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17

♪


「おまたせー」

 練習を終え、着替え終わった悠佳がポニーテールを揺らしながら小走りに寄ってくる。

 変装のつもりなのか、眼鏡をかけているのが新鮮だ。

 目が悪い、という話は聞いたことが無いので、おそらく伊達だろう。

 うん。眼鏡似合うじゃないか。

 時刻は八時十四分。ということで、お外は真っ暗、天気は快晴。絶好のイルミネーション日和だ。

「行こうか」

「うん」

 スケートリンクから出て、いつも使っているバス停を通り過ぎて、メッセに向かう。

「悠佳」

 意味も無く名前を読んでみる。

「ん? 何?」

「結婚しよう」

「どうしてっ!?」

「むしろ血痕」

「怖いっ!!」

 と、いつものように意味の無い会話を繰り広げてみるが。

 いまいちキレが悪い。

 正直レベルの低い会話をしてしまっている(いつもが高いとは言いがたいが)。

「好きな動物とかある?」

 とりあえず無難な話に持ち込む。

「んー。ラッコかな」

 うん。ここで蛇とかコウモリとか答えられたどうしようかと思ってた。

「そうか。でもコアラも好きだろ? コアラも悠佳が好きだもんな。両思いで良かったじゃないか」

「コアラが好きなのはユーカリだからっ!」

「そのツッコミを待っていた!」

 よし。いつもの調子。

「っていうか、私別にコアラ好きじゃないから」

「破局っ!」

 あのクソデブ記者に、教えてやりたいな。

 吾紅夜悠佳とパンダが破局! 一面トップ記事を飾ってれるぜ。

 しばらく歩いて、街中に入ると、そろそろ人通りが増えてくる。

 今のところ、誰かに気づかれた様子は無いが、もしかしたらそのうち誰かの目に留まってしまうかもしれない。そう思うと、ちょっとスリリングだ。

 というか、俺はスケートファンじゃないと誰だかわからないが、悠佳は日本国民なら誰でも知っている。一般人からしたら、その横の男は誰! って話になるだろう。

「あ、クレープ食べたい」

 と、悠佳がクレープ屋台を指差す。

「良いのか? 試合前に食べたりして」

「大丈夫。私少しくらい太った方が良いくらいだから」

「そう言えば、俺クレープって食べたことが無い」

「えー!」

「タピオカも食べたこと無い」

「それは私も無いけど」

「グレープは食べたことある」

「似てるけど関係ないっ!」

 なんかクレープとかの類って、男一人で食べると負けな気がしてた。

 けど、今日は遠慮する必要は無い!

 と言うことで、俺は苺クリームチョコレート、悠佳は抹茶チョコレートアイス(渋いな)を注文した。

「実は和菓子ファンな私」

 抹茶アイスが和菓子と言えるかは疑問ではある。ようは小豆とかその辺が好きだと言いたいのだろうが。

 なんていうか、予想通りのおいしさだ。むしろ味よりもこのシチュが嬉しい。

 とは言え。さすがに「はい、味見どうぞ。あーん」というおいしい展開は無かった。

 ……さすがにソレは無理があったか。

 ちょっと残念である。

「あー。イルミネーション」

 気が付けば、数十メートル先にライトアップされた並木道があった。

 数十メートルに渡る並木道が、光の粒で埋め尽くされている。まるで天の川のようだが、けれど空に本物の天の川が見れないのはこれのせいなのだと思うと、少し残念な気もする。

 だんだんと光源が近づいてくる。そんな時、おもむろに口を開いた悠佳。

「……私ね。ずっと後悔してる。お母さんが死んだのは私がスケートをしてたからだってことを」

 悠佳の母親は、交通事故で亡くなったらしい。それも、リンクに迎え途中に。

「だから、せめて五輪でメダルを取れば、少しは報われるかなって思ってる」

 これは彼女の独白<モノローグ>。だから俺が口を挟むことはしない。ただ、リスニングに徹するだけ。

「けどさ。金メダル取っても、私後悔し続けると思う」

 気が付けば、悠佳は涙をこぼしていた。

 それを見て、俺はどこか嬉しく思ってしまう。だって、悠佳が目の前で泣いてくれているのだ。決してテレビの前でもコーチの前でも涙を見せない彼女が、今ここで泣いてくれているのだから。

 嬉しくないはずが無かった。

「けどさ。それでも目指すよ。メダル」

「そっか」

 彼女は、涙をぬぐって、それを決意に変える。

「まずは世界選手権。金メダル」

 今年の世界選手権。開催国は──日本。母親の墓石を前に金メダルを取る。それは彼女にとって重要なことなのだろう。

「……見てるよ。俺は」

 俺はそれだけ言って、ポケットからハンカチを取り出す。

 けれど、涙は彼女がぬぐってしまって、拭くものが無いことに気が付く。

 だから俺は、

「チョコレート付いてるよ」

 本当はそんなもの付いていないけれど、嘘をついて彼女の口元を拭った。

 二人で歩いた並木道。それが、今までの人生の中でも一際輝く思い出になったのは言うまでも無いことだろう。

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