第3章②
何かトラブルでも起きたのかと慌てて公園の方へ目を凝らしたが、二人に特に変わった様子はない。
通話の切れた理由が分からずにイヤホンの故障を疑い始めたところで、僕は事前に打ち合わせてあったことを思い出した。
そうだ、笹内が危ない話じゃないと判断したら、その時点で通話を切るって言ってたっけ。
あれこれ心配して対策したけど、終わってみれば平和な話でよかった。
それに告白じゃなくて単に友達になって欲しいという話だったからか、盗み聞きしたことについても思ったほどの罪悪感はなかった。
そんなリラックスした気持ちで身体の向きを店内に戻した瞬間、僕は思わずビクリとしてしまった。
階段の前に立っていた一人のお客さんと目が合ったからだ。
いや、違う。
目が合ったのではない。
あちらが先に僕を見つめていたところへ、振り返った僕の視線が重なったと言った方が正確な表現だろう。
僕のお母さんと同年代くらいであろうその女性は、驚いた顔をしたままこちらから目を離そうとしなかった。
心当たりのない事態に戸惑いつつ、僕は自分の格好を確認する。
ひょっとして、この辺りでうちの学校の制服を見かけるのが珍しかったんだろうか。
そう思って僕が顔を上げると、女性は階段の前から移動して僕と同じ窓際の席に座っていた。
もうこちらには目もくれず、カップを片手に外の風景を眺めている。
一体なんだったんだ、と思いながら僕はぬるくなり始めた抹茶ラテに口をつける。
僕がそれを飲み終わらないうちに、女性は十分足らずで席を立ってお店を出て行った。
まだ入ってきたばかりなのに妙だな、と僕が首を傾げていると、スマホに電話がかかってきた。
笹内からだ。
僕は窓の外を見ながら電話に出た。
「もしもし、笹内?」
公園の入り口に立っているのは笹内だけで、ミヤマさんの姿はもうなかった。
「話は終わったの?」
「…………終わった。今からそっちに行く」
「了解。待ってるよ」
電話を切って、僕は少しワクワクしながら笹内を待った。
笹内とミヤマさんがあの後どんな話をしたのか興味がある。
ここへ来たら詳しく聞いてやろう。
五分ほどで、トレーにアイスコーヒーを載せた笹内が僕の前に現れた。
「おつかれ」
「……確かに疲れたな」
笹内はそう言って僕の向かいに腰を下ろした。
太陽の下でずっと立ち話をしていたせいか、その顔はうっすらと汗ばんでいる。
でも理由は多分それだけじゃない。
「あれこれ心配してたせいで余計に疲れたんじゃないの?」
「……そういうお前は嬉しそうだな」
皮肉っぽい口調で言い返されたが、僕は気にせず続ける。
「まあね。不安が的中して対策が役に立つより、杞憂で終わった方がいいよ。結局友達になってほしいって話だけだったんでしょ」
「……そうだ。それだけだった」
コーヒーを飲んでいた笹内は、グラスから口を離して独り言のように呟いた。
「つまり笹内が心配してたような危険なことは起きなかったし、僕もラブレターを勝手に見たり告白を盗み聞きしたりする嫌なやつにはならずに済んだってわけだね」
「そうなるな」
「実はここでミヤマさんが来るのを待ってる間も、それが一番憂鬱だったんだよね。どっちにしてもいい結果にはならないなって思ってたから」
「そうか」
こっちが何を喋っても笹内は短く相づちを打つだけで、一向に会話が盛り上がらない。
このままではつまらないので、笹内にも何か話してもらおうと先ほどから気になっていた質問をしてみる。
「それで、ミヤマさんとはあの後どんな話をしたの?」
「……別に大した話はしてない」
「大した話じゃないなら聞いてもいいよね?」
「……ここに来るまでは人の話を盗み聞きするのは嫌だって言ってたくせに、今度は随分と積極的だな」
「だってあの時は告白だって前提で話してたし。それにこうやって本人から直接聞くなら盗み聞きにはならないでしょ?」
僕が身を乗り出して促すと、笹内は観念したようにため息をついた。
「ミヤマさんが週末に一緒に出かけてほしいって言ってただろ。その打ち合わせをしてただけだ」
「あれ? じゃあ結局ミヤマさんと一緒に遊びに行くのOKしたんだ」
「ああ」
