第2章①
「今日の放課後空いてるか?」
「わっ」
昼休みの終わり頃、学食から帰ってきて教室の席に座るなり後ろから、しかも耳元でそう尋ねられたので、僕はたった今下ろしたばかりの腰を浮かせて驚いた。
相手が笹内だということは声でちゃんと分かったが、むしろそのせいで驚きはより大きかった。
まさか笹内が学校で話しかけてくるとは。
「何か予定があるのか?」
僕が呆気にとられていると、笹内は周囲には聞こえないくらいの声量で再度確認してきた。
僕もようやく我に返り、声のボリュームを下げて答える。
「あ、ああ、今日ね。今日は駒寺達と帰ろうかなと思ってた」
「悪いが、その予定は別の日に回してもらってもいいか?」
「まあ予定っていうほどでもないから別にいいけど……どうして?」
「少し手伝ってほしいことがある」
そう言う笹内の表情は、いつになく真剣だった。
「ひょっとして何か大事な用事でもあるの?」
「そうなるかもしれない」
「なるかもしれない?」
不明瞭な回答に対し僕が鸚鵡返しをすると、笹内はやや決まりが悪そうに目を伏せる。
「……俺にもまだ確実なことは言えないんだ」
「一応聞くけど、何か悪いことをするわけじゃないよね?」
「ああ、それは心配ない」
今度は笹内もはっきりと答えた。
「分かった。悪いことじゃないなら手伝うよ」
笹内が悪いことじゃないと言うなら多分本当だろう。
この一年間の付き合いで、それくらいの信頼はできていた。
まあ万が一詳しく話を聞いてみてヤバそうだと思ったらその時に止めればいいか、という楽観的な考えもちょっとはあったけど。
「……助かる」
僕が了承の意思を伝えると、張り詰めていた糸が切れたように笹内の身体からふっと力が抜けたように見えた。
「それで、僕は具体的に何を……」
と僕が本題に入ろうとしたところで、五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
教室内での喋り声が次第に少なくなっていき、みんな自分の席に戻り始める。
「詳しいことはまた後で話す」
笹内がそう切り上げたので僕も「分かった」と答えて、ひとまずその場での会話は終わった。
しかし授業が始まった後も、僕は放課後に何があるのか気になって仕方がなかった。
いつもならこんなふうに天気がいい日の午後の授業はもっぱら睡魔との戦いに費やされるのだけど、今日はそれさえできそうにない。
ただでさえお母さんに心配されている僕の授業への集中力はさらに悲惨な状態になっていき、先生の言葉や板書の内容などまるで頭に入ってこなかった。
ただ言い訳をさせてもらうと、笹内の方から学校で話しかけてくるというのはそれくらい珍しいことなのだ。
朝の挨拶をするのも、火曜日の放課後一緒に帰ろうと誘うのも、たまに宿題を忘れたから写させてほしいと頼むのも、声をかけるのはいつも僕の方だ。
その笹内が自分から僕に話しかけてきた。しかも頼みごとがあるという。
笹内の様子がいつもと違うことは、実は僕も朝から気が付いていた。
登校した僕が教室に入ると笹内は自分の席に座ってはいたけれど、その手に持っていたのはトレードマークの小説ではなくスマホだったのだ。
昼休みになって僕が駒寺や江口と学食へ行く時も、笹内は相変わらずスマホの液晶を眺めていた。
何やら難しそうな顔をしていたのを覚えている。
あんなに真剣に、一体何を見ているんだろう?
好奇心が湧かなかったと言えば嘘になる。
でも、僕だって馬鹿じゃない。
初めて話した日のことを思い出し、その教訓を活かして今回はそっとしておくことにした。
だから笹内がスマホで何をしていたのかは分からない。
ネットで何かを調べていたのか、誰かと連絡を取っていたのか、それともまた別の機能を使っていたのか。
いずれにしても、さっき相談してきた放課後の件と関係があるのだろう。
しかしそれより先は全く見当がつかない。
僕に分からないのはともかくとして、大事な用事なのかどうか笹内本人にも分からないというのが引っかかる。
先生に仕事を頼まれたとか女子に呼び出されたとかであれば、わざわざ僕に相談する必要はない。
となると何か物騒な話……例えば怖い上級生に目を付けられたりしたのだろうか。
だけど、それなら先生に相談すればいいはずだ。
そうしないということは、どうやら先生には相談できないような複雑な事情があるらしい。
これは放課後を待ったりせず、次の休み時間に詳しく話を聞いた方がよさそうだ。
そんなことを考えているうちに、五時間目の授業は終わった。
委員長の号令で起立と礼を済ませる。
授業を全く聞いていなくてもお礼を言うのだから学生というのは変な生き物だ。
先生が教室から出て行くのと同時に、僕は後ろを振り返った。
「笹内、さっきの話なんだけど、放課後じゃなくて今のうちに詳しく聞いてもいい?」
「ああ、俺もその方がいいと思ってたところだ」
笹内は席を立って僕に目配せをする。
それが「廊下で話そう」という意味なのだと察して、僕も笹内の後に付いて教室を出た。
結論を言うと目配せの意味は「廊下で話そう」ではなかった。
笹内が話す場所に選んだのは、同じ階の端にある空き教室だった。
鍵がかかっていないので昼休みには使う生徒もいるが、それ以外には人が来ることはほとんどない。
教室移動やトイレに行く生徒でそれなりに通行量のある廊下に比べれば、確かに人に聞かれたくない話をするのに向いている場所と言えた。
空き教室に入ると、僕は早速口を開いた。
「あのさ、さっき言ってた用事っていうのが悪いことじゃないのは信じてるよ。ただもしも危ない話なら先生に……」
「まずこれを読んでくれ」
僕が言い終わるより先に、笹内はポケットから四つ折りにされた一枚の紙を取り出して僕に手渡した。
「……手紙?」
「今朝、俺の靴箱に入ってた」
話の流れからすると、これが今日笹内の様子がいつもと違った原因らしい。
緊張を抑えながら手紙を開くと、そこに綴られていたのはたった二行のシンプルなメッセージだった。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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