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 ♪


 やってしまった。

 ちょっと早めに昼を食べたのがまずかった。

 試合開始まで時間があり、ちょっと昼寝でもしようかと思ったのが運のつき。

 普段はしない昼寝は、思いのほかに長くなってしまい、気が付いたときには、すでに最終グループの演技予定時間を過ぎてしまっていた。

 もう会場に行っても間に合わないので、潔くあきらめて、テレビを付ける。

 いくつかチャンネルを回すと、スケートの速報のニュースがあった。

 どうやら、優勝は智花らしい。

 三回転半と三回転三回転の二つの大技を決め、自己ベストをマーク。そのまま逆転優勝。

 だが、むしろニュースで取り上げられたのは吾紅夜のほうだった。


──五輪の悪夢再び。


 そんな文字が流れている。

 ダイジェストで映された演技。

 彼女は、昨日封印すると言っていた四回転に何故か挑戦。

 結果は失敗。

 そのミスを引きづった、いや、そんなレベルではない。その後、何一つジャンプが決まらず、フリーの順位はなんと十位。

 総合順位は九位だった。

 その後、インタビューすら受けずに会場を去ったらしい。

 そして俺は、自分の携帯が青い光を放っていることに気が付く。

 携帯を開くと、不在着信の文字。

 見れば、メールも入っている。

 どうやら電話がつながらず、メールを入れておいたらしい。

 差出人は往人だった。


「姉ちゃん、家にも帰って部屋に閉じこもっちゃってます」


 それだけ。

 ただの報告だった。

 どうしろ、とは書かれていない。

 けれど、俺のやるべきことなんて一つしかないのは分かっている。

 俺は、携帯をポケットにしまって、すぐさま家を飛び出した。

 

 ♪


 外は小雨だった。

 吾紅夜の家まではバスで行くので濡れたりはしなかったが、それでも気持ちが良いものではなかった。

 着いてチャイムを鳴らすと、すぐに往人が出てくる。

「来てくれたんですね、真琴先輩」

「で、様子は?」

「施錠されてて、ノックしても返事もありません。まさか姉ちゃんに鍵をかけられる日がくるとは」

 聞く話では、往人は、いつも自室の鍵を閉めているらしい。そうしないと、姉がベットに潜り込んで来るのだ。……畜生。さりげなく羨ましいシチュエーションじゃねぇか。

「良いかな? 上がっても」

「どうぞ。俺はコンビニに行ってくるんで」

 そう言って、往人は俺と入れ替わりに家を出て行く。

 さて、マンションまで来たことはあるが、家の中に上がったのはこれが始めて。

 といってもマンションで、迷うことなど無い。

 靴を脱いで数歩行けば『悠佳の部屋』のプレートを発見した。

 ノックして声をかける。

「吾紅夜? 俺だ」

 すると、中から物音がして、声が返ってきた。

「……オレオレ詐欺?」

「ちげぇよ! こんなところで詐欺して何の得があんだよ!」

 思わずツッこむ。

 すると数秒後、カチャ、という音とともに扉が開いた。

 中から吾紅夜が現れる。

 一応、衣装からは着替えているらしいが、急いで帰ってきたためか、全身うっすらと雨で濡れてしまっていた。……それでも、透けるほどではない(残念!)。

 などと、不謹慎な事を考えていると、

「真琴くん」

 そう消えそうな声で名前を呼ばれ──次の瞬間、吾紅夜は倒れこんできた。

 そのまま彼女は顔を俺の胸に付けて、勢いよく泣き出す。

 どうやら、耐えに耐えていたのが、とうとう爆発したらしい。

 俺は、こういう場合、頭とか撫でたり、慰めの言葉をかけたりするのかな、と迷うが、どうも勇気がでなかった。 

 仕方が無いので、俺は黙って片腕だけを背中に回し、泣き崩れる彼女を支えた。

 今日は、これが俺の精一杯。

 

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