロリ巨乳とは彼女のことだ)で、愛くるしい顔立ちで、いまや国民的アイドル。
若干十七歳(あと一年で合法ロリの出来上がり)。
「んー。なんか大変そうだから来てみた」
「どこぞやの笑顔動画みたいに言うな」
「えー私オタクじゃないから笑顔動画とか言われても分かんないー」
言っておくがコイツは相当オタクである。ファンもそれを知っていて、試合で花束とともにアニメグッズ渡されるくらいだ。
「何でこの代のスケート選手にはオタクが多いのだろ」
「えー。っていうか、最初にアニメを薦めたのまーくんじゃん」
「……そうだったっけ」
「うん。私も悠佳ちんもまーくんに薦められたアニメを見て二次元の道に入ったんだよ」
諸悪の根源俺でした!
「そうだ、お前練習はどうした」
「うん。ちょうど空港からの帰りだったから立ち寄ったの」
そういえば、昨日はフランス杯だっけ。
ここ数年グランプリシリーズは、フランス、中国、ロシア、日本、アメリカ、カナダ、の順番で開催されている。
だが、今年は諸事情で、アメリカ、カナダ、フランス、日本、中国、ロシアと、順場が入れ替わっているのだ。
「ああ、遅ればせながら、優勝おめでとう」
グランプリシリーズフランス大会、通称エリックポンパール杯。
愛湖原智花は、SPでミスがあったものの、FSではノーミスの演技をし、僅差で去年の世界選手権銅メダリストを破って優勝した。
次の大会である日本大会、通称NHK杯で表彰台に入れば、グランプリファイナルへの出場は確実となる。
「ありがとうー。だからねー優勝記念にまーくんに抱きついておこうと思って」
「うん。気持ちはありがたい。男として」
「でしょー」
「だが、今お前、この状況分かってんのか? こんなの見付かったらヤバイだろうが」
そう言って俺は智花の拘束を力ずくで振り払うと、彼女は不満そうな顔をした。
「えー」
「りん」
すかさず付け足す。見事にコンビネーションで一つのオタクワードが完成する。
そんな不毛な会話を繰り広げていると、リンクから吾紅夜が出てきた。
「あ」
吾紅夜と智花の目が合う。
「お久しぶりー」
笑顔で言う智花。
「うん。お久しぶり」
けれど、それに返した吾紅夜の笑顔はどこか無理があった。
まぁ、もろもろのことを考えれば、吾紅夜が智花に対して引け目を感じていてもおかしくは無い。
二人は、同じ時期にスケートをはじめたこともあって、元々仲がよかった。
ただ最近は、ちょっとぎくしゃくしているように見える。それを見るたび、やりどころの無い怒りを感じる。
見かけ幼い智花を悪く言う人間は少ない。では、誰を虐めるか。答えは大人っぽい吾紅夜だ。
世間、特にネットや週刊誌では、智花=善、吾紅夜=悪、という構図が成立している。
別に二人は嫌いあってなど無いだろう。けれど、他人が勝手に敵同士にしているんだ。
二人はライバルであっても敵ではないと言うのに。
それまで天才天才とあおっておきながら、五輪で失敗したというだけで吾紅夜を攻める奴ら。それこそ、
死んでしまえば良いのに。
そんな黒い感情が自然と沸いて出た。




