領主様、私たちは本当に住んでいていいんですか?
「……領主様。私たちは、いつまでここに住んでいていいんでしょうか」
その言葉を聞いた瞬間、私は手にしていたカップを止めた。
ルクシエル辺境領に来て、三日目の朝。
十年ぶりに水が戻ったルクシアの広場には、今日も村人たちが集まっていた。
井戸の修復が終わったとはいえ、すぐに以前の暮らしへ戻れるわけではない。
水路の状態を定期的に確かめる必要があるし、井戸の水も飲み水として安全か、しばらく確認しなければならない。
それでも、村の皆様の表情は、初めて会った日より少し明るくなったように思う。
だからこそ。
目の前の女性が、こんなにも不安そうな顔をしていることに、私は驚いていた。
「……いつまで、ですか?」
聞き返すと、女性は肩をびくりと震わせた。
三十歳前後だろうか。
色あせた服を着て、両手には固い胼胝ができている。
その背後には、小さな男の子が隠れていた。
「す、すみません! 変なことを聞いてしまって……!」
「いいえ。そんなことはありません」
私は慌てて首を横に振った。
「どうして、そう思われたのですか?」
女性は、唇を噛んだ。
それから、周囲を気にするように視線を動かした。
「……新しい領主様が来ると、村の人間は追い出されるって……昔から、そう聞いていたので……」
「……追い出される?」
「はい……」
女性の声が、どんどん小さくなっていく。
「この土地は、もう価値がないから……人が住んでいても仕方ないって……」
私は、言葉を失った。
価値がない。
人が住んでいても仕方ない。
そんなことを。
一体、誰が言ったのだろう。
「……あの、奥様」
私は、できるだけ優しく声をかけた。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「……ハンナ、と申します」
「ハンナさんですね」
「は、はい」
「では、ハンナさん。少し、詳しくお話を聞かせていただけませんか?」
すると。
ハンナさんは、困ったように私を見つめた。
「……でも」
「はい?」
「そんなことをお話しして……怒られませんか?」
「…………」
私は、胸の奥がきゅっと痛むのを感じた。
……そうか。
この人は。
自分の暮らしについて質問することさえ、怖いのだ。
「怒ったりしません」
私は、はっきりと答えた。
「むしろ、教えていただきたいのです」
「……本当に?」
「はい」
私は微笑んだ。
「私は、まだこの土地のことをほとんど知りませんから」
すると、ハンナさんの表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
◇ ◇ ◇
「……十七年前のことです」
ハンナさんは、ぽつりと話し始めた。
「王都から、お役人様が来たんです」
私は、静かに耳を傾けた。
「この土地は復興が難しいから、住んでいる人間を別の場所へ移す計画があるって……」
「……移住計画、ですか?」
「はい。でも……」
ハンナさんは、男の子の手を握り直した。
「移住するには、お金が必要だったんです」
……お金?
