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第三話 『刀の刃と、闇の中のジト目』


【一】

鳳凰宮の側仕えとなって三日。

凛玲(りんれい)は昼間は「可憐で勤勉な新人女中」を完璧に演じながら、夜になると姉・鈴華(りんか)の死の痕跡を探していた。

姉が遺した日記の切れ端にあった言葉——『鳳凰宮の西にある文庫に、すべてが記されている』。

深夜、月明かりだけが差し込む奥宮の廊下を、凛玲は息を殺して進む。

目指すは、歴代の妃嬪や女官たちの記録が収められた禁裏の書庫だ。

細い針金と独自の知恵を用いて、書庫の鍵をカチリと解錠する。

(よし……! 姉様の名前と、あの日仕えていたお方の記録を……)

忍び込み、棚から古い帳簿を引き抜いたその瞬間——。

「——動くな」

背後から、氷のように冷たい声が響いた。

同時に、首筋にひんやりとした鋼の感触——鋭い刀の刃が突きつけられる。

「深夜の禁裏書庫に忍び込むとは、いい度胸だな。(刺客)か、それとも他国の間者か」

振り返らずとも分かる。

低く引き締まった声、殺気。奥宮の警護を担う近衛侍衛の頭領——源(みなもとの) 臣(おみ)だ。

中宮・温子の弟であり、文武両道、容姿端麗にして冷酷無比と噂される男。

普通の下級女中なら、刀を突きつけられた時点で恐怖で腰を抜かし、泣き叫ぶところだ。

しかし——。

【二】

「……」

凛玲はゆっくりと息を吐くと、首筋の刃を恐れる様子もなく、すっと身体を半転させた。

月光の下に浮かび上がったのは、背の高い美貌の侍衛・源臣の姿。

そして、臣が見下ろしたのは、首に刀を当てられながらも表情ひとつ変えず、冷ややかな「ジト目」で自分をじっと見つめ返してくる少女の顔だった。

「……なんだ、その目は」

臣は思わず眉をひそめた。

怯えも、死への恐怖もない。ただ「邪魔が入って酷く不機嫌です」と言わんばかりの、底意地の悪いジト目。

「源侍衛様。恐れながら、刀をおさげください。首筋が冷えて困ります」

「戯言を言うな。忍び込んだ理由を吐かねば、このまま斬り捨てる」

「理由ならございます。……私は中宮様のお命じにより、明日の儀式で用いる古記録を調べに参ったのです」

「嘘をつけ。中宮様がこのような夜更けに下級女中一人を忍ばせるはずがない」

臣が刃を皮一枚分、押し当てる。

だが、凛玲のジト目は微動だにしない。凛玲はすました顔で、さらりとロジックを叩きつけた。

「嘘か誠か、お確かめになりますか? いまここで私を斬れば、私は『中宮様の極秘の言いつけを果たそうとして殺された不運な女中』となります。明日、中宮様にお聞きになって『そんな命は出していない』と言われれば貴方様のお手柄ですが……万が一『実は私が命じたのだ』と言われたら? 貴方様は中宮様の御意志を握り潰し、忠臣を斬った罪問われることになります」

「……なっ」

「試してみますか? 自分の姉である中宮様を巻き込んで、私と博打をするお覚悟はございますか?」

完璧なハタリ(ブラフ)。

だが、堂々たる態度とロジックに、臣は一瞬息をのんだ。

この可憐な少女が放つ、異様なまでの度胸と知略。

「……貴様、名を何と言う」

「劉 凛玲と申します。鳳凰宮の新人でございます」

臣はゆっくりと刀を引いた。だが、その瞳には凛玲への深い警戒と、隠しきれない興味が宿っていた。

「……劉凛玲。今夜は見逃してやる。だが、二度目はないぞ。貴様の動き、私が常に見張っていると思え」

「ご親切にどうも。では、失礼いたします」

凛玲はすっと可憐なお辞儀をすると、ジト目のまま、さっさと姿を消したのだった。

【三】

翌日。

鳳凰宮の庭園にて。

中宮・温子の傍らに控える凛玲のもとへ、堂々たる足取りで歩み寄ってくる人影があった。

漆黒に金の刺繍が施された高貴な御衣。

威厳に満ちた鋭い眼光と、気品あふれる佇まい。

日華国の頂点に立つ絶対権力者——帝(みかど)・紫苑(しおん)である。

「中宮、息災であったか」

「まあ、主上。ようこそおいでくださいました」

温やかに出迎える中宮の横で、凛玲をはじめとする女中たちは一斉にひれ伏す。

帝・紫苑は中宮と言葉を交わしながらも、その鋭い視線を、足元にひれ伏している小柄な女中——凛玲へと向けた。

(……ほう。臣が言っていた『妙なジト目をする生意気な女中』とは、この娘のことか)

紫苑は冷徹な知性を持つ名君だ。臣から「深夜の書庫で怪しい女中を捉えたが、完璧な屁理屈で逃げられた」という報告を受け、興味を惹かれていたのだ。

紫苑はわざと凛玲の目の前に歩み寄ると、冷ややかな声で問いかけた。

「そこに控える女中。顔を上げよ」

「……はい、主上」

凛玲がゆっくりと顔を上げる。

表向きは可憐でつつましい、大人しい女中の顔。

だが、帝・紫苑と視線が交差した瞬間——凛玲の瞳の奥に一瞬だけ浮かんだ「タヌキとキツネの化かし合い」を告げる冷ややかな光を、紫苑は見逃さなかった。

(……くくっ、なるほど。これは一筋縄ではいかない狐が紛れ込んだようだな)

「お前、名を何と言う?」

「劉 凛玲と申します、主上」

こうして、凛玲と「冷徹な近衛頭領・源臣」、そして「絶対の権力者・帝 紫苑」との、危険でスリリングな関係の歯車が動き始めたのだった。

(第三話・完)


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