第9章⑤
笹内の本当の行き先を聞いて、僕と澄風さんは再び顔を見合わせる。
「一昨日くらいから少し様子がおかしいとは思っていたんだけど、今朝起きてきた景が突然『お母さんのお墓参りに行ってくる』って言い出してね。もうすぐあの子の……景の母親の命日だから、てっきりそれが理由だと思ったんだけど……」
「……そうだったんですか。ごめんなさい」
「いえ、翠山さんが気に病むことじゃないわ。二人が景のことを心配してくれてるのは、ちゃんと伝わったから。あの子が帰ってきたら、二人から電話があったって伝えておきますね」
そのまま電話を切りそうになるお祖母さんを、澄風さんが引き止める。
「あの、できれば景くんのお母さんのお墓がどこにあるのか教えて頂けませんか?」
「え?」
「笹内くんがそこにいるなら、会いに行って話がしたいんです」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……かなり遠い場所よ?」
「それでも構いません」
「だけど、あなた達は学校もあるだろうし……」
「私も勇気くんも、もう早退してきたので大丈夫です。それにこのまま学校にいても、景くんのことが心配で授業どころじゃないですし」
「…………」
澄風さんの言葉を聞いたお祖母さんはしばらく電話口の向こうで黙っていたが、やがて小さな嗚咽が聞こえ始めた。
「ありがとう…………本当に。まさか、あの子にこんな……こんなにあの子のことを考えてくれる友達がいるなんて、私知らなかったから……」
涙混じりになりながらも、お祖母さんの声には嬉しそうな響きが確かに感じられた。
ああ、この人は笹内のことを本当に大切に思ってるんだな、と僕は自然と頭の下がる思いがした。
お祖母さんはいくらか落ち着きを取り戻してから、笹内のお母さん、つまり自分の娘のお墓がある街の名前を教えてくれた。
「……景はもともと、その街で両親と暮らしてたの。でも、母親を事故で亡くしてからこっちへ引っ越してきたのよ」
その後お祖母さんは、霊園の名前とお墓の詳しい位置まで丁寧に説明してくれた。
「景ちゃんのこと、これからもよろしくお願いしますね」
お祖母さんは、最後にそう伝えて通話を切った。
笹内って、家ではお祖母さんからちゃん付けで呼ばれてるのかな。
そう思うと、何故か少しホッとした。
お祖母さんから教えてもらったお墓の最寄り駅を地図で検索してみると、確かに先ほど言われた通り電車で三時間もかかる場所だった。
「……遠いですね」
「……遠いね」
澄風さんは僕と同じ感想を述べつつ「でも」と付け足した。
「手が届かないほど遠くじゃないよ」
「……そうですね。じゃあ、お互い一旦家に帰ってから駅で待ち合わせしましょうか。交通費も必要ですし」
「うん。あと私服に着替えた方がいいね。学生服で昼間から外を歩いてたら怪しまれるだろうし」
澄風さんに指摘されて僕は自分達の格好に気付く。
確かに、この格好のままでは下手すると補導されかねない。
「でも、私服に着替えただけで大学生に見えますかね?」
「大丈夫じゃないかな。私も本当なら高校を卒業してる歳だけど、制服を着てて怪しまれたことないから」
「……そういえばそうでしたっけ」
澄風さんのあっけらかんとした答えに、僕は思わず苦笑する。
相変わらず、澄風さんはこういうところがある。いい意味で常識に捉われない。
と、その時何かが振動する音がした。
「あ、ごめん。電話だ……もしもし、お父さん?」
電話の相手を聞いて、僕は思わず少し身構えてしまった。
「うん。さっき学校を早退してきたの……ううん、ごめん。本当は具合は悪くないんだ。ただ、どうしても今すぐ会いに行きたい相手がいて…………うん、それは大丈夫。別に昨日のことが原因で体調を崩したわけじゃないから」
澄風さんは穏やかな表情で父親と話していた。
まるで、普通の親子みたいに。
「ううん、一人じゃなくて友達が一緒だし大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。夜までにはちゃんと帰るよ。じゃあね」
通話を終えた澄風さんを、僕は驚きを隠しきれない表情で見つめる。
「勇気くん、どうかした?」
「いや、その……昨日の話だと、お父さんとはもう少しギクシャクした関係なのかなって思ってたので」
