第6章④
既に正午を回っていることもあり、ずっと歩き回っていた僕達は広場の一角にあるハンバーガーショップで昼食を取ることにした。
せっかくなので眺めの良いテラス席を選び、それぞれ気になったメニューを注文する。
しばらくして運ばれてきたハンバーガーは、普段僕がチェーン店で食べている物の数倍の厚さだった。
「ペットショップの中だと店員さんの手前言いづらかったんですけど、子犬ってあんなに高い値段するんですね」
慣れないサイズのハンバーガーを圧縮してなんとか口に入るようにしつつ、僕は先ほどのペットショップで抱いた感想を述べる。
「うん、私も知らなかったよ」
「昔観たアメリカの映画で、主人公がクリスマスプレゼントに子犬をもらうシーンがあったんですよ。それでてっきり、少し高めのおもちゃくらいの値段なのかなって思ってました」
「おもちゃと同じ値段で犬が買えたらその方が問題だろ」
笹内から至極真っ当な指摘をされ、僕は苦笑する。
「確かに、そりゃそうだね。生き物なんだし」
「あの飼い主の人達も、犬を自分の子供みたいに大切に思ってるからこそ、ああやって遊びに連れてきてあげてるんだろうね」
先ほどのスペースで走っている犬達を眺めつつ翠山さんがそう言ったので、僕と笹内も同じ方向に目を向ける。
「それにしても、犬って初対面の相手ともあんなふうに仲良くなれるんだね。私はそういうの苦手だから、ちょっと羨ましくなっちゃうよ」
「でも人間も子供の頃はあんな感じじゃないですか? 僕も小学生の頃はお母さんに遠くの大きい公園に連れて行ってもらって、初めて会う子とも普通に遊んでましたよ」
「ふーん……笹内くんも小さい頃はそうだった?」
「……まあ、似たような記憶はあります」
「そっか、じゃあそれが普通なんだね」
納得したように呟く翠山さんを見て、僕は疑問が湧いた。
「翠山さんはそうじゃなかったんですか?」
「私は小学生の頃まで、お母さんが知らない子と遊ぶのは許してくれなかったから」
「……結構厳しい人だったんですね」
「厳しいっていうか、過保護だったんだと思う。特に、男の子とは全然遊ばせてもらえなかったし」
微妙に空気が重くなったのを感じ、そういうのが苦手な僕は軽く冗談を言ってみる。
「じゃあ、こうやって僕達と遊ぶのも怒られたりしませんかね?」
「うん、今はもう私が自分で遊ぶ相手を決められるようになったから大丈夫だよ」
翠山さんは僕の冗談にわずかに口元を緩めると、再び犬達が走っている方へ顔を向け、しばらく無言でその風景を眺めていた。
昼食が終わった後も、僕達は午前中と同じ調子で面白そうなお店があれば気軽に入ってみた。
もちろん、洋服についても忘れていたわけではない。
翠山さんが話していた通り外からもお店の内側が見えるので、取り扱っている服の傾向も把握しやすかった。
壁や天井が黒っぽいお店はシックでカッコいい系、店内のあちこちに観葉植物が飾ってあるお店はソフトなナチュラル系、といった具合だ。
結局数あるお店の中から、僕は水色のリネンシャツと白いスラックスパンツというやつを購入した。
特に悩んで決めたわけではなく、店頭のマネキンが着ていたその服がふと目に留まったからという直感的な理由だった。
買う前に一度試着してみると、鏡に写った自分の姿はいつもより少しだけ大人っぽく見えた。
一方、翠山さんは時間をかけてじっくりと選んでいた。
足を踏み入れたお店の数はさほど多くなかったが、それは決して翠山さんが買い物に消極的だったという意味ではない。
むしろ僕よりもよほど熱心にお店の中を探索していたし、たまに周囲をキョロキョロと見回すこともあった。
試着室には入らなかったものの、気になった服があれば積極的に手に取り鏡の前で身体に当てて似合うかどうか確認していた。
分からないことや詳しく知りたいことがある時には躊躇わず店員さんに質問し、説明を聞いている間も時々スマホでメモを取る姿からは、真面目で努力家な性格が伝わってきた。
僕はあまり真面目でも努力家でもないので、よく分からないファッション用語が出てくると諦めて聞き流していた。
そんなことを繰り返しながら広い館内を歩き回り、日暮れも近くなってきた頃、僕達はようやく全てのフロアを一周し終わった。
最上階である五階の一番奥には一件のシーフードレストランがあった。
メニューのサンプルと一緒に、スーツを着たマネキンや小道具が店頭のガラスケースに飾られている変わったお店だ。
そのレストランを見つけると、翠山さんは嬉しそうな声を上げた。
「あ、このレストランって有名な映画がモデルになってるんだよ。二人は知ってる?」
「タイトルは知ってるけど、観たことはないです」
「私もこの間初めて観たんだけど、すごく面白かったよ。主人公が優しくて純粋な人だと、悩んだり迷ったりするシーンとかも感情移入しやすいよね」
「……そうですね。俺もそういう作品の方が好きです」
翠山さんと笹内がレストランの前のガラスケースを見ながら映画の話をしている間、僕は一言も喋らなかった。
それが二人の話を聞くことに集中していたせいかと言えば、そういうわけではない。
僕が気を取られていたのは、レストランの真向かいにある施設だった。
入り口から少し進んだ所には実物大かと思うほどの巨大な飛行機の模型が置かれており、僕はその光景に強烈な既視感を覚えていた。
「佐倉くん?」
翠山さんが、一人だけ違う方向を見つめている僕に気付き声をかけてきた。
「あっ……すみません」
「どうかしたの?」
「いや……僕もしかしたら、前にもここに来たことあるかもしれません」
※第6章は8話編成となっております
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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