通話が切れた時点での雰囲気からするとおそらく笹内はミヤマさんの誘いを断ったのだろうと思っていたので、これは嬉しい誤算だった。
「へえ、よかったじゃん! おめでとう」
しかし僕の言葉とは裏腹に、笹内本人の表情はちっともめでたくなさそうだった。
何か重大な問題でも抱えたような難しい顔をしている。
「ひょっとして行くの嫌なの?」
「嫌というわけじゃないが、行ってもお互いに楽しくないと思う」
「じゃあなんで引き受けたのさ」
「……断るのは少し可哀想だったんだ」
笹内は本心からそう言っているらしかった。
「今まで振ってきた女の子達にもそれくらい優しくしてあげればよかったのに」
「…………」
僕の皮肉にも全然反応しない。いつもなら何か言い返してきたりするのに。
想像以上に笹内が真剣に悩んでいる様子なので、僕も茶化すのをやめて励ますことにした。
「まあ一緒に出かけたいって提案してきたのはミヤマさんの方なんだし、笹内がそこまで気負う必要はないんじゃないの? 普通にしてればきっと大丈夫だよ」
「お前女子と二人で出かけた経験あるのか?」
「……ないよ。まだね」
将来への希望を込めて「まだ」と付け足しておいた。その希望がいつ実現するのかは見当もつかないけれど。
「っていうか、笹内の方こそ女の子と出かけたことないでしょ」
「そもそも女子と話すこと自体ほとんどないからな」
「両手で数え切れないくらい告白されてきた人間の台詞じゃないよね」
自分が口にした告白という単語で、僕はふとミヤマさんと話している時の笹内の口調について思い出した。
そういえば、笹内が女子と話しているのを僕が見るのって今回がほとんど初めてだ。他の女の子と話す時もあんな感じなんだろうか。
「ねえ、笹内っていつも女の子に告白される時はどんなふうに喋ってるの?」
「なんだよ急に」
「いや、さっきミヤマさんとは敬語で話してたからさ」
「……最初は上級生だと思ったからな」
「ああ、なるほど……あれ? でも同級生だって分かった後も敬語じゃなかったっけ?」
珍しく僕は核心を突いたらしい。笹内はぐっと言葉に詰まり、僕から目を逸らした。
「……なんとなく敬語の方が話しやすかったんだ」
「なんとなく敬語の方が話しやすい?」
いまいち腑に落ちない答えだ。
さては他に何か本当の理由があるな。そう思って記憶の糸を手繰っていくうちに、やがてミヤマさんが最後に言っていた台詞に行き着いた。
「そういえば、ミヤマさんは前にも笹内と会ったことがあるって言ってたよね?」
「…………ああ」
「もしかしてそれが敬語の理由?」
「そういうわけじゃない。そもそも、俺はそれを聞く前から敬語だっただろ」
「あ、そうか」
結構自信を持って当てに行った予想が外れてガッカリしたが、すぐに気を取り直して会話を続ける。
「でもそれなら、前に会ったことがあるっていうのは本当なんだ?」
「会ったと表現していいのか分からないけどな」
「どういう意味?」
「前に向こうが俺を見かけたことがある、ってだけなんだ。その時に何か話をしたわけでもない」
「それだけ?」
「それだけだ」
コトン、と笹内は空になったグラスをテーブルに置いた。
「なんだ。子供の頃に大切な約束をした女の子との思わぬ再会、みたいなパターンじゃないんだ」
「違う」
「漫画とかアニメだとそういうのが定番なんだけどなあ」
「漫画と現実をごっちゃに……」
そこまで言いかけて笹内は口をつぐむ。
その右手に持ったままのグラスの中で、溶け始めた氷がカランと音をたてて崩れた。
「……どうかした?」
「…………なんでもない。それより、もうここに居る理由もないしそろそろ帰るぞ」
スマホを取り出して確認すると、時刻はちょうど四時半になったところだった。
ここへ来てから一時間も経っていないが、色々と神経を使ったせいかもっと長い時間が過ぎたように感じる。
まだ聞きたいことはいくつかあるけど、どうせここから駅までは三十分くらい歩くのだからその間に話せばいいか。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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