第7章①
一夜明けた月曜日の昼休み。いつものように僕は駒寺と江口と学食で昼食をとっていた。
今回は二人から笹内や澄風さんについて聞かれることはなく、僕達の昨日の外出が学校で噂になっている様子もなかった。
あのストーカー以外、同じ学校の生徒には見られずに済んだようだ。
わざわざ遠くのショッピングモールまで出かけた甲斐があったな、と僕が一人満足していると、江口と駒寺が僕の知らない女子に声をかけた。
「お、よう睦」
「あ、江口。それに駒寺も」
「珍しいな、睦が学食に来るなんて」
「いやー、実はあたし今日お弁当忘れちゃってさ」
睦と呼ばれた彼女は、学食の隣の購買で買ったであろうパンをいくつか抱えながら誤魔化すように笑った。
「ならここで一緒に食べるか? 佐倉も別にいいだろ?」
「うん、僕は全然構わないよ」
初対面の相手ではあっても、江口や駒寺と親しいのは知っていたので僕は快諾した。
睦さんは女子バレー部員という肩書から想像していたよりも背が小さく、さらに人懐っこい笑い方のせいか、どちらかと言うと幼い印象を受ける人物だった。
そういえば前に駒寺からバレーのルールについて教えてもらった時にリベロというポジションは背が低い方が向いてると聞いたけど、睦さんはリベロなんだろうか。
江口の隣の席に座った睦さんは、意外にもまず僕に話しかけてきた。
「ねえねえ、佐倉って、ひょっとして笹内の友達の?」
「えっ……そうだけど、僕どこかで睦さんと会ったことあるっけ?」
「いや、これが初めてじゃないかな。でも江口と駒寺から名前は聞いてたから。っていうか、さん付けなんてしなくていいよ。あたしも呼び捨てにしたんだし」
どうやら、初対面の相手とも距離を感じずに話せる性格らしい。
「えーと……じゃあ睦は、笹内のことも二人から聞いて知ってたの?」
「ううん、笹内のことはもっと前から知ってたよ。中学が同じだったから」
「ああ、なるほど」
そういえば、中学が同じだった同級生が一人いるって笹内が前に言ってたっけ。
「ってことは、笹内の中学時代についても色々知ってたりする?」
この思いがけないチャンスに、僕は好奇心を掻き立てられた。
友達の昔話を聞くのは単純に面白そうだったし、ちょうど昨日ショッピングモールで笹内の中学時代が話題に挙がったことも影響していた。
「うーん、あたしもあんまり詳しいわけじゃないよ。笹内って中三の二学期に私の中学に転校してきたから」
「随分変わった時期だね」
と返しつつも、僕には納得している部分もあった。
中学三年生と言えば、笹内がまだ弁護士になろうとしていた頃だ。
高校生になるまでの間に弁護士の夢を諦めたのなら、その辺りの時期に何かあったんじゃないかとうっすら予想はしていた。
「そうなの。しかも教室でも誰とも話さずに一人で過ごしてたから、あたしも卒業するまで一回も話さなかったし」
「やっぱりいつも本読んでた?」
「あ、じゃあ今は本読んでるんだ。中学の時はね、読書じゃなくて勉強してたよ。休み時間もずっと」
「ふーん、中学時代は努力家だったんだね。今の笹内はむしろ気だるげな感じで、努力とか目標って感じじゃないけど」
転校後も熱心に勉強をしていたということは、少なくとも転校そのものは弁護士を目指すのをやめた原因ではないようだ。
「うん。なんていうか、静かだけどギラギラしてる感じだった。それでたまに恨みを買うこともあったみたいだけど」
「恨み?」
「ほら、笹内って勉強もスポーツもできるのに無愛想だから、一部のガラの悪い男子からは『アイツ調子に乗ってる』って目を付けられてたんだよ。一度喧嘩になったこともあったし」
喧嘩という単語に驚く僕を見て、睦は「まあ直接の原因を作ったのは相手の方なんだけど」と付け足した。
「……喧嘩って、何があったの?」
「きっかけは下らないことで、笹内が授業中に居眠りしてただけなんだ。それで先生が注意して起こしたら、笹内が寝惚けて『お母さんごめん』って言ったから、クラスのみんなも笑っちゃって」
「あはは、そりゃドンマイだな」
話を聞いていた江口はそう言って笑ったが、睦の口調は笑い話をする時のそれではなかった。
「そこで終われば確かに単なる笑い話で済んだんだけど、授業が終わった後に仲の悪い男子が笹内をからかい始めたんだよ。『お母さんごめぇーん』とか言って。そしたら、笹内がそいつを殴って喧嘩になっちゃって。笹内の方はあんまり怪我してなかったけど、結局その日は二人とも早退になったんだ」
「……他のクラスメイトも驚いただろうな」
どう反応すればいいのか戸惑うように駒寺が呟く。
僕も動揺していた。
睦が語る中学時代の笹内のエピソードは、今のあいつからは想像できないものだった。
「すぐに噂は広まって、学年中その話題で持ちきりになってさ。私も友達と『笹内ってお母さんと何かあったのかな』とか話したし。次の日から、笹内はクラスの中で腫れ物みたいな扱いになってた……って言っても、元々誰とも喋らなかったからほとんど前と変わらなかったんだけど」
睦はそこで話を一区切りすると、明るい調子に戻って僕の方を見た。
「まあそんなわけでさ、一度も話したことがなくても、個人的にはちょっと笹内を心配する気持ちもあったんだよね。だから今はちゃんと佐倉みたいな友達がいるんだな、って分かって安心したよ」
「……そっか。じゃあ、こうやって佐倉と話す機会があってよかったな」
僕と睦の顔を見比べて江口が笑った。
「笹内の唯一の友達の佐倉は責任重大だな」
駒寺も僕を見て笑い混じりに言ったが、それを聞いた睦は首を傾げた。
「あれ? 笹内って佐倉の他にも友達いるんじゃないの? あたしこの間そいつとも話したよ」
この発言にピンと来なかったのは僕だけではなかったらしく、駒寺は再び僕の顔を見る。
「少なくとも俺は笹内が佐倉以外の生徒と挨拶してるところは見たことないな。佐倉はどうだ?」
「いや……僕も心当たりないかな」
「でも先週、その男子にも笹内の中学時代について聞かれたんだよ。あたしが笹内と同じ中学だったのを女子バレー部の友達から聞いたらしくて。てっきり笹内の友達なんだと思って話しちゃったんだけど……」
「…………」
「……もしかして、あたしまずいことした?」
僕達の反応から察するものがあったのか、睦の表情が次第に曇り始める。
「まだなんとも言えないが、あまり気軽に話すべき情報ではないだろうな」
駒寺は睦にやんわりと釘を刺した。
「……だよね。ごめん、これからは気を付ける」
軽率な行動に気付き反省する睦を見て、僕は自分と重なるものを感じた。
「まあ僕も軽い気持ちで笹内の中学時代について訊いちゃったから、偉そうなことは言えないね。ただ、その男子の名前だけは聞いておきたいんだけど……」
「えーと……なんだっけ。あたしも別に仲が良いわけじゃなくて、その時が初対面だったから……」
「何か見た目の特徴とかはなかった?」
「うーん、特にこれといった特徴は…………どこにでもいる普通の顔だったよ」
何の手掛かりにもならないような情報にもかかわらず、僕の頭には特定の人物の顔がはっきりと思い浮かんだ。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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