第2章②
『笹内景くんへ。今日の放課後の午後四時、橋戸公園に一人で来てください。大事なお話があります』
「…………」
僕は二回三回と繰り返しその文章を読み直したが、まるでわけが分からなかった。
もちろん、文章の内容そのものが理解できなかった、という意味ではない。
どうしてこんな何の変哲もない手紙で笹内があれほど悩んでいたのか理解できなかった、という意味だ。
「……相談っていうのはこれが理由なの?」
手紙と笹内の顔を交互に見比べながら尋ねると、笹内は無言でうなずいた。
「なんだ、ただのラブレターじゃないか」
ひょっとしたら脅迫のような内容なのかもしれないと身構えていた僕は安心して思わず笑ってしまったが、笹内は真剣な表情を崩さなかった。
「本当にそう見えるか?」
仕方なく僕はもう一度手紙を読み直すが、やはりどこにも変わったところは見当たらない。
「そう見えるかって言われても、僕にはそうとしか見えないけど……」
「そもそも、この手紙は本当に告白が目的だと思うか?」
「どういうこと?」
「好きだとか付き合うだとかいう言葉は一度も出てこないだろ」
「あー……まあね」
言われてみれば確かにそうだ。しかし、それも特別おかしいとは思わなかった。
というか僕は今までラブレターなんてもらったことはないし自分で書こうと思ったこともないから、文面についても何が普通で何が普通じゃないかなんてさっぱり分からない。
強いて違和感を挙げるとすれば、笹内にまだラブレターを書いてくれるなんて珍しい子だなと思ったことくらいだ。
「でも会った時に好きだって伝えるつもりなら、手紙にわざわざ好きだって書く必要はないんじゃないの?」
「だとしても、差出人の名前すら書かれてないのは不自然だろ」
「うーん……告白する前に自分の名前を知られるのが恥ずかしかったとか?」
笹内はしばらく悩んでから僕の仮説を却下した。
「……それはないと思う」
「どうして?」
「これまでも何度か女子に手紙で呼び出されたことはあるが、全員手紙に自分の名前を書いてた」
「なるほどね。僕には真似できない推理方法だ」
世のモテない男子を代表して皮肉混じりに褒めたが、笹内は無視して本題を進める。
「それに呼び出す場所もおかしい。単なる告白なら、わざわざこんな学校から離れた場所に呼び出す理由がない」
「あ、そういえばこの橋戸公園っていうのはどこにあるの?」
手紙がラブレターなのかどうかの議論に熱中していたせいで場所のことをすっかり忘れていたけど、僕には聞き覚えのない名前の公園だ。
「ここから駅とは反対方向に二十分くらい行った所だ。大きな通りからしばらく脇道へ入った場所にある小さな公園で、向かいに苺農園がある」
「あれ? じゃあ笹内は前にも行ったことあるんだ」
「いや、今朝スマホのマップで調べた」
「道理で妙に詳しいと思った……」
笹内も公園に行ったりするんだ、と意外に思っただけに肩透かしを食らう。
しかし同時に朝から抱いていた疑問が解けたことに気が付き、僕は声を上げた。
「あっ、それで今日はスマホなんか見てたのか!」
笹内は答える代わりに、扉を開けて廊下を見た。
それが僕のせいだと自覚するのに数秒かかった。
疑問が解けた喜びで、スマホ使用禁止の校則が頭から吹き飛んでいたからだ。
僕も慌てて廊下の様子をうかがう。幸い、先生の姿はどこにも見当たらなかった。
「……ごめん」
「気を付けてくれ。今日はスマホを没収されると困る」
僕が不注意を詫びると、笹内は小さくため息をついて苦言を呈した。
僕はそれをごまかすように話を元に戻す。
「とにかく、今の時点ではこの手紙を書いた人の名前も目的も分からないってことだね」
「性別と人数もな。何人かの男子が女子のふりをしている可能性もある」
「うん……それにしても考えすぎじゃないかなあ」
「もちろん俺の杞憂で済むならその方がいい。だが警戒はしておいて損はない」
正直ここまで話を聞いても、僕はまだ笹内の危機感に賛成できずにいた。
確かにラブレターにしては少々変わったところのある手紙らしいけど、そこまで心配するほどのことだろうか?
もし受け取ったのが僕なら、何の疑いも持たずに一人で公園に行っていたと思う。
とはいえ僕の方にも、笹内の意見を否定できるだけの根拠があるわけではない。
笹内の性格からして僕の楽観論に賛成するとは思えないので、僕が笹内の悲観論に付き合うことにした。
「じゃあ笹内はやっぱり、この手紙を危ない話だと考えてるんだね」
「あくまでその可能性があるって話だ」
「誰かに恨まれるような心当たりでもあるの?」
「…………」
「……笹内?」
「……俺は人から恨まれやすいように見えるか?」
そう僕に問いかける笹内は珍しく、本当に珍しく、微かに不安そうな顔をしていた。
笹内のそんな表情を見るのは始めてで、僕もなんだかそれ以上追求しづらくなってしまう。
「いや、別に笹内が自分から誰かに喧嘩を売ったりするとは思ってないよ。ただなんて言うか、笹内ってちょっと無愛想なところがあるから柄の悪い人達からは目を付けられやすいのかなって」
「……それはありえるな」
「まあもしそうだとしても、恨まれた責任が笹内にあるわけじゃないんだし」
僕の言葉に納得したのか、気が付けば笹内の顔から不安の色は消えていた。
いつも通りの、愛想のない顔だ。
それを見てホッとしている辺り、僕もすっかり笹内の相手に慣れてしまったということだろうか。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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