第7章②
そんなことがあったので、翌日の放課後笹内と一緒に帰る時の僕の態度は、若干ぎこちないものになってしまった。
何か話のタネにでもなればいいなと思って聞いた笹内の中学時代のエピソードが、結果として完全に逆効果になっていた。
「ストーカーの件が学校で噂になってなくてよかったね」などと無難な話をしつつ、なるべく間が開かないように僕が次の話題を探していると、笹内の方から話題を変更してきた。
「俺は今、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんと一緒に住んでるんだが」
しかも、かなり予想外の角度からの話題だった。
「お祖母ちゃんが佐倉の電話番号を知りたがってるから、教えてもいいか?」
「えっ……なんで」
「俺が誰かと遊びに行くなんて珍しいから、一言お礼が言いたいらしい」
「いいよそんな、お礼なんて」
「俺も佐倉はそう言うだろうと伝えたんだが、お祖母ちゃんがどうしてもって言うんだ」
「……そっか、まあ僕は別にいいけど」
笹内がお祖母さんとお祖父さんと一緒に暮らしているという話は、これが初耳だった。
僕は笹内の手に貼られた絆創膏を見やる。
「笹内が怪我をして帰ってきたから、その辺の事情についても聞きたいのかもね」
「いや、ストーカーの件についてはお祖母ちゃんとお祖父ちゃんには話してない。この怪我も、どこかで引っ掻いたってことにしてある」
「話さなくていいの?」
「お祖母ちゃんとお祖父ちゃんには、余計な心配をかけたくないんだ。だからお前も、電話で話す時ストーカーの件については黙っておいてほしい」
「……分かった。黙っておくよ」
「……助かる」
家族に心配をかけたくないという笹内の気持ちは僕にも理解できた。
実際僕も、一昨日の夜はストーカーの一件についてお母さんに何も言わなかった。
既に終わった話だと思ったからだ。
しかし、一昨日と現在では状況が変わっている。
もしも睦が笹内の中学時代について話した男子というのがあのストーカーなら、これから先情報を悪用される可能性もある。
だとすれば、この問題はまだ終わっていない。
そのことを笹内に警告しておくべきだとは分かっていたが、そのためには僕が睦から笹内の中学時代について聞いたということも話さなければならなくなる。
「実は昨日、笹内が中学時代に同級生を殴って喧嘩になったって話を聞いたんだけど、その話がもしかしたらこの間のストーカーにも伝わってるかもしれないんだ」とは、流石に言いづらい。
笹内が自分の意思で僕に話したのではなく、僕が勝手に睦から聞いたという後ろめたさもあった。
そしてさらに僕を躊躇させたのは笹内の家庭の事情だ。
母親についての寝言をからかわれて激怒したという事実から睦が推測していたように、笹内と母親との間に過去に何かがあった可能性は高い。
母親との間に起きた何らかの問題、中三の中途半端な時期での転校、そして祖父母との同居という三つの情報は、僕の頭の中で一つの流れとして違和感なく繋がった。
何か深い事情があるのは間違いない。
笹内にストーカーのことを警告したい気持ちと、深刻な話題に踏み込むのを避けたい気持ちで、僕はジレンマに陥った。
いっそのこと笹内が自分の口から家庭の事情を話してくれれば僕としても踏ん切りがついたのだが、幸か不幸か駅に着くまで笹内は家族や中学時代のことについて何も話さなかったし、その結果僕も何も警告することができなかった。
駅に着くと、普段それぞれのホームに分かれる辺りで僕達は立ち止まり向き合った。
「俺が家に着いたらお祖母ちゃんに佐倉の電話番号を伝えるから、多分一時間後くらいにお前に電話がかかってくると思う」
「うん、分かった」
「…………」
会話が終わっても、笹内は僕を無言で見つめたままその場から動こうとしなかった。
「……どうかした?」
「……いや、なんでもない」
「……そっか。じゃあ、また明日ね」
「……ああ」
僕達はいつもと同じように挨拶して別れたが、やはりどこかリズムが噛み合っていないのは否定できなかった。
家に帰ってしばらくすると、笹内の予告通り僕のスマホに知らない番号から電話がかかってきた。
「もしもし。私、笹内景の祖母ですが、佐倉勇気くんの電話であってますか?」
「あ、はい。あってます」
笹内のお祖母さんは孫と同い年の僕に対しても礼儀正しく、物腰の柔らかい人だった。
「よかった。佐倉くんには、ぜひ一言お礼を言いたくて。一昨日の日曜日と、その前の日曜日も景と一緒に遊んでくれたんですよね?」
「はい」