「移住の費用を、住民が負担するということですか?」
「そう聞きました。新しい土地で暮らすための家も、畑も、自分たちで用意しろって……」
「…………」
「それができないなら、ここに残るしかない。でも、残るなら税金は払えって……」
私は、思わず眉をひそめた。
移住することもできない。
残って暮らすことも難しい。
……そんな。
あまりにも、ひどい。
「……それからも、何度かお役人様が来ました」
ハンナさんは続けた。
「新しい領主が決まれば、この土地の使い方も変わるかもしれないって……」
「……そうなのですね」
「だから、みんな怖いんです」
ハンナさんは、私を見つめた。
その目には、涙が浮かんでいた。
「領主様が、この土地を売ってしまうんじゃないかって」
「…………」
「私たちの家を壊して、別のものを造るんじゃないかって」
男の子が、母親の服をぎゅっと握った。
「……おかあさん」
小さな声。
「ぼくたち、おうちなくなるの?」
その言葉に。
私は、息を呑んだ。
ハンナさんは、慌てて息子を抱きしめる。
「だ、大丈夫よ。きっと……」
けれど。
その声には、自信がなかった。
私は、ゆっくりと膝を折った。
男の子と、目の高さを合わせる。
「……こんにちは」
男の子は、母親の陰からそっと私を見た。
「……こんにちは」
「お名前は?」
「……ノア」
「ノア君ですね」
私は微笑んだ。
「私はエリシアです」
「……りょうしゅさま?」
「ええ。そうですよ」
ノア君は、しばらく私を見つめていた。
そして。
「……ぼく、おうちにいたい」
小さな声で、そう言った。
「……そうなのですね」
「うん……」
「どうして?」
すると、ノア君は少しだけ考えた。
「……おとうさんが、なおしてくれたおうちだから」
「…………」
「やねがこわれたとき、おとうさんが、がんばってなおしたんだよ」
私は、胸が締めつけられるような気持ちになった。
家。
それは、ただの建物ではない。
誰かが暮らし。
誰かが笑い。
大切な思い出を積み重ねてきた場所なのだ。
「……そう」
私は、静かに頷いた。
「大切なお家なのですね」
「……うん」
私は、少しだけ微笑んだ。
「では、そのお家を守るために、私にもできることを考えさせてください」
ノア君が、目を丸くした。
「……ほんと?」
「はい」
私は頷いた。
「ただし、何でもすぐに直せるわけではありません。だから、まずは皆様とお話しするところから始めたいのです」
◇ ◇ ◇
その日の昼。
私は、ガルド様のもとを訪れた。
「……村の集会を開きたい?」
ガルド様は、険しい顔で聞き返した。
「はい」
「何のためだ?」
「皆様が何を不安に思っているのか、きちんと聞きたいのです」
「……不安?」
「はい」
私は、朝の出来事を説明した。
ハンナさんの話。
昔の移住計画。
そして、ノア君の言葉。
それを聞き終えると、ガルド様は深く息を吐いた。
「……ああ」
「ご存じでしたか?」
「知ってるさ」
ガルド様は、苦々しげに言った。
「あのときは、村が本当に消えるかと思った」
「……そうなのですね」
「移住しろと言われても、金がない。残れと言われても、畑が育たねえ」
彼は、拳を握った。
「それでも、ここで生きるしかなかったんだ」
「…………」
「俺たちには、他に行く場所なんざなかった」
その言葉が、胸に重く響いた。
……他に、行く場所がない。
私は、婚約破棄された後。
自分の意思で、この土地を選んだ。
けれど。
ここに住む人たちは、選べなかったのだ。
「……ガルド様」
「何だ?」
「皆様を、集めていただけませんか?」
私は、まっすぐにガルド様を見つめた。
「私の考えを、きちんとお伝えしたいのです」
ガルド様は、しばらく黙っていた。
それから。
「……何を言うつもりだ?」
私は、少しだけ考えた。
そして。
「……まずは」
静かに答えた。
「この土地で暮らすことを、誰にも諦めてほしくないとお伝えしたいです」
◇ ◇ ◇
夕方。
ルクシアの広場には、村人たちが集まっていた。
井戸の周りに並ぶ、大勢の人々。
子どもたち。
お年寄り。
農具を手にした男性たち。
小さな赤ちゃんを抱いた女性もいる。
私は、その光景を見つめながら、少しだけ緊張していた。
