第2章④
「橋戸公園の向かいに農園があることは説明したな?」
「してた気がする」
笹内は歩きながらスマホの地図を確認している。
「その農園を挟んだ反対側に、二階建ての喫茶店がある」
笹内はそう言ってスマホを僕に見せる。
画面には外装を緑色で統一した、二階建てのおしゃれな建物が写っていた。
「俺が公園にいる間、お前はこの喫茶店の二階から公園を見ていてほしい」
「え、じゃあ公園にはいなくていいの?」
「もし相手の目的が単なる告白だったらお前が公園にいるのはまずいし、逆に相手が俺に恨みを抱いているやつだったとしても、お前は別の場所にいた方がいい」
「告白だったら部外者の僕が公園にいるのがまずいのは分かるけど、相手が危ないやつだったら僕も一緒に公園にいた方がいいんじゃないの?」
「いや、万が一相手がこちらに危害を加えてくるような場合、お前は安全な喫茶店から警察に連絡してくれ」
万が一、という前置きがあったとはいえ、警察という単語が出てきたことに僕は身体を少しこわばらせる。
「……分かった。その後は?」
「その後は何もしなくていい」
このそっけない返事に、僕は思わず立ち止まって笹内の顔を見た。
「何もしなくていい?」
「……そうだ」
笹内も僕より何歩か進んだ位置で立ち止まる。
僕の言葉に不満が滲んでいることに気付いていないのか、それとも気が付いたうえで無視しているのか、笹内はこちらに背を向けたまま僕と目を合わせようとしなかった。
「何もしなくていいって言われたって、もし目の前で友達が喧嘩に巻き込まれたら何もしないわけにはいかないじゃないか」
僕が珍しく強い口調で反論すると、笹内もようやくこちらを振り返った。
「警察に通報するほどの事態だったら、お前が来たってどうしようもないだろ」
「……そりゃまあ、僕だって自分が大して役には立つとは思ってないけどさ」
笹内が想定しているような事態を考えて僕も少し言葉に詰まったものの
「でもやっぱり、ただ見ているだけってわけにはいかないよ」
一度深呼吸をしてから、笹内の目を見て最後まで言い切った。
「…………」
僕の結論を聞いた笹内はしばらく迷うように黙っていたが、やがて控えめに同意した。
「……分かった」
「……よかった」
短い言葉で議論を締めくくると、どちらからともなく僕達は再び歩き始めた。
しばらくお互いに何も喋らなかった。
多分、ある種の冷却期間みたいなものだったんだと思う。
時間にすれば一分にも満たなかったかもしれない。
それでも、かなり気分は落ち着いた。
笹内も同じだったようで、すっかり悪い方向へ進んでしまっていた会話を、いくらか明るい方へと引き戻す。
「まあ前にも言った通り、あくまで危険な話の可能性もあるってだけなんだけどな。お前に相談するかどうかも、昼休みまでは迷ってたんだ」
「うん。色々心配したけど、結局ただの告白ってオチかもしれないね」
「ただそうだとしても、こんなに離れた場所へ呼び出すのはやっぱり少しおかしい」
「確かにそれはそうだね」
駅ならばとっくに着いているほどの時間歩いても、まだ公園は見えてこなかった。
「暴力ではないにしろ、何かのトラブルが起きる可能性はある。俺も念のために録音はするが、お前にも証人になってほしい」
「トラブルってどんな?」
「例えば、告白を断ったことを恨まれたりするかもしれない」
「断る前提なんだ……」
まだ相手に会ってもいないのに、既に結論が出ているらしい。
「誰かと付き合うつもりはないって前にも言っただろ」
「うん、まあそれについては今はいいか。でも証人になるなら、やっぱり僕は公園にいないと駄目なんじゃないの?」
「だからイヤホンを使うんだ」
「……なるほど?」
理解できたようなできていないような、曖昧なイントネーションで僕はうなずく。
「俺が相手と公園で話している間、俺とお前のスマホを通話状態にして繋いでおく。お前は喫茶店で周りに聞かれないように、イヤホンを使って会話を聞いててくれ」
「……方法は分かったけど、そういうのって何かの犯罪になったりしないの? 盗聴みたいな感じで」
「会話の当事者一方の同意があれば盗聴にはならない。悪用さえしなければ大丈夫だ」
「悪用って例えば?」
「録音した音声を使って相手を脅迫したりすれば、当然違法行為になる」
「そんなことしないよ」
「だろ。なら問題ない」
スラスラと説明する笹内を見て、僕は空き教室で公園の場所を説明された時のことを思い出した。
「ひょっとして、それもスマホで調べたの?」
「ああ」
「盗聴とかについて解説してる怪しいサイトがあるってこと?」
「そんなんじゃない。ちゃんとした弁護士事務所のサイトだ。パワハラとかセクハラとか、そういう嫌がらせへの対処法として書いてあった」
「なるほど」
今までそういう問題について調べたことはないし、調べる必要性を感じたこともない。
パワハラだとかセクハラだとかは将来社会に出てからの話だとしても、学校でいじめに遭ったような経験も僕にはなかった。
十六年間生きてきてそうした悪意と無縁でいられたのは、考えてみれば結構幸運なことなのかもしれない。
「じゃあとりあえず、こっちが悪者になっちゃう心配はないんだね」
「ない」
「……でもやっぱり、もしただの告白だったら盗み聞きするのは悪い気がするなあ」
告白する側が友達ならともかく、知らない相手が告白するのを陰からこっそりと聞くのは気が進まなかった。
「俺が危険な話じゃないと判断したら、その時点で通話を切る。そうすればお前が会話を最後まで聞くことはないし、喫茶店にいれば相手と顔を合わせることもない」
「ああ、それなら……まあいいかな」
こうして打ち合わせが終わった頃、僕達はようやく目的地に到着した。
笹内から聞いていた通り公園の向かいには苺農園があり、さらにその向こうに並んでいる建物の中の一つに先ほど写真で見た喫茶店もあった。
スマホを取り出すと、現在の時刻は三時四十分。
相手らしい人物の姿はまだ見えなかったが、早めに準備をしておいた方がよさそうだ。
「それじゃあ、僕は今のうちに喫茶店に行っておくよ」
「店に入って公園が見える席に着いたら連絡してくれ」
「分かった……大丈夫だとは思うけど、笹内も一応気を付けてね」
「ああ、そのつもりだ」
僕は公園で笹内と別れ、喫茶店へ向かった。
この後やって来る人物は笹内が気を付けてどうにかなる相手ではなかったと僕が知るのは、もっとずっと後になってからのことだった。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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