「ありがとう。本当は直接会ってお礼を伝えたかったんだけど、私は足が弱いせいで中々遠くへは行けなくて。ごめんなさいね」
「全然大丈夫なので気にしないでください。一緒に遊ぶくらい、別に大したことでもないですし」
「ええ、普通はそうなんでしょうね。でもあの子は普段、誰かと遊ぶことなんてないから。昔はもう少し友達と遊んだりしてたみたいなんだけど」
「……そうなんですか」
「昔」というのが中三の転校より前の時期を指しているのは、なんとなく察しがついた。
「だからあの子がまたこうして友達と遊ぶようになってくれて、私も夫も佐倉くんにはとても感謝してるのよ」
「いえ、そんな。一昨日も僕だけじゃなくて、他の同級生も一緒でしたよ」
「ええ、翠山さんっていう子も仲良くしてくれてるのは景から聞いてます。ただ『一人だけでもいいからお友達に電話でお礼が言いたい』って私が頼んだら、景は『じゃあ佐倉に確認してみる』って答えてくれたの。だからあの子にとっては、佐倉くんが一番信頼している相手なんだと思うわ」
「…………」
「これからも、景と仲良くしてあげてね。不器用なところもあるけど、決して悪い子じゃないから」
「はい……僕もそうしたいです」
僕がそう答えると、お祖母さんは最後にもう一度お礼を言ってから電話を切った。
通話が終わった後も、僕はしばらくスマホの画面を見つめていた。
「唯一の友達」「一番信頼している相手」
昨日駒寺から言われた言葉も、電話でお祖母さんから言われた言葉も、僕を笹内の一番の友達として肯定的に評価してくれている。
でも僕は、本当にその評価に相応しい関係を笹内と築けているのだろうか?
笹内がお祖母さんやお祖父さんと暮らしていることも、中学時代に弁護士を目指していたことも、僕は今まで全く知らなかったというのに。
普段友達だと思っている相手にも僕のまるで知らない一面があるかもしれないのだと、僕はこの時初めて気付かされた。
頭の片隅にモヤモヤしたものを残したまま、僕は次の日曜日を迎えた。
この日の待ち合わせ場所は先々週と同じターミナル駅だったが、指定された時刻は午後四時というやけに遅いものだった。
僕が到着すると笹内も澄風さんも既に来ており、澄風さんは先週買った服を着ていた。
「今日は映画を観に行くんですよね?」
今回も、事前にメッセージで澄風さんから行き先についての連絡をもらっていた。
「学割があるみたいだから学生証を忘れないでね」という付言もあった。
「うん。前に『いつか三人で映画を観て感想を話し合ってみたい』って言ったことあったでしょ? 今日はそれをやってみようと思って」
「ああ、なるほど。それにしても、ちょっと集合時間が中途半端でしたけど」
「ごめんね。私の観たい映画がこの時間にしか上映してないみたいなんだ」
「じゃあ公開されてから結構時間が経ってる作品なんですか?」
「うん、まあそうとも言えるかな」
何やら意味深な笑みを浮かべると、澄風さんは僕達の先頭に立って歩き始めた。
澄風さんが案内した先は、いつも僕が友達と遊ぶ歓楽街とは駅を挟んで反対側にあるオフィス街だった。
立ち並ぶオフィスビルに混じって、一階だけ外壁が赤レンガ造りになっている変わった外見の建物があった。
てっきり老舗の喫茶店か何かだと思っていたので、そこが今日の行き先だと澄風さんから告げられた僕は驚いた。
「えっ、ここが映画館なんですか?」
「珍しいでしょ? 普通の映画館と違って、古い作品を中心に上映してるんだって。実は今日観るのも、1950年代に作られた映画なんだ」
澄風さんは入口の左側にある窓口へ行き、受付の人に話しかける。
「すみません。『エデンの東』のチケット、三枚ください。三人とも高校生です」
「三枚ですね。では学生証のご提示をお願いします」
僕達がそれぞれ自分の学生証を渡すと、それを見比べた受付の人は一瞬ちらりと澄風さんの顔を見たが、特に何も質問することなく学生証を僕達に返した。
購入したチケットを持って建物の中へ入ると、外側だけではなく内側の様子も普通の映画館とは異なっていた。
ロビーは薄暗くなくむしろ明るいし、あの特有のポップコーンの匂いもしない。
シアターは細長い通路を抜けた先にあり、僕達はスクリーンから程よい距離の席を選んで座る。
やがてブザーの音と共にシアター内が暗くなり、映画が始まった。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
作品を読んだ感想、レビュー、ブクマ、評価などをいただけると大変励みになります。




