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第6章⑧

 結局、僕達がショッピングモールを出たのは閉館時間ぎりぎりだった。


「今日は先週よりも二人に色々手伝ってもらっちゃったね」


 駅に向かって歩いている途中、翠山さんが改めて笹内と僕にお礼を述べた。


「……いえ、僕は全然。ストーカーが逃げ出した時は僕も何かしなきゃいけなかったのに、何もできなくて反省してます」

「佐倉くんがそんなふうに考える必要ないよ。あれは、私の考えが甘かったせいだから」

「でもあの時僕が動けてたら、笹内も怪我しないで済んだんじゃないかって……」

「お前は階段の上にいたんだから、仮に走っても間に合わなかったと思うぞ」

「ね、笹内くんもこう言ってくれてるし」


 二人に励ましてもらって、僕もようやく少し前向きな気持ちになれた。


「それに大事なのは、ああやって困った時にちゃんと誰かに相談できて、相手もそれに応えてくれるっていう関係だと思うから。笹内くんと佐倉くんがそういう相手になってくれて、私はすごく感謝してるよ」


 翠山さんの意見は、この間の帰り道で笹内が言っていた価値観とよく似ていた。

 あの時の僕達の会話を翠山さんが知っているはずはないし、ただの偶然だろうけど。


「きっと、みんなこうやって大変なこととか辛いことを一緒に乗り越えていきながら友達になるんだよね。私の手紙を受け取った時、笹内くんが佐倉くんに相談したみたいに」


 翠山さんは、目的地に向かって歩く自分の足取りを確めるようにうつむいていたが、その顔には隠しきれない喜びが滲んでいた。


 夜の街を背景に普段と違う服を着て歩く翠山さんの姿は、なんだかまるで知らない人のように見えた。


 と、その時翠山さんがおもむろに歩調を緩めて立ち止まった。

 どうしたのかと僕と笹内も立ち止まって振り返ると、翠山さんは顔を上げてこちらを見つめていた。


「……もしよかったら、これからは二人のこと下の名前で呼んでもいいかな?」

「えっ」

「あと、できれば私のことも名前で呼んで欲しいんだ。二人とは、この先もっと仲良くなりたいから」


 前後の会話からは幾分脈絡を欠いた申し出ではあったけど、不思議と唐突とは感じなかった。

 むしろストーカーの一件で何もできなかった僕にとっては、心の底に沈みかけていた自己肯定感を翠山さんの言葉が引き上げてくれたような気さえした。


「はい、もちろん大丈夫です」


 僕は微笑みながらうなずく。


「……分かりました」


 やや遅れて笹内も了承する。


「ありがとう。それじゃあ、改めてよろしくね。景くん。勇気くん」


 僕達の返事を聞いた澄風さんは、今日一番嬉しそうな顔になって僕と笹内に並んだ。






 先週と同じく笹内とはターミナル駅で別れ、澄風さんといつもの路線に乗り換えた。


 澄風さんの服装がおしゃれになったせいか電車の中では普段より多くの視線を感じたが、当の本人は全く気にしていない様子で話しかけてくる。


「だいぶ遅くなっちゃったけど、お互い気に入った服が見つかってよかったね」

「そうですね」

「まあちょっと嫌なこともあったけど」

「……そうですね」


 ちょっと、と表現していいんだろうかあれは。

 今の僕達の会話が耳に入った周りの人達も、まさか「ちょっと嫌なこと」というのが「ストーカーに付け回されて警察沙汰になったこと」だとは思うまい。


「でも、あれがあったから今までよりも二人と仲良くなれたって考えればいいのかな」

「雨降って地固まるってやつですかね?」


 僕も事件のショックからはいい加減立ち直っており、澄風さんの発言に軽い冗談を言って返すくらいの余裕ができていた。


「ふふ、そうかもね。この調子なら、景くんと思ったより早く友達になれそう」

「なれそうっていうか、きっと笹内はもう澄風さんのこと友達だと思ってますよ」


 こうして一緒に遊びに出掛けたり、ストーカーに付きまとわれたことを相談したりできている時点で、僕からすれば十分友達と呼べる関係だった。

 しかし澄風さんは首を横に振る。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、景くんの方はまだ私のことを友達だとは思ってないんじゃないかな。私は勇気くんと違って、まだ景くんから何か大事な相談をされたことがないから」


 どうやら澄風さんにとっては、そこが友達と呼べるかどうかの基準らしい。


「でも相談してほしいなんていうのは私のわがままだし、景くんが誰かに相談しなきゃいけないようなことが起きずに済めば、それが一番いいんだよね」

「そうですね。今日みたいなことが笹内にも起きたら困りますし」


 誰かに相談して助けてもらわなければならない事態なんて、起きない方がいい。

 僕は単純にそう考えて同意し、それ以上深く考えることはなかった。






 僕が家に着いたのは十一時近くになってからだった。


「ただいま」

「おかえり。今日は随分と遅かったのね」

「うん、楽しくてついね」


 ストーカーの件については黙っておいた。

 もう解決した話だし、お母さんに余計な心配をかける必要はないと思った。


「どんな服を買ったのか知りたいし、一度着て見せなさいよ」


 お母さんがそう言ったので、僕は一度自分の部屋へ行き今日買った服に着替えてリビングへ戻った。


「ふーん……」


 お母さんは腕組みしながら僕の格好をじっくりと眺めた後、評価を下した。


「いいじゃない。あんたが自分で選んだの?」

「うん。まあ選んだっていうより、パッと見てこれがいいなって思ったんだ」

「出かける前に何かアドバイスしておくべきだったかと正直心配してたんだけど、あんたにしては悪くないセンスよ」

「実は僕も、お店で試着した時は少し大人っぽくなった気がしたんだよね」

「ま、少し服に着られてる感じもするけどね」


 からかい交じりにそう付け加えると、お母さんはあくびをしながら席を立った。


「それじゃ、私はそろそろ寝るわ。あんたも明日学校なんだから早く寝なさいよ」


「あ、服買った時のお釣りがあるんだけど……」


 と僕は財布からお釣りとレシートを取り出して渡そうとしたが


「いいわ。取っときなさい」


 お母さんはそれを一瞥しただけで、またあくびをして階段を上がっていった。


 ひょっとして、わざわざ僕が帰ってくるまで寝ないで待っていてくれたんだろうか。

 そう思うと、なんだか自然と頬が緩んだ。


 振り返ってみれば、この時の僕は浮かれていた。

 澄風さんと笹内と一緒に困難を乗り越えて下の名前で呼び合うようになり、絆を深められたという達成感に溢れていた。


 絆を深めて悩みを相談しやすくなったということは、僕の嫌いな重々しい雰囲気の話もしやすくなったということであるにも関わらずである。




※第6章は8話編成となっております

 初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。

 物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

 1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。

 作品を読んだ感想、レビュー、ブクマ、評価などをいただけると大変励みになります。

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