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6

 ♪


 バス停からスケートリンクに入るまで、その距離十メートル弱。その先、スケートリンクの自動扉の前の十名弱の記者と二人の警備員がいた。

 記者たちがこちらに気が付いたようで、続々と駆け寄ってくる。

「都高麗選手! 吾紅夜選手とはお付き合いをされているんですか?」

 挨拶も無く率直な質問だ。別に挨拶に拘るほど礼儀正しい人間ではないが、気分の良いものではない。

「そんな事実は一切無いですから」

「では、あの写真は? あれは友達としてのスキンシップですか?」

「見たでしょ? 俺はあんなに背が低くない。あれは吾紅夜の弟の往人です」

 自然特徴が荒くなる。これって、はたから見たら事実を言われて怒っているように見えてしまうのでは、とちょっと後悔する。

 俺はそれだけ言って、リンクに入る。記者たちは追ってこようとするが、二人の警備員に止められて立ち往生した。

 そのまま歩いていくと、ロビーに吾紅夜の姿を発見した。

「おはよう、吾紅夜」

 見れば、吾紅夜は不安なのか、参った表情でこちらを見ている。

「うん。おはよう、真琴くん」

「あれだな。完全にブラコンが災いしたな」

 俺は微かに笑みを浮べながら言った。

「うん。なんかねー」

「しかし、うぜぇな週刊誌。ホント、週刊誌なんて無くなっちまえば良いのに」

 あんなモノが無ければ、皆、楽しくスケートが出来るのに。

 もちろん、週刊誌がすべて嫌い、というわけじゃない。ジャンプ好きだし。サンデーも好きだし。コンプティークも好きだし(月刊誌だけど)。

 俺はそんな怒りをどこにぶつけて良いか分からず、バックを地面に放り投げた。

「もう後のことは大人に任せようぜ。とりあえず俺今日氷上練習解禁日なんだ」

 本当はコーチが同伴する予定だったのだが、生憎コーチは用事で二日丸々いない。どうしても早く滑りたかった俺は、コーチを何とか説得して、絶対に三十分以上滑らない、無理をしない、という条件付きで、単独氷上練習を許可してもらったのだ。

「あー。そっか。今日だったもんね。もう半年ぶりかな?」

 そう言うと、吾紅夜が立ち上がる。

「もし転んだら私が起き上がらせてあげる」

 そう言って、小悪魔的な笑顔を作る吾紅夜。

 それが、ようやく彼女が見せた、本日一回目の笑みだった。


 ♪


 久しぶりのスケート靴。

 やっぱり、コレをはいてこそ自分なんだという気持ちになる。

 ギュッと靴紐を締めて、歩き出す。ドアを開けてリンク内に入って、リンクのゲート脇に手をかける。

 目の前には氷。

 一歩踏み出せば、足裏に摩擦を失い、慣性の法則によって自分はどこまでも滑り続ける。

 半年ぶりの氷。

 もし、滑れなかったらどうしよう。

 そんな不安が過ぎって最初の一歩が踏み出せない。

「どーしたの? もしかして怖い?」

 先に滑っていた吾紅夜がゲート近くに滑ってきて笑った。

「馬鹿やろう。滑れる嬉しさを噛み締めてんだよ」 

 そう言うと、吾紅夜は全部見透かしたように笑ってから、俺の左手を取った。

「ほら」

 そう言ってすこし手を引っ張られる。

 俺はそれに従って、最初の一歩を踏み出した。

 蘇る感覚。

 僅かに三ミリのブレード、そして大抵はその片面、僅か一ミリに預けるのだ。

 これまでの、そしてこれまでの人生全てを。

 ──全てを預けて、俺は滑り出した。

 気持ち良い。この瞬間摩擦係数はゼロになり、全てを氷上の法則が支配する。

 自然と湧き出てくる笑み。

 しばらく滑り、リンクの中央まで来たところで、ようやくそれに気が付く。

 俺、何時まで吾紅夜に手を引かれて滑ってるんだろう。

「おい、これ、記者が見たら間違いなく誤解するよな」

 俺は手を胸の高さまで上げながら吾紅夜に言った。

「何、手はなしても大丈夫なの? 強がらなくて良いよ? 怖いんでしょ? お姉さんが面倒見てあげるから」

「お前俺より二つも年下だろうが!」

 俺はそう言って無理やり手を振り解いて、一人でに滑り出した。が、それを吾紅夜は追いかけてくる。

「おい、追いかけてくるな」

「えー」

「えーじゃねぇ。マスコミが見たら、バカップルが浜辺で追いかけてるみたいに見えるだろうが」

 スケート選手吾紅夜悠佳、同年代のスケート選手とバカップル! ついでに彼女はCカップ!

 次の日の週刊誌の一面だ。

「なんか今エロいこと考えていたでしょ」

 何故か吾紅夜は全てを見透かしていた。

「お前にエロいとか言われる日が来るとはな。もう感無量だよ」

「いえいえ」

 そんな風にふざけあって、俺の三十分はあっという間に過ぎてしまった。


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