騎士レオンの意外な特技
「……レオン様って、本当に騎士様なのですか?」
思わず口にした質問に、目の前の青年がぴたりと動きを止めた。
「……どういう意味だ?」
黒髪に金色の瞳。
整った顔立ちの青年――レオン様は、少し困ったように私を見つめている。
私は、慌てて両手を振った。
「あっ、いえ! 疑っているわけではないんです!」
「……そうか」
「ただ、その……」
私は、机の上に広げられた紙を見つめた。
そこには、細かい文字と数字が並んでいる。
道の幅。
馬車の積載量。
必要な石材の数。
作業に必要な人数。
さらには、雨が降った場合の排水経路まで。
……どうして。
ただの旅の騎士様が、こんなに詳しいのでしょう?
◇ ◇ ◇
事の始まりは、今朝のことだった。
昨日、私たちは村の皆様と力を合わせて、トビアスさんご夫婦の家を修理した。
雨が降っても、もう屋根から水が落ちてこない。
老夫婦はとても喜んでくださり、夕食には温かなスープをご馳走になった。
あの優しい味を思い出すと、今でも少し頬が緩んでしまう。
けれど。
昨日の雨は、別の問題も残していた。
「……お嬢様」
朝食の席で、マリアが困った顔をしていた。
「村の南側の道が、ひどいことになっているそうです」
「……南側の道?」
「はい。昨日の雨で、大きな轍に水が溜まり、荷車が通れなくなったとか」
「……まあ」
私は、思わず眉をひそめた。
それは困る。
ルクシアには、十分な食料も薬もない。
外から物資を運んでもらわなければ、領地の暮らしを立て直すことは難しいだろう。
それなのに、道が使えなければ。
必要なものさえ、届かなくなってしまう。
「……少し、見に行きましょう」
私は椅子から立ち上がった。
すると。
「お嬢様」
マリアが、にっこりと微笑んだ。
「朝食を食べ終えてからです」
「……はい」
私は、大人しく座り直した。
……最近のマリアは、ますます手強くなった気がする。
◇ ◇ ◇
村の南側へ向かうと、すぐに問題の場所が見えてきた。
「……これは」
思わず、言葉を失った。
街道の真ん中に、大きな穴が空いている。
正確には、雨水によって地面が削られ、深い溝になっているのだ。
その周囲には、泥が溜まっていた。
馬車の車輪が通った跡もある。
けれど、途中で引き返したらしく、溝の手前で途切れていた。
「……ひどいでしょう?」
近くにいた村人が、苦笑した。
「昨日、荷車を通そうとしたんですがね。車輪が嵌まっちまいまして」
「……お怪我はありませんでしたか?」
「ええ。幸い、人は無事でした」
私は、ほっと息をついた。
「それは、よかったです」
「ですが、荷物を全部下ろさねえと動かせませんでした」
男性は、疲れたように肩を落とす。
「こんな道ばっかりですよ、この辺りは」
私は、改めて街道を見つめた。
石畳はあちこちで割れている。
地面は抉れ、雨水が溜まる場所も多い。
遠くには、崩れかけた小さな橋まで見えた。
……これでは。
馬車が通れないのも、当然だわ。
「……修復できそうか?」
背後から、レオン様の声がした。
振り返ると、彼はガルド様と並んで立っていた。
「……できる部分もあると思います」
私は、慎重に答えた。
「石畳の亀裂や、ずれた石なら直せます。けれど……」
「……けれど?」
「なくなってしまった石は、作れません」
私は、溝の底を指さした。
「それに、このまま道だけ直しても、次の雨でまた壊れてしまうかもしれません」
すると。
レオン様が、小さく頷いた。
「……そのとおりだ」
「……え?」
「問題は、道の表面だけじゃない」
彼は、溝の脇にしゃがみ込んだ。
そして、土を少し掘り起こす。
「見てくれ」
私は、隣に屈んだ。
「……何でしょう?」