……思っていたより、たくさんいらっしゃるわ。
ガルド様によれば、中心集落の住民だけでなく、近くの小さな集落から来た人たちもいるらしい。
皆、何かを待つように私を見つめている。
期待。
不安。
疑い。
そのすべてが、入り混じった視線だった。
「……お嬢様」
隣から、マリアが小さく声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「……ええ」
私は、ゆっくりと頷いた。
「少し緊張しているけれど……」
「当然です」
マリアは、優しく微笑んだ。
「でも、お嬢様なら、きっと大丈夫ですよ」
私は、その言葉に少しだけ勇気をもらった。
すると。
「……エリシア」
レオン様が、静かに声をかけた。
「……はい?」
「無理に、立派なことを言おうとしなくていい」
「……え?」
「君が思っていることを、そのまま伝えればいい」
私は、思わず目を瞬かせた。
……そのまま。
自分が、思っていることを。
王宮では、いつも言葉を選んでいた。
誰かを不快にさせないように。
王太子殿下の機嫌を損ねないように。
自分の意見よりも、相手が望む答えを優先していた。
けれど。
ここでは。
私が、領主なのだ。
「……ありがとうございます」
私は、静かに微笑んだ。
「行ってまいります」
◇ ◇ ◇
「皆様」
私は、広場の中央に立った。
ざわめきが、少しずつ静まっていく。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます」
私は、ゆっくりと頭を下げた。
「改めまして、エリシア・フォン・アルベルトと申します」
村人たちは、黙って私を見つめている。
「このたび、国王陛下よりルクシエル辺境領を拝領いたしました」
その言葉に、何人かの村人が顔を強張らせた。
……やっぱり。
まだ、怖いのだろう。
私は、静かに続けた。
「今日は、皆様にお伝えしたいことがございます」
私は、一度だけ深呼吸した。
そして。
「私は、この土地に暮らす方々を、追い出すつもりはありません」
広場が、静まり返った。
数秒の沈黙。
やがて。
「……本当か?」
誰かが、低い声で尋ねた。
「はい」
私は、はっきりと答えた。
「今、ここで暮らしているという理由だけで、皆様の家や土地を奪うことはいたしません」
「……でも」
年配の男性が、ゆっくりと手を上げた。
「新しい領主が来たら、土地を売るって話が……」
「そのような計画は、ございません」
私は、静かに答えた。
「少なくとも、私が領主である間は、皆様の暮らしを一方的に奪うようなことはしません」
すると。
広場のあちこちで、小さなざわめきが起きた。
「……本当に?」
「信じていいのか?」
「また、口だけじゃないだろうな……」
そんな声が聞こえてくる。
私は、黙って耳を傾けた。
疑われるのは、当然だ。
この人たちは、何度も裏切られてきたのだから。
「……もちろん」
私は、ゆっくりと続けた。
「今すぐ、信じてくださいとは申しません」
村人たちが、少し驚いたように私を見る。
「皆様が、私を信用できないお気持ちは理解できます」
私は、微笑んだ。
「ですから、これからの行動で示していきたいと思っております」
◇ ◇ ◇
「……では」
私は、少しだけ声を張った。
「まず、税についてお話しします」
その瞬間。
広場の空気が、変わった。
村人たちが、互いの顔を見合わせる。
ガルド様も、腕を組んだまま私を見つめていた。
「……税、か」
低い声が聞こえる。
私は、ゆっくりと頷いた。
「はい」
そして。
「当面の間、生活が特に苦しいご家庭への税の徴収を、減免したいと考えております」
その言葉に。
村人たちが、どよめいた。
「……減免?」
「税が、減るのか!?」
「本当なのか!?」
私は、慌てて両手を上げた。
「……あの、少しだけ聞いてください!」
広場が、再び静かになる。
「ただし、すべての税を、無条件でなくすわけではありません」
私は、はっきりと言った。
「領地を維持するには、どうしてもお金が必要です」
村人たちの表情が、少し曇った。
けれど。
私は、続けた。
「壊れた家を直すための材料。水路を整えるための道具。病気になった方を助けるための薬」
