第7章③
僕達が観た映画の内容を一言で説明するなら、いつか笹内が言っていた通り家族関係についての話だった。
部隊は二十世紀初めのアメリカで、主人公は父親との関係に悩む一人の青年。
父親は農業を営んでいたが、ある日雪崩の影響で農作物の輸送に使っている鉄道が使用不能になったため大きな損失を出してしまう。
父親に認めてもらいたい主人公は、損失を取り戻して父親を助けるために大豆の投資を始める。
やがてアメリカが第一次世界大戦に参戦すると大豆の値段は跳ね上がり、主人公の投資は成功する。
主人公はそれを父親の誕生日にプレゼントするが、自分の近所からも大勢の若者が徴兵されているのを知っていた父親は、戦争を利用して儲けたお金を受け取ることを拒否して逆に主人公を叱る。
父親から拒絶された主人公は自暴自棄になり、兄や母親との家族関係をめちゃくちゃに引き裂いてしまう。
父親はそのショックのあまり脳卒中を起こし、寝たきりの状態となる。
自分が引き起こした事態に主人公は激しく後悔し、生まれ育った街から去ることを決意する。
最後に父親に懺悔しようとベッドの傍へ立った時、父親の容態をまるで気にしていない看護師から無神経な言葉を投げかけられ、主人公は怒って看護師を追い払う。
それを見た父親は主人公を口元に呼び寄せると「最期までお前に側にいてほしい」と囁く。
こうして二人が和解したシーンで、映画は幕を閉じた。
エンドロールが流れ終わるのを見届けてから僕達は席を立った。
テレビやスマホで映画を観た時より、映画館で観た時の方がエンドロールを最後まで見なければいけない気持ちになるのは何故だろう。
シアターを出た後も、僕はしばらく何も言えなかった。
他の友達と映画を観た時は誰からともなく面白かったね、と言い出すのだけど、今回は違った。
と言っても、決してつまらなかったわけではない。
ただ、僕が普段観ているアクション映画やコメディ映画とは面白さの方向性が全く違っていた。
観た後に考えさせられる映画、という表現が一番当てはまるかもしれない。
「私は面白かったけど、二人はどうだった?」
映画館を出ると、澄風さんが僕達に尋ねた。
「ちょっと難しかったけど、面白かったです。今まで観たことないタイプの映画でした」
「原作と同じで、メッセージ性のある作品だったと思います」
僕は感じたままを述べ、笹内は原作既読者らしい感想を述べた。
何度も読み返すくらい好きな原作と同じと評価したということは、笹内も満足しているんだろうか。
「よかった。もっと詳しく感想話し合いたいし、ゆっくり話せる場所に行こうか」
再び澄風さんに案内される形で、僕達は映画館の近くにある喫茶店に入った。
ちょうどさっきの映画館を見た時に僕が想像したような、静かで大人びた雰囲気のお店だ。
注文したコーヒーが運ばれてくるまでの間、僕は店内を観察していた。
席と席の仕切りには棚が使われており、アンティーク風の地球儀や望遠鏡と共に分厚い本が並べられている。
天井でゆっくりと回転する大きな扇風機のような機械も、僕には見慣れない装飾品だった。
「勇気くん、こういうお店は初めて?」
澄風さんが、お店の雰囲気とは対照的に落ち着かない態度で辺りを見回している僕に気付いた。
「初めてではないですけど、ほとんど来たことないです」
「他の友達と映画の感想を話す時はファミレスとかに行くんだっけ?」
「そうですね。ハッピーエンドの映画だと、感想を話し合ってるうちに自然と盛り上がっちゃうので。こういうお店はあまり大きな声では喋れなさそうですし」
「そっか。確かに、今日の映画はあまりハッピーエンドって感じじゃなかったもんね」
雑談をしているうちに、店員さんがコーヒーを運んできた。
僕はミルクも砂糖もたっぷり入れた。
澄風さんはミルクだけ入れた。
笹内はミルクも砂糖も入れなかった。
それぞれの好きな味に整えたコーヒーを飲み始め、僕達は一旦会話を中断する。
しばらく静かな時間が過ぎた。
「でも、バッドエンドでもなかったよね」
カップから口を離して静寂を破った澄風さんの発言に僕は一瞬困惑したが、すぐに映画の話の続きだと気付いた。
「主人公が善意で行動した結果家族がバラバラになって、お父さんが病気で寝たきりになったのはすごく辛いことだけど、最後に主人公がお父さんから愛してるって伝えてもらえたのは、救いのある終わり方だったんじゃないかな。もしもあのまま何も話さずに別れてたら、きっと主人公はお父さんに憎まれてるって思い込んだまま残りの人生を過ごすことになってただろうから」
「……まあ、そうかもしれないですね」
