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 ♪


『八番。吾紅夜悠佳さん。日本!』

 日本語のコールの後に、英語でも同じ内容が繰り返される。

 本日の表彰台大本命の登場に、会場からは一際大きな歓声が送られている。

 吾紅夜は両手を広げて、観客に挨拶、そしてスタート位置に着く。

 曲目は、カルメン。

 運動会などでよく聞く有名な曲だが、その内容はかなり悲惨なものだ。

 ヒロインのカルメンは悪女で、真面目な男ドン・ホセを誘惑する。

 ドン・ホセは彼女のせいで人生を台無しにして、最終的にドン・ホセがカルメンを刺し殺す。そういう感じのストーリーだ。

 この曲を演じる場合、一般的にはヒロインのカルメン、強く美しい女性を演じるのだが、彼女はそうでは無いという。

 彼女が演じるのは、復讐を果たすドン・ホセ。

 これが何を意味しているのか。そして、彼女にとってのカルメンは誰──否、何なのか。

 ソレを思うと、胸が痛い。

 軽やかな動きから、軽いステップ。そして、少し長めの助走。

 予定では三回転ルッツ+三回転トウループの最難度の技だが──。

 左足の助走、僅かに身体を沈め、右足のトウを氷に突き刺す。

 三回転ルッツ。

 さらに──三回転トウループ!

 会場から今日一番の声援が送られる。

 決めた! 決めて見せた。

 三回転三回転、かつ高難度のルッツ‐トウ。女子選手ではそうそう見ることの出来ないコンビネーションだ。

 次の三回転フリップも難なく決め、そのまま立て続けにスピン、スパイラル、スピン、イナバウアーからの二回転アクセル。

 そしてストレートラインステップで会場を盛り上げ、レイバックスピンでフィニッシュ──。


 ♪


 得点が出たとき、思わず私はガッツポーズを取ってしまった。

 優勝に近づいた。

 正直、ファイナルなんてどうでもよかった。

 いや地元開催の世界選手権出場の内定がかかっているから、どうでもいいことなんてない。

 母の墓石の前で、金メダルを取って、それを捧げられるのであれば、それはせめてもの償いになろう。

 けど、今この瞬間は。そんなことよりも、もっと大事なことがある。

 真琴くんが、なんでもしてくれると言った。

 もし、優勝できたらその時は──。

 考えるだけでドキドキする。

「吾紅夜選手! SP一位ということですが、ご自身でどう演技を振り返りますか」

 記者がマイクをこちらに向けてくる。

「三回転三回転も決まりましたし、自身の最高の演技が出来たのでよかったです」

 当たり障り無い返答。

「ドン・ホセを演じる、と前回おしゃっていましたが、ご自身ではどうでしたか?」

 この質問の主の顔には覚えがある。

 前回、いや、五輪以降なんどもインタビューされている。そして、ついこないだ

私と往人の写真でスキャンダル記事を乗せた週刊誌の記者だ。

 本来なら、口をきいてなんてやりたくないし、むしろ殺してやりたいくらいだ。

 けれど、私はぐっと抑えて笑顔を向ける。

「私の中では演じられたと思っています」

 ちなみに、心中では、お前デブだし臭いんだよ! とその記者を罵っている。

 私は、次のNHKの記者のインタビューに満面の笑みで答える。

 こちらは出来るだけ良い笑みを浮べる。

 別に、これは作り物ではない。私は別にすべてのマスコミや記者が嫌いなわけではない。ただ、あいつみたいな、事実無根の記事を書く週刊誌が嫌いなだけだ。

「では、二位の愛湖原選手にお伺いしますが、今日の出来はそうでしたか?」 

「はい。今日は全体的には良かったのですが、ルッツでは減点されてしまったので、そこは反省したいです」

「難しい技は回避して、確実に来た印象がありましたが?」

「はい。朝から、ルッツとフリップの調子がよくなかったので、今日はそれを回避しました。けれど、明日はその分、大技に挑みたいと思っています」

「その大技は、三回転半、と受け取っても?」

「一応そのつもりです」

 そう答えると、会場から一斉にシャッター音。

 そして、すかさず私にマイクが向けられる。

「では、もう一度吾紅夜選手に聞きたいのですが、明日は四回転をする予定は?」

 無い。

 今シーズンは、四回転は封印。

 それはコーチと話し合いの上で決めたことだ。

 けれど、あのデブ記者に言われて、私のプライドがうづいてしまった。

「一応、今シーズン四回転は封印する予定です」

 と再び勢いの良いシャッター音。

「それは、五輪の失敗を受けてですか?」

「そう受け取ってもらって構いません」

 そう答えたけど。

 心の中では、ある決意が固まっていた。

 決めてやろうじゃないか。

 私を蔑んだ人間に見せ付けてやるんだ。

 明日は、四回転を決めてやる。

 そして、最後には……。

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