私は、一つずつ指を折った。
「それらは、魔法だけでは生み出せません」
「…………」
「ですから、皆様にご負担をお願いしなければならないことも、今後あると思います」
私は、深く頭を下げた。
「けれど、生活できなくなるほどの税を、無理に取り立てることはしたくありません」
静かな沈黙。
それから。
「……おい」
ガルド様が、低い声で言った。
「そんなことを言って……領地の金はどうするつもりだ?」
私は、顔を上げた。
「……ガルド様」
「税を減らせば、当然収入も減る。そうだろ?」
「……はい」
「それで、どうやって村を立て直す?」
その質問は、もっともだった。
私は、ゆっくりと頷いた。
「……正直に申し上げます」
そして。
「今のところ、十分な財源があるとは言えません」
広場が、再びざわついた。
「……え?」
「金がないのか?」
「じゃあ、復興なんて無理じゃ……」
私は、慌てて首を振った。
「私個人の資産は、ある程度ございます」
そして、続けた。
「ただし、そのすべてをすぐに使えるわけではありません」
王都から持ってきた資金。
亡き母が残してくれた宝飾品。
そして、公爵家で積み立ててきた私自身の財産。
合わせれば、金貨千二百枚ほどの価値がある。
けれど。
そのうち、すぐに使える現金は一部だけ。
残りは、換金に時間がかかるものばかりだ。
「ですから、限られたお金を、できるだけ無駄にしないように使いたいのです」
「……無駄にしない?」
「はい」
私は、微笑んだ。
「まずは、水と住まい。それから、食料と医療」
村人たちが、静かに耳を傾ける。
「そのために必要なことから、少しずつ始めたいと思っています」
私は、広場の井戸を見た。
「昨日、井戸を直すことができました」
その言葉に、子どもたちが嬉しそうに笑った。
「けれど、井戸一つで、この土地のすべてが変わるわけではありません」
私は、ゆっくりと続けた。
「これから先、きっと大変なことがたくさんあると思います」
「…………」
「でも」
私は、顔を上げた。
「皆様と一緒に、一つずつ直していきたいのです」
◇ ◇ ◇
「……なあ」
そのとき。
村人の一人が、手を上げた。
痩せた男性だった。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「はい。どうぞ」
「本当に、俺たちの話を聞いてくれるのか?」
「……もちろんです」
「だったら……」
男性は、少しだけ迷ったように口を閉じた。
それから。
「……うちの屋根が、もう限界なんだ」
「……屋根、ですか?」
「ああ」
男性は、俯いた。
「去年の冬から雨漏りがひどくてな。妻も、子どもも、夜中に何度も起きるんだ」
私は、胸が痛くなった。
「……修理をしたくても、木材が足りねえ」
男性は、苦笑した。
「だから……もし、直せるなら……」
私は、静かに頷いた。
「……分かりました」
そして。
「明日、見せていただけませんか?」
男性が、驚いたように顔を上げた。
「……え?」
「屋根の状態を確認したいのです」
私は、微笑んだ。
「材料が足りない場合は、すぐに直せないかもしれません。でも、できることを一緒に考えましょう」
男性は、しばらく何も言わなかった。
それから。
「……ありがとう」
小さく、そう呟いた。
私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
◇ ◇ ◇
集会が終わる頃には、空が夕焼けに染まっていた。
村人たちは、少しずつ広場を離れていく。
けれど、帰る人たちの表情は、最初よりも柔らかくなっていた。
私は、ほっと息を吐いた。
「……終わりましたね」
隣に立っていたマリアが、微笑む。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「……ありがとう」
私は、小さく頷いた。
少し疲れた。
けれど、不思議と気持ちは軽かった。
そのとき。
「……おい」
ガルド様が、近づいてきた。
「……ガルド様?」
私は、顔を上げた。
彼は、相変わらず険しい表情をしている。
「……一つ、聞いていいか?」
「はい」
