↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/5

第二話 『影桜の御衣と、中宮のお声』


【一】

翌日、御針司(おはりつかさ)から提出された「祝いの御衣」は、奥宮(おくみや)の頂点に君臨する第一の妃——中宮・温子(ちゅうぐう・あつこ)のもとへと届けられた。

満開の桜色の絹地に咲き誇る、金銀の鳳凰。

そして光の加減によって、夜空に佇むような美しい陰影を見せる『影桜』の意匠。

「……まあ。なんという美しさでしょう」

中宮・温子は、息をのんで御衣に見入っていた。

温子は慈愛に満ちた品格ある人物だが、数年前に愛する我が子(幼い皇子)を失って以来、どこか寂しげな陰をまとっている。その優美な瞳が、御衣の奥深い美しさに強く惹きつけられていた。

「これほど見事な技法、御針司にもこれほどの逸材がおりましたか」

感嘆する中宮の傍らで、苦々しい顔をしている女がいた。

権勢を誇る豪族出身の側室・麗妃(れいひ)である。

「……ふん、奇をてらっただけの浅はかな技法に見えますわ。第一、このような暗い影を祝物に落とすなど、不吉ではございませんか?」

麗妃は中宮の寵愛や評価を横横取りさせまいと、すかさず難癖をつけた。

部屋の空気が張り詰める。

「不吉、でございますか? ……では、この衣を仕立てた女中を呼び、真意を確かめましょう」

中宮の静かな一声で、御針司から一人の下級女中が呼び出されることとなった。

【二】

中宮の御座所である『鳳凰宮(ほうおうぐう)』の間。

居並ぶ高級女官たちと、優雅に腰かける中宮、そして睨みをつける麗妃。

その中央に、可憐で小柄な少女——劉(りゅう) 凛玲(りんれい)が平伏していた。

「面を上げなさい。あなたが、あの『影桜』を仕立てたという劉女中ですね?」

「はい、中宮様」

凛玲がすっと顔を上げる。

一見すると、華奢で大人しく、今にも震え出しそうな可憐な娘だ。麗妃は鼻で笑い、圧迫するように問い詰めた。

「劉女中と言いましたね。あの影の染め物は、祝いの席に『陰り』をもたらす不吉なもの。どのような意図でそのような不敬を仕かしたのですか? 答えようによってはタダでは済みませんよ」

脅しとも取れる言葉。周囲の女官たちも息をのむ。

だが——凛玲の心に恐怖など微塵もなかった。

(……へえ。中宮様の引き立てを邪魔したくて、そんな言いがかりをつけてくるわけね)

凛玲は伏せかけていた睫毛を上げると、すっと表情を消した。

そして、麗妃に向かって冷ややかで底意地の悪い「ジト目」を向けた。

(……私を舐めるのも大概にしなさいよ、高貴なだけの狐狸め)

その一瞬の「ジト目」の鋭さに、麗妃は思わず「ひっ」と息をのんだ。

だが、凛玲は次の瞬間にはすました顔に戻り、鈴の鳴るような涼やかな声で口を開いた。

【三】

「麗妃様、恐れながら申し上げます。『影』があるからこそ、光はより一層の輝きを放ちます」

凛玲は滞りなく、完璧なロジックを紡ぎ始める。

「太陽が昇れば必ず陰ができるように、この日華国が永遠に栄え続けるためには、光と影の調和が不可欠にございます。あの影桜は、中宮様がもたらす『あたたかな光』が、奥宮の隅々の『影』までをも優しく包み込んでいる様を表現いたしました」

さらに凛玲は、和歌の一説を引用して畳みかける。

「『陰りあるからこそ、花はなお美しく咲く』……。影を恐れるのではなく、影すらも美徳に変える中宮様の深き慈愛。それを形にすることこそ、祝いの御衣に最もふさわしいと考えた次第にございます。これを『不吉』とおっしゃるならば……麗妃様は、中宮様の慈愛の深さを否定なさるおつもりでしょうか?」

「な……っ!? こ、この生意気な口を……!」

麗妃は顔を真っ赤にして絶句した。

「不吉だ」と言いがかりをつけたはずが、凛玲の見事な言い返しによって「中宮の徳を否定した」という逆の立場に追い詰められてしまったのだ。

「……ふふっ」

その時、静寂を破って小さな鈴が転がるような笑い声が響いた。

中宮・温子である。中宮は心底嬉しそうに目を細めていた。

「見事です、劉女中。見た目の可憐さに反して、なんと凛とした芯と、鋭い知略を持った娘でしょう。……気に入りました」

中宮は優しく微笑むと、宣言した。

「劉 凛玲。本日より御針司を離れ、私の身の回りを世話する『鳳凰宮の側仕え』となりなさい。あなたのその目と頭脳を、私の側で発揮してほしいのです」

「……! 謹んで、お受けいたします」

凛玲は深々と頭を下げた。

(やったわ……! これで奥宮の真ん中、中宮様の側近に潜り込めた!)

下げた頭の下で、凛玲の瞳に妖しい光が宿る。

こうして凛玲は、姉の死の真相へ一歩近づくと同時に、奥宮の泥沼の権力闘争へと足を踏み入れるのだった。

(第二話・完)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。