「あー……そうだね。確かに、この間まではギクシャクしてたよ。いくら心の病気だったからってお母さんが何の処罰も受けないのはおかしいと思ったし、そういう甘い対応で済ませようとしたお父さんのことも信頼できなかったから。それにお父さんがあの事件についてどう考えてるのかを確かめたくても、小学生の頃から別々に暮らしてたせいでどう話せばいいのか分からなくて。お母さんと別居するようになった後も、寝る時は部屋に鍵をかけるようにしてた」
その点については、僕も昨日話を聞いて気になっていた。
当然一番悪いのは澄風さんの母親だが、父親の対応も親としては薄情なものだと感じた。
「でもこの間ショッピングモールに行った日、帰ってきた私がお父さんにストーカーの一件を報告したら『なんでもっと早く相談してくれなかったんだ』って言われたの。正直もっと迷惑そうな顔されるかと思ってたから、意外な反応で。だからその時、思い切って聞いてみたんだ。どうしてお母さんを警察に連れて行かなかったのって」
澄風さんはスマホの画面に目を落としながら、滔々と話し続ける。
「そうしたらお父さんは私に謝って、理由を説明してくれた。お母さんを警察に連れて行かなかったのは、パトカーやマスコミが家に来たら近所で事件のことが噂になって、この家に住めなくなるから。そうなれば病気の私の面倒を見るどころではなくなってしまうって。感情的には納得しきれないところもあったけど、ちゃんと私のことを考えたうえでの判断だったって分かったのは嬉しかった。それにお父さんの方も、私にストーカーのことを相談できる友達ができたことにすごく喜んでくれたんだ。それでうっかり『澄風にはもうちゃんと友達がいるから過保護になる必要はない』ってお母さんに電話して事情を伝えちゃったりもしたんだけど……でも昨日の夜、お母さんが勇気くん達に迷惑をかけたことについて伝えたら、もう二度とこんなことが起きないように警察に行ってちゃんと話をつけるって約束してくれたの」
いつになく饒舌な口調でそこまで一気に話し終えた澄風さんは、今日の天気に負けないくらい晴れやかな顔をしていた。
「……愛されてるんですね」
「うん、勇気くんもそうでしょ?」
「え?」
「勇気くんだって、お母さんから愛されてるんじゃない? 服を買いに行った時、お母さんが将来のことを考えてアドバイスしてくれたって聞いて私はそう思ったよ」
その時、今度は僕のスマホが振動し始めた。
「……鳴ってるよ?」
澄風さんに促されてスマホを取り出す。
着信はお母さんからだった。
「……もしもし」
「もしもし勇気? 今担任の先生からあんたがまだ登校してきてないって連絡があったんだけど大丈夫なの?」
お母さんの声には切羽詰まった響きがあった。
先生から連絡を受けて、すぐに電話をかけてきたらしい。
「うん、大丈夫だよ」
「……よかった。それで、今はどこにいるのよ」
「今は学校の前にいるよ」
「じゃあ今学校に着いたところなのね?」
「いや、今学校から出てきたところ」
「……分かるように説明しなさい」
電話越しでもお母さんの眉間に皺ができているのが分かった。
「えーと……まず最初に遅刻して、その後は普通に授業を受けるつもりだったんだけど、学校を休んでるクラスメイトがいたから、そいつのお見舞いに行くために早退してきたんだ」
我ながら支離滅裂な説明だった。
「それなら放課後に行けばいいじゃない」
お母さんも至極当然の疑問を返してくる。
「普通ならそうなんだけど、今回は今すぐ会いに行かなきゃダメなんだ」
「……もしかして、昨日あんたの具合が悪そうだったのもそれと関係してるの?」
「……うん。行ってもいいかな?」
お母さんが許可してくれない可能性を考えていなかった僕は、今さらになって焦っていた。
「…………確かに、ただごとじゃないみたいね。普段は自分から動こうとしないあんたが、そこまで自己主張するなんて。分かった。学校の方には、私から欠席するって連絡しておくわ」
こちらが説明していない事情まで見透かしたようなお母さんの言葉にドキリとしつつも、僕は安堵のため息をつく。
「……ありがとう」
「それじゃ、気を付けて行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
毎朝交わしているのに今朝はできなかったやり取りを交わして、僕とお母さんは電話を切った。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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