「お前、本当に……あの王都から来た貴族なのか?」
「……え?」
私は、思わず目を瞬かせた。
「……そうですが」
「……変な奴だな」
ガルド様は、呆れたように言った。
「普通、領主ってのは……もっと偉そうにしてるもんだろ」
「……そうでしょうか?」
「そうだ」
彼は、腕を組んだ。
「それなのに、お前は頭を下げてばっかりだ」
私は、少しだけ笑った。
「……必要なときは、きちんと頭を下げるべきだと思いますから」
「…………」
ガルド様は、しばらく黙っていた。
それから。
「……ふん」
小さく鼻を鳴らした。
「まあ、昨日の井戸の件は……助かった」
私は、思わず目を見開いた。
「……ガルド様?」
「……何だよ」
「今……」
「別に、礼を言ったわけじゃねえ!」
ガルド様は、慌てて顔を背けた。
私は、思わず笑ってしまった。
「……ふふっ」
「……笑うな!」
「すみません」
私は、微笑んだ。
「でも、嬉しかったので」
ガルド様は、何とも言えない顔をした。
そして。
「……明日、あの家を見に行くんだろ?」
「……はい」
「だったら、俺も行く」
「……え?」
「屋根の状態を見てやる。あの家は、放っておくと危ねえ」
私は、胸の奥が温かくなった。
「……ありがとうございます」
「……だから、礼はいいって言ってるだろ!」
そう言って、ガルド様は歩き去っていった。
私は、その背中を見送りながら、そっと微笑んだ。
……少しだけ。
本当に、少しだけ。
この土地の人たちとの距離が、縮まった気がした。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は、小さな屋敷の机に向かっていた。
目の前には、今日の集会で聞いた話を書き留めた紙。
屋根の修理。
食料の不足。
薬の調達。
そして、税の減免。
……やることが、たくさんあるわ。
私は、思わず小さく息を吐いた。
けれど。
不思議と、嫌な気持ちはしなかった。
王宮にいた頃は、仕事を終わらせても、次から次へと新しい仕事が増えていった。
どれだけ頑張っても、終わりが見えなかった。
けれど、今は。
目の前にいる人たちのために。
自分で考えて。
自分で決めて。
少しずつ、前へ進んでいる。
そのことが、嬉しかった。
「……お嬢様」
扉が、静かに開いた。
マリアが、温かいお茶を持って入ってくる。
「そろそろ、お休みになりませんか?」
「……もう、そんな時間?」
「はい。今日は、ずいぶん頑張られましたから」
私は、窓の外を見た。
空には、星が輝いている。
「……そうね」
私は、ゆっくりと立ち上がった。
「今日は、ここまでにしましょう」
すると。
マリアが、嬉しそうに微笑んだ。
「……お嬢様」
「……なあに?」
「最近、少し変わられましたね」
「……そうかしら?」
「はい」
マリアは、優しく頷いた。
「前よりも、ご自分を大切になさるようになりました」
私は、少しだけ考えた。
……そうだろうか。
まだ、仕事をしていないと落ち着かない。
誰かが困っていると、すぐに助けたくなってしまう。
でも。
確かに。
以前より、少しだけ。
休むことを、怖いと思わなくなった気がする。
「……そうね」
私は、小さく微笑んだ。
「少しずつ、変わっていけたらいいわ」
マリアは、嬉しそうに頷いた。
◇ ◇ ◇
寝台に入る前。
私は、もう一度だけ窓の外を眺めた。
遠くに見える、小さな村。
その中心にある、古い井戸。
十年ぶりに水が戻った場所。
そして。
今日、私に尋ねたハンナさんの言葉。
――私たちは、本当に住んでいていいんですか?
私は、そっと目を閉じた。
……もちろんです。
ここは、皆様の暮らす場所なのだから。
私は、誰かの居場所を奪うために、この土地へ来たわけではない。
むしろ。
誰もが、安心して暮らせる場所にしたい。
そう思っている。
「……明日も、頑張りましょう」
私は、小さく呟いた。
けれど。
その後、少しだけ考えて。
「……いえ」
小さく笑った。
「明日も、皆様と一緒に」
そう言い直した。
そして、静かに眠りについた。
――このときの私は、まだ知らなかった。
翌日、訪れることになる小さな家で。
私が、また一つ。
大切なことを学ぶことになるのだということを。