「ここの土は、表面だけ湿っているわけじゃない。下の層まで水を含んでいる」
「……本当ですね」
「そのうえ、道の両側に排水用の溝がない」
レオン様は、街道の先を指さした。
「雨が降るたびに、水が道の中央へ流れ込む。石畳が傷むのは、その結果だ」
「…………」
私は、思わず目を見開いた。
……なるほど。
だから。
修復しても、また壊れる。
「……それなら」
私は、少し考えた。
「道の両側に、水を逃がすための溝を造れば……?」
「ああ。少なくとも、この場所の傷みは減らせるだろう」
レオン様は、穏やかに頷いた。
「ただし、水をどこへ流すかも考えなければならない」
「……そうですね」
「近くの畑へ流せば、今度は畑が水浸しになる」
……あ。
確かに。
私は、少し恥ずかしくなってしまった。
けれど、それ以上に。
感心していた。
……すごい。
レオン様は、道の造りについても詳しいのね。
◇ ◇ ◇
「……なあ、お前」
ガルド様が、レオン様をじっと見つめた。
「本当に、旅の騎士なのか?」
……あ。
私と同じことを考えていらっしゃる。
レオン様は、少しだけ口元を緩めた。
「……一応、そういうことになっている」
「何だ、その曖昧な答えは」
「旅をしていれば、いろいろ覚えるものだ」
ガルド様は、疑わしそうに目を細めた。
「……ふん」
けれど、追及はしなかった。
代わりに、道の先を指さす。
「じゃあ聞くが、この道を直すには、どれくらいの人手がいる?」
レオン様は、少し考えた。
「まず、この場所だけなら、土を掘る者が四人。石材を運ぶ者が二人。石を敷き直す者が二人は欲しい」
「……八人か」
「それに、道を通行止めにする間、荷車を誘導する者も必要だ」
ガルド様が、腕を組んだ。
「……そんなに人を出せるかね」
「無理に一日で終わらせる必要はない」
レオン様は、落ち着いて答える。
「先に水の逃げ道だけ造る。その後、石畳を直せばいい」
「……なるほどな」
ガルド様の表情が、少し変わった。
……あら。
これは、もしかして。
感心していらっしゃる?
私は、思わず微笑んだ。
「……ガルド様」
「何だ?」
「レオン様は、とてもお詳しいですね」
「……ああ」
ガルド様は、渋々といった様子で頷いた。
「剣だけ振ってる男じゃなさそうだ」
すると。
レオン様が、小さく笑った。
「それは褒め言葉として受け取っておこう」
◇ ◇ ◇
その日の午後。
私たちは、古い管理人の屋敷に集まっていた。
机の上には、領地の地図。
……と、呼ぶには少し心許ないものがある。
何十年も前に描かれたらしい、色あせた紙。
ところどころ、文字が読めなくなっていた。
「……これが、ルクシエルの地図ですか?」
私は、思わず首を傾げた。
ガルド様が、苦笑する。
「他には、まともなものが残ってねえんだ」
「……そうなのですね」
地図には、ルクシアを中心に、北へ伸びる道と南へ続く街道が描かれている。
けれど。
今でも通れる道が、どれなのか分からない。
崩れた橋や、使われなくなった道もあるはずだ。
「……困りましたね」
私は、小さく呟いた。
すると。
「なら、まずは通れる道を確認しよう」
レオン様が、地図へ手を伸ばした。
「……え?」
「地図に書かれている道が、今も使えるとは限らない」
彼は、小さな石をいくつか取り出した。
「村から南へ向かう街道。北の集落へ続く道。それから、西の森を抜ける道」
一つずつ、石を置いていく。
「この三つが、今のルクシアにとって重要な経路だろう?」
ガルド様が、少し驚いた顔をした。
「……よく分かったな」
「今朝、村人たちに聞いた」
「……聞いた?」
「ああ。誰が、どの道を、何のために使っているかをな」
私は、思わず目を見開いた。
……そんなことまで。
いつの間に?
