第9章⑥
一時間後、一度自宅に戻った僕と澄風さんは学校の最寄り駅で再度合流した。
いつも使っている路線でターミナル駅に着いた後、別の路線に二時間ほど乗り、そしてまた別の駅で乗り換えた。
お祖母さんから教えてもらった駅はこの路線で何駅か行った所にある。
二両しかない列車は僕にとっては新鮮で、地元から随分遠くまで来たのだと実感させられた。
線路は山の間を縫うように通っており、窓から見えるのは深い森ばかりだ。
利用者も少ない路線らしく、車両の中には僕たち以外に乗客はいない。
澄風さんはそれを確認すると口を開いた。
「改めて、ごめんね勇気くん。もう誤解は解けてると思うんだけど、私が友達の定義を勝手にめちゃったせいで、勇気くんには色々と不安な思いをさせたから」
僕と澄風さんの膝には、学校の最寄り駅の駅前にある花屋で買った菊の花束が一つずつ置かれている。
「いや、気にしないでください。勝手に変な勘違いをしてたのは、僕も同じなので。実は、澄風さんが笹内と恋人になりたがってるんだと早とちりしてたんですよ」
「えっ」
澄風さんの着ている私服は、もちろんショッピングモールで買ったものだ。
僕も今日はあの日買った水色のシャツと白のズボンを着てきていた。
「例えばゲームセンターで笹内に景品を取らせようとしたり、この服を買いに行った日のフードコートでも、澄風さんと笹内が向かい同士の席になれるように余計な気を回したりしてたんです」
「……全然気付かなかった。私、そういう恋愛とかまだ考えたことなかったし。友達が何なのかすら分かってなかったから、当然と言えば当然なんだけど」
「……まあ、そうかもしれないですね」
友達とはなんなのか、などという疑問で悩んでいた僕達には、恋愛の話なんてまだ早いのかもしれない。
「でも、結婚についてはちょっと考えたことあるかな」
澄風さんの矛盾した発言に、僕は首をかしげる。
「……小さかった頃の夢とか、ですか?」
「ううん、そんな楽しい話じゃないよ。うつ病になって休学してた頃の話」
ますます意味が分からず困惑する僕に澄風さんは説明する。
「病院で景くんが『エデンの東』を読んでるのを見て私も読むようになった、って話はしたよね。それからしばらく経った頃にお母さんから電話がかかってきて、仲直りしてくれないかって言われたことがあったの。私とお母さんがまた一緒に暮らすようになれば、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも喜ぶからって…………正直、私も迷ったんだ。その頃はまだ気持ちが整理しきれてなかったし。小さい頃からお母さんとの仲は悪くなくて、色々な場所に連れて行ってもらったり一緒に遊んだりした思い出もたくさんあったから。このままお母さんと仲直りしないとこの先もう一生そういう思い出は作れなくなるんだって考えたら、やっぱり少し怖くて」
うつむきがちに喋っていた澄風さんは、そこで吹っ切れたように顔を上げた。
「でも結局、納得できなかったんだよね。たとえ私以外のみんなが幸せになれる道があったとしても、そのために私が理不尽な要求に耐えなきゃいけないのはおかしいと思ったから。『エデンの東』の主人公みたいにお母さんが自分のしたことを反省してくれたなら家族としてやり直せたのかもしれないけど、昨日勇気くんが見た通り、全然そんな様子もなく普通に私に話しかけてきたでしょ。たとえ親でも、そうやって被害者の気持ちを無視する人の言うことは聞かないことにしたの」
澄風さんは穏やかな表情で窓の外を眺める。
「これから先も、生きていれば色々なイベントがあるんだと思う。大学に入ったり、就職をしたり、結婚……はするか分からないけど。きっとみんなはそういう時に楽しいことも辛いことも自分の母親と共有していくんだろうし、それを見る度に私はお母さんのことを思い出すんだと思う。でもそこまで全部納得したうえで、私は私の幸せを守るために、お母さんとは別の人生を歩いて行こうって決めたんだ」
窓の外には森が広がっていて遠くの景色は見えなかったが、澄風さんの視線はそのずっと向こうまで見通しているような気がした。
「だから今回もそうするつもり。あのストーカーについてはお父さんとも相談して、ちゃんと学校と警察に報告するよ。もちろんあの人にも友達や家族はいるだろうし、あの人のやったことを私が報告して停学や退学になればその人達は悲しむんだろうけど、だからって私と景くんが理不尽な思いを我慢しなきゃいけない理由にはならないから」
そう言って澄風さんは僕の方を向いた。
窓から差し込む木漏れ日が、澄風さんの笑顔を照らしている。
「……すごいですね。澄風さんは」
澄風さんがこれまでに経験してきたことを考えて、素直にそう感じた。
「もし僕が澄風さんと同じ立場だったら、そんな前向きな生き方はできないと思います」
澄風さんはゆっくりと首を横に振る。
「それはただ、私に時間があったからだよ。私の方が勇気くんより二年長く生きてて、休学している間も人生について考えることに時間を使えたから、その分考えがまとまってるだけ。私も勇気くんと同じ人間で、まだまだ子供だよ」
澄風さんがそう言い終わるのと同時に、電車は山を抜けた。
光の量が一気に増したことで、僕達は一瞬目をつぶる。
次に目を開けた時、僕と澄風さんは小さな歓声を上げた。
「わ……」
それまで窓の外を埋め尽くしていた森に代わって僕達の目に飛び込んできたのは、どこまでも続く青い海だった。
「綺麗……」
澄風さんの感想の通り、思わず見惚れてしまうほど美しい風景だった。
笹内は小さい頃から、この景色を見ながら育ってきたのか。
そしてお祖父さんとお祖母さんの家に引っ越してくる時も、この景色に別れを告げてきた。
そう思うと、なんだか胸に込み上げてくるものがあった。
車内のアナウンスから、笹内のお祖母さんから聞いた駅名が流れてくる。
いよいよ僕達の目的地。
ここが笹内のふるさとだった。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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