第3章①
公園から喫茶店まではすぐだった。
緑色という特徴以外はごく普通の建物で、少し大きめの一戸建てとさほど変わらない。
隠れ家カフェというやつだろうか。
建物の左側には芝生のスペースがあり、その上の石畳がお店の入口へと続いていた。
扉を開けて中へ入ると、冷房のほどよく効いた涼しい空気を肌で感じた。
店内を見て最初に抱いた感想は「木が多いな」ということだった。
床、壁、柱といった内装は、全て木材を活かした薄茶色で統一されている。
それらが白とオレンジの電球に柔らかく照らされて、ゆったりとした雰囲気を醸し出していた。
ひんやりとした空気も相まって、まるで森の中にでもいるような気分になってくる。
「いらっしゃいませ」
店内の空気に当てられていたところへ店員さんから声をかけられ、僕ははっとしてカウンターへ向かう。
カウンター横のガラスケースには様々な種類のケーキが美味しそうに陳列されていたが、今回はアイスの抹茶ラテだけにしておいた。
「ごゆっくりお寛ぎください」
にこやかにそう言ってくれた店員さんにこちらも会釈をして二階へ上がる。
幸いお客さんはまばらで、席はほぼ自由に選ぶことができた。
窓際の席へ行くと、椅子も机も差し込む陽射しで温かくなっていた。
今日は本当にいい天気だ。
こんな状況でさえなければ、僕の気持ちももっと晴れやかだっただろう。
席に座った僕は、早速イヤホンを付けて笹内に電話をかける。
「もしもし、着いたよ」
「俺が今立っている場所は見えるか?」
「うん、見えるよ」
公園との距離は百メートルほどだろうか。
目の前が農園になっているおかげで、視界を遮る物は何もない。
さすがに遠くて人の顔までは見えないけど、あまり近い場所だと逆に僕が相手に見つかってしまう恐れがある。
公園は人の背丈よりも高い茂みに囲まれているからそこに隠れることもできそうだけど、どう考えても喫茶店の方が安全だ。
「段取りは覚えてるか?」
「うん。覚えてるよ」
道中で笹内から説明されたことを頭の中で振り返りつつ僕はうなずく。
「そっちの音が相手に聞こえないように、俺もイヤホンを付ける。あとはこのまま待機だ。手紙の相手らしい人物が見えたら知らせる」
「分かった」
それからはしばらく無言の時間が続いた。
通話が繋がっているのに一切会話がないというのは、とても不思議な感じだった。
状況が状況だけにスマホをいじる気にもなれず、念の為もう一度これまでの話を整理しておくことにした。
まずこれからやって来る相手が危険な人物だった場合、僕は警察に通報したうえで笹内を助けに行かなければならない。
でもこれは万が一。
あくまで万が一だ。
可能性としては、僕が最初言ったように単なる告白で終わる方がずっと高い。
笹内みたいなひねくれた考え方をしなければ、あれは普通にラブレターだ。
というか、そうか。
この予想が当たっているとすると、僕は誰かのラブレターを勝手に読んでしまったことになるのか。
好きな人に読んでもらうために頑張って書いた手紙を他の誰かに見られたら、誰だって恥ずかしいだろう。
しかもこんなふうに同じ学校の生徒が来ない場所まで呼び出すくらいだし、相手はかなり内気で恥ずかしがり屋な人なのかもしれない。
そう思うと今さらになって罪悪感が湧いてきた。
しかし逆にあれがラブレターではないとすると、笹内がこれから危険な目に遭う可能性が高いということになる。
結局どちらの場合でも満足な結果にはならないのか。
と僕が憂鬱になり始めた時、事態は動いた。
「来たぞ」
イヤホンを通して笹内が短く告げた。
僕はそれを聞いて窓の外に顔を向ける。公園の前を通る道の端の方に、うちの学校の制服を着た一つの人影が見えた。
僕は胸を撫で下ろす。ほら見ろ、女の子じゃないか。
さっきも言ったように顔までは見えないけど、腰から下に纏っている制服は紛れもなくスカートだ。
首を覆うような後ろ髪や、腕をあまり動かさない静かな歩き方からは、やはり内気そうな性格が想像できた。
人影はそのまま歩き続け、やがて公園の入り口で笹内と向かい合う。
笹内がこちらを向いて、女の子はこちらに背を向けている状態だ。
「こんにちは」
「どうも」
イヤホンから二人の挨拶が聞こえてくる。
相手は静かだがよく通る声をしていて、僕にもちゃんと聞き取ることができた。
作戦に支障はなさそうだ。
もっとも、相手が女の子だと分かった時点でその作戦はもう必要なさそうなんだけど。
「ごめんなさい、ホームルームがちょっと長引いて。待たせちゃったかな?」
「俺も今来たところです」
「そっか。それならよかった」
相手の女子は辺りを見回すように首を動かす。
「手紙に書いた通り、一人で来てくれたんだね。ありがとう」
「……はい」
「私は笹内くんの名前を知ってるけど、笹内くんは私の名前知ってる?」
「いや、知らないです」
「そうだよね。じゃあまず自己紹介。私、ミヤマスミカって言います」
どういう漢字なのかは分からないけれど、少なくとも僕には聞き覚えのない名前だった。
もちろん同級生全員の名前を覚えているわけではないから、それ自体は不思議でもない。
ただ、笹内が敬語で喋っているのが気になった。相手は上級生なんだろうか。
あれ? でも相手の年が分からない時ってとりあえず敬語で話すものだっけ?