「……レオン様」
「何だ?」
「いつ、お調べになったのですか?」
「朝食の前だ」
「……朝食の前!?」
私は、驚いてしまった。
それなら、まだ私が眠っていた時間だ。
「……お休みにならなくて、大丈夫なのですか?」
思わず尋ねると、レオン様が目を瞬かせた。
そして。
「……君に言われるとは思わなかったな」
少しだけ、楽しそうに笑った。
「……もう」
私は、頬が熱くなるのを感じた。
……確かに。
いつもは私が言われる側だ。
けれど。
レオン様だって、無理をしてはいけないのだから。
「……本当に、ご無理はなさらないでくださいね」
私がそう言うと。
レオン様は、一瞬だけ驚いたような顔をした。
それから。
「……ああ」
優しく頷いた。
「ありがとう、エリシア」
◇ ◇ ◇
「……さて」
レオン様が、地図へ視線を戻した。
「問題は、優先順位だ」
「……優先順位?」
「ああ」
彼は、南の街道を指さした。
「この道が通れなければ、物資を運ぶ馬車が村へ入れない」
「……そうですね」
「北の道は、近くの集落の人間が使っている。完全に塞がれば、村同士の行き来が難しくなる」
「……はい」
「そして、西の道は……」
レオン様は、一度言葉を切った。
「今の段階では、急いで直す必要はなさそうだ」
「……どうしてでしょう?」
「西の森を抜けても、現在は使われていない旧街道へ出るだけだ。先にそこを直しても、荷車が通れるようになるわけじゃない」
私は、思わず息を呑んだ。
……そうか。
全部、直せばいいわけではない。
必要な順番が、あるのだ。
「……では」
私は、少し考えた。
「まずは南の街道。それから、北の集落へ続く道ですね」
「ああ」
レオン様が頷いた。
「ただし、南の街道も最初から全部直す必要はない」
「……え?」
「馬車が通れない場所だけを、先に直すんだ」
私は、地図を見つめた。
「……なるほど」
レオン様は、続けた。
「荷車が通れるようになれば、材料を運び込める。そうすれば、残りの道も直しやすくなる」
「…………」
私は、思わず顔を上げた。
……すごい。
この人は。
ただ目の前の壊れたものを見るのではなく。
その先まで、考えている。
道が直れば、荷物が運べる。
荷物が運べれば、家を直すための材料が届く。
材料が届けば、もっと多くの人の暮らしを助けられる。
……そういうことなのね。
「……レオン様」
「何だ?」
「私、少し分かった気がします」
「……何がだ?」
「領地を直すということです」
私は、静かに微笑んだ。
「一つのものを直すだけではなくて……それによって、何ができるようになるかを考えるのですね」
レオン様は、少しだけ目を細めた。
「……そうだな」
「……勉強になります」
私がそう言うと。
彼は、少し困ったように笑った。
「……君は、もう十分に理解していると思うが」
「……え?」
「井戸を直すときも、家を直すときも、君は同じことを考えていただろう?」
「……同じこと?」
「ああ」
レオン様は、静かに続けた。
「井戸が直れば、村人が遠くまで水を汲みに行かなくて済む」
「…………」
「家が直れば、老夫婦が安心して眠れる」
私は、思わず目を見開いた。
「……君は、最初から壊れたものだけを見ていたわけじゃない」
レオン様は、穏やかに微笑んだ。
「その先にいる人たちを、見ていたんだ」
「…………」
私は、何も言えなくなった。
そんなふうに言われたことは、一度もなかった。
王宮では、どれだけ魔道具を直しても。
当然だ。
早くしろ。
次はあれだ。
そんな言葉ばかりだった。
けれど。
レオン様は、私が何を考えていたのかまで、見ていてくださる。
「……ありがとうございます」
私は、小さく頭を下げた。
すると。
「……いや」
レオン様は、少しだけ笑った。
「事実を言っただけだ」
……もう。
そういうところが、ずるいと思う。
私は、そっと頬に手を当てた。
◇ ◇ ◇
「……それで」
マリアが、机の上に別の紙を置いた。
「お嬢様。こちらが、今使える資金の一覧です」
「……ありがとう、マリア」
私は、紙を受け取った。
そこには、細かな数字が並んでいる。
手元にある金貨。
すぐに使える銀貨。
今後、換金できる宝飾品。
そして、すでに使った費用。
……思ったより。
お金が減るのは早いのね。
私は、小さく息を吐いた。
「……街道をすべて直すには、かなりの費用がかかりそうです」
「はい」
マリアは、きっぱりと頷いた。