いつもより少し早口になって感想を語る澄風さんからは作品への思い入れの強さが伝わってきたが、先週のフードコートでの時と同じく、僕はまだ自分の意見をまとめられていなかった。
「……景くんは、あの終わり方についてどう思った?」
「……父親と仲直りできたのは確かに救いがありますけど、その過程で失ったものが多すぎるんじゃないでしょうか」
「主人公はどう行動すればよかったと思う?」
「何もしなければよかったと思います」
以前から原作を繰り返し読んでいるだけあって笹内もはっきりした感想を持っていたけれど、その方向性は澄風さんとは真逆だった。
「相手の気持ちを分かった気になって傷付けたり傷付いたりするくらいなら、初めから何もしない方がお互いに幸せですよ」
「……うん、そうだね。私も、主人公はもっとお父さんの気持ちを考えてから行動した方がよかったと思う。相手の気持ちを無視した好意は、かえって迷惑になるだろうし。たとえ家族同士でも、それは同じだよね」
笹内の否定的な感想を受け止めるようにややうつむいた澄風さんは、そのうえで改めて自分の意見を貫いた。
「でも、だからって初めから何もしない方がよかったってことにはならないと思うんだ。自分の気持ちを正直に伝えて、相手の気持もちゃんと理解して、そうやって話し合った上で行動すれば、それが一番よかったんじゃないかな」
「……話しても上手くいかない場合もありますよ」
「…………!」
笹内がなおも食い下がってきたことに、澄風さんはハッとした表情を見せた。
僕も驚いた。
これまでに笹内と澄風さんの意見が分かれた時は、笹内はいつも控えめに反論するだけで、結局毎回澄風さんの意見が通ってきた。
最初に公園で友達になってほしいと頼まれた時も、僕も日曜日一緒に遊びに行くよう澄風さんから提案された時も、ストーカーへの対応を議論した時も、全部そうだ。
「勇気を出して正直に気持ちを伝えても、それがどうやっても相手の希望と両立できない場合は、どうすればいいんですか」
その笹内がここまではっきりと自己主張をするのは、異例のことだった。
笹内の反論を聞いた澄風さんはしばらく黙っていたが、やがて気遣うような、それでいて決してごまかしのない言葉で答えた。
「……その時は、どちらかが引き下がるしかないんだろうね。残念だけど」
「…………話し合いさえすれば問題は全部解決するなんていうのは、やっぱり理想論ですよね」
「……そうだね。話し合うことは大事だけど、それで問題が解決するとは限らないね」
僕はこの時、二人の会話から置いてきぼりになっていた。
それは僕が原作を読んだことがないせいかと言えば、おそらく違う。
笹内の家庭的な事情を考えれば、今目の前で交わされている会話が単なる映画の感想以上のものであることは鈍感な僕でも理解できる。
「勇気くんはどう? 主人公と同じような状況になったら、どうすればいいと思う?」
「僕は……よく分からないです。ああいうふうに親とか友達に拒絶されたら、多分そのまま落ち込んでるだけだと思うので」
澄風さんが笹内にしたのと同じ質問を僕に振ってきた時も、気の利いた受け答えはできなかった。
自分は決して勇気のある方ではなく、シリアスな状況に直面すると何もできなくなるのは先週のストーカーの一件で自覚していた。
「……そっか。うん、その方が普通なのかもしれないね。私も昔はそうだったし」
「澄風さんがですか?」
これまで僕が見てきた澄風さんは、むしろ芯が強くて行動力のある人という印象だったので意外な発言だった。
「私も前に辛い想いをした時期があって、その時は何もする気持ちになれなかったの……でも、あの本がきっかけで少し気持ちを切り替えられたんだ。もう二年くらい前の話だね」
コーヒーの水面を見つめながら僕の質問に答える澄風さんの視線は次第に笹内の方へと移っていき、特に最後の一文は完全に笹内の顔を見て話していた。
こうしてそれぞれの感想を一通り話し終えた後、澄風さんは『エデンの東』についての色々な補足や逸話を教えてくれた。
原作の小説は二世代に渡っての物語で、映画化されたのはその後半部分であること。
作者は歴史の教科書にも名前が載っているほど有名な小説家であること。
そして主演の俳優が、自動車の事故によって二十四歳の若さでこの世を去っていること。
僕はそういった裏話を興味深く聞いていたが、笹内はずっと無表情のままだった。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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