「ミヤマさんは何年生なんですか?」
まるで僕の気持ちが通じたかのように、笹内が同じ疑問を口にした。
「笹内くんと同じ二年生だよ。クラスはA組」
「そうですか」
「うん」
「…………」
「……じゃあ、手紙で書いた話をしてもいいかな?」
「……どうぞ」
ミヤマさんはいよいよ本題を切り出し、笹内もそれに応じる。
「…………笹内くん、お願いがあります。私と…………」
すうっと息を吸い込む音がした後、決意を固めるように一瞬の静寂を置いて、ミヤマさんははっきりとこう告げた。
「私と、友達になってください」
「…………」
「…………」
あまりに普通すぎて、今の状況ではかえって普通ではない台詞だった。
笹内も呆気にとられたらしく、イヤホンからはしばらく誰の声も聞こえてこなかった。
僕も何かの聞き間違いじゃないかと、ミヤマさんの台詞を頭の中で反芻していた。
「……駄目かな?」
返事がなかったので断られたと思ったのか、ミヤマさんはやや不安気に尋ねた。
「……友達になるって、具体的に何をすればいいんですか?」
ようやく我に返ったのか、笹内が「友達」という言葉の定義をミヤマさんに確認する。まあそう返すしかないのだろうけど、傍目から見ると幾分不思議な会話だった。
「まずはみんなが普段同級生としてるみたいに、一緒に話したり遊んだりできる関係になりたいかな」
「他のやつらはともかく、俺は誰とも遊ばないし学校でもほとんど話しませんよ」
「うん、実は私もそうなんだ。教室でも一人でいることが多いし」
笹内のそっけない反応にもめげずに、ミヤマさんは言葉を続ける。
「もしも笹内くんが迷惑だって言うなら、学校では話しかけないようにするから。放課後とか週末に、たまに一緒に出かけてくれるだけでもいいの」
このやり取りを、僕はじれったい気持ちで聞いていた。さっさとOKしちゃえよ。何も付き合うわけじゃなくて、友達になってほしいってだけなんだから。
しかし今度は僕の思いが通じることはなく、笹内の答えは否定的だった。
「俺なんかと一緒に遊んでも、多分楽しくないですよ」
「…………」
「そもそもどうして俺なんですか? 友達が欲しいなら、同じクラスの女子とかの方が共通の話題も見つけやすいと思いますけど」
正論ではあるがやや冷たい笹内のこの質問にミヤマさんはしばらく何も答えなかったが、やがておずおずと口を開いた。
「…………本当は、これはまだ話すつもりじゃなかったんだけど…………」
「……なんですか?」
ミヤマさんの意味深な前置きに、笹内は少し構えるように聞き返した。
「実は私、前にも笹内くんに会ったことがあるんだ」
「…………学校で、って意味ですか?」
「ううん、そうじゃないの。二年前、笹内くんがまだ中学生だった頃に、び」ブツッ
ツー……ツー……ツー……
「……あれ?」
唐突に、電話の音声が途切れた。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
作品を読んだ感想、レビュー、ブクマ、評価などをいただけると大変励みになります。