「王家からの補助もございませんし、無計画に使えば、すぐに資金が尽きてしまいます」
「……そうですね」
私は、少し考えた。
それから。
「では、私が街道を全部修復してしまえば……」
そう言いかけた、その瞬間だった。
「……エリシア」
レオン様の声が、静かに響いた。
「……はい?」
「それは、やめておこう」
「……え?」
私は、思わず目を瞬かせた。
「……ですが、魔法を使えば、費用を抑えられるかもしれません」
「一部は、そうだろう」
レオン様は、ゆっくりと頷いた。
「だが、君一人で街道全体を修復するつもりか?」
「……それは……」
「道の長さは、何十キロもある」
「…………」
「しかも、修復できない部分には、新しい石材が必要だ」
私は、黙り込んだ。
……確かに。
そうだわ。
「それに」
レオン様は、少しだけ表情を真剣にした。
「君は、まだ身体が完全に回復していない」
「……はい」
「昨日も、家の修理で魔力を使っただろう?」
「……そうですね」
「だから、無理はしてほしくない」
その声は、穏やかだった。
けれど。
どこか、強い気持ちが込められているように感じた。
「……でも」
私は、思わず呟いた。
「私がやらなければ、誰が……」
その言葉を口にした瞬間。
自分でも、はっとした。
……あ。
これは。
王宮にいた頃、何度も考えていたことだ。
私がやらなければ。
私が直さなければ。
私が頑張らなければ。
……誰も、助けてくれない。
そう思っていた。
「……エリシア」
レオン様が、静かに私の名前を呼んだ。
私は、顔を上げた。
彼は、まっすぐに私を見つめている。
「領主の仕事は、一人で全部やることではない」
「…………」
「誰に何を任せるか。何を優先するか。それを決めることも、立派な仕事だ」
私は、息を呑んだ。
「……任せる、ですか?」
「ああ」
レオン様は、頷いた。
「君には修復魔法がある。だが、ガルドには村の事情が分かる。マリアには資金を管理する力がある」
彼は、穏やかに続けた。
「石を運ぶ者も、道を掘る者も、馬車を扱う者も必要だ」
「…………」
「君一人ではできないことでも、皆でならできる」
私は、机の上の地図を見つめた。
……皆で。
井戸を直したときも。
家を直したときも。
私一人では、できなかった。
ガルド様がいて。
村の皆様がいて。
レオン様がいて。
マリアがいて。
だから、できた。
「……そうですね」
私は、ゆっくりと頷いた。
「私、また全部自分でやろうとしていました」
レオン様は、少しだけ微笑んだ。
「……気づけたなら、それでいい」
私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
◇ ◇ ◇
「……じゃあ」
それまで黙っていたガルド様が、腕を組んだ。
「具体的には、どうする?」
私は、少し考えた。
……どうするか。
今までなら。
とにかく自分で修復することを考えていただろう。
けれど。
今は、少し違う。
「……まずは」
私は、地図の南側を指さした。
「村の皆様に、街道の危険な場所を調べていただきたいです」
ガルド様が、眉を上げた。
「……危険な場所?」
「はい。今、荷車が通れない場所や、崩れそうな場所を確認したいのです」
「……なるほど」
「それから、マリア」
「はい、お嬢様」
「使える資金を整理して、どのくらいの材料を購入できるか調べてくれる?」
「もちろんでございます」
マリアは、嬉しそうに頷いた。
「そして、レオン様」
「……何だ?」
私は、少しだけ緊張しながら口を開いた。
「もしよろしければ、街道の復旧計画を一緒に考えていただけませんか?」
レオン様が、少しだけ目を見開いた。
「……俺と?」
「はい」
私は、微笑んだ。
「レオン様の知識があれば、とても心強いです」
すると。
彼は、しばらく黙っていた。
それから。
「……喜んで」
優しく、微笑んだ。
「君が望むなら、いくらでも力を貸そう」
その言葉に。
なぜだろう。
胸の奥が、少しだけ高鳴った。
「……ありがとうございます」
私は、そっと頭を下げた。
◇ ◇ ◇
夕方。
私たちは、村の広場へ向かった。
雨上がりの空には、薄い雲が流れている。
修復した井戸の周りには、今日も人が集まっていた。
水を汲む人。
洗い物をする人。
そして、楽しそうに話す子どもたち。
その姿を見ると、自然と笑みが浮かぶ。
「……あっ!」
そのとき。
明るい声が響いた。
「エリシアお姉ちゃん!」
振り返ると、リリィちゃんが駆け寄ってきた。
「……リリィちゃん」
私は、微笑んだ。
「こんにちは」
「こんにちは!」
リリィちゃんは、元気よく挨拶した。
「ねえねえ、お姉ちゃん!」
「なあに?」
「今度は、何を直すの?」
私は、思わず目を瞬かせた。
「……どうして?」
「だって!」
リリィちゃんは、にっこり笑った。
「お姉ちゃんが来てから、井戸も家も直ったんだもん!」
「……ふふ」
私は、少しだけ笑った。
「そうね。今度は、道を直そうと思っているの」
「……道!?」
リリィちゃんの目が、輝いた。
「じゃあ、荷車が通れるようになるの!?」
「……ええ。少しずつだけれど」
「やったあ!」
リリィちゃんは、嬉しそうに飛び跳ねた。
そして。
「じゃあ、あたしも手伝う!」
「……え?」
「石を運んだり、道を掃除したりできるよ!」
私は、少し驚いてしまった。
「……でも、危ない場所もあるから……」
「……そっか」
リリィちゃんは、少しだけ残念そうな顔をした。
けれど。
「じゃあ、安全なところで、お手伝いする!」
すぐに、元気よく言った。
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「……そうね」
私は、優しく頷いた。
「危なくないお仕事があれば、お願いするかもしれません」
「うん!」
リリィちゃんは、満面の笑みで頷いた。
その姿を見て。
私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
……この土地には。
まだまだ、たくさんの力が残っている。
私の魔法だけではない。
村の人たちの知恵。
経験。
そして、未来を信じる気持ち。
そのすべてが。
きっと、この土地を立て直す力になるのだ。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は、小さな屋敷の机に向かっていた。
目の前には、今日作ったばかりの街道復旧計画。
まだ、簡単なものだけれど。
そこには、これからやるべきことが、一つずつ書かれている。
私は、そっと微笑んだ。
「……少しずつ、ですね」
思わず、呟く。
すると。
「……エリシア」
背後から、レオン様の声がした。
「……はい?」
振り返ると、彼は小さなランプを持って立っていた。
「そろそろ、休んだ方がいい」
「……あ」
私は、窓の外を見た。
いつの間にか、空には星が輝いている。
……もう、こんな時間。
「……そうですね」
私は、小さく笑った。
「今日は、ここまでにします」
すると。
レオン様が、少しだけ安心したように微笑んだ。
「……そうか」
私は、机の上の紙をまとめた。
そして。
「……レオン様」
「何だ?」
「今日は、本当にありがとうございました」
「……また礼か」
彼は、少しだけ笑った。
「そんなに気にしなくていい」
「……でも」
私は、静かに続けた。
「私一人では、きっと今日の計画は考えつきませんでした」
レオン様は、しばらく私を見つめていた。
それから。
「……なら」
穏やかな声で言った。
「これからも、一緒に考えよう」
「…………」
私は、思わず息を呑んだ。
……一緒に。
その言葉が。
どうしてこんなにも、嬉しいのだろう。
「……はい」
私は、ゆっくりと頷いた。
「よろしくお願いいたします」
レオン様は、優しく微笑んだ。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は、寝台の中で今日のことを思い返していた。
壊れた街道。
レオン様の知識。
ガルド様の経験。
マリアの管理能力。
そして、リリィちゃんの笑顔。
……本当に。
この土地には、いろいろな人がいる。
それぞれに、できることがある。
私にしかできないこともあるけれど。
私にはできないことも、たくさんある。
けれど。
それで、いいのかもしれない。
「……領主の仕事は、一人で全部やることではない」
私は、小さく呟いた。
レオン様の言葉。
その意味が、少しだけ分かった気がした。
……明日は。
街道の調査を始めよう。
皆様と一緒に。
そう考えて、私は静かに目を閉じた。
けれど。
そのときの私は、まだ気づいていなかった。
この土地を立て直すためには。
道や家を直すだけでは、足りないのだということに。
失われた記録。
途切れた物資の流れ。
そして。
誰も把握していない、領地の本当の姿。
そのすべてが。
これから、私の前に立ちはだかることになるのだ。




