第6章③
翌日の日曜日は午前中に家を出た。
ショッピングモールでの買い物なら長時間歩き回るだろうと思ったので、朝ごはんはしっかり食べた。
先週と同じターミナル駅で笹内と翠山さんと合流した後、僕達はさらに違う路線に乗り換える。
「翠山さんって、ファッションには結構こだわる方なんですか?」
三人並んで座った電車の席で僕は翠山さんに尋ねた。
「ううん、むしろ全然詳しくないからこれから勉強するつもりだけど、どうして?」
「洋服店だったらさっきの駅にもたくさんあるのにわざわざこうして離れたショッピングモールへ行くってことは、そこにお気に入りのお店でもあるのかなって」
僕の推理を聞いた翠山さんは笑って首を横に振った。
「そういうわけじゃないよ、私も今日初めて行く所だし。ただ街中のお店って入ってみるまで具体的にどんな服が売ってるか分からないから、少し入りづらくて。でもショッピングモールなら外からでもお店の中が見えるでしょ?」
なるほど、と僕はうなずく。
確かにお店の中の様子を確認できるのとできないのとでは、入店する時の心理的なハードルが結構違う気がする。
服を買うのに慣れていない初心者特有の問題かもしれない。
「佐倉くんはファッションとか詳しいの?」
「いえ全然。普段は服についての話なんてほとんどしないから、昨日お母さんに友達と一緒に服を買いに行くって言ったら驚かれました」
「ふふ、私も昨日お父さんに同じ話をしたら驚かれたよ」
「じゃあ一緒ですね。あ、でもその話をした後、お母さんがお金を渡してくれたんですよ。高校を出たら毎日自分で服装を考えなきゃいけないんだから、僕も一着くらいちゃんとした服を持っておいた方がいいって」
デートだとか好きな女の子だとかの部分については、恥ずかしいので伏せておいた。
「いいお母さんなんだね。ちゃんと佐倉くんの将来を考えてアドバイスしてくれるんだ」
「そうですね。ただ逆に言うと、僕今まで一着もちゃんとした服持ってなかったんですよ。だから今日も、意見を聞かれても全然参考にならないと思います」
「気にしないで。私一人の買い物に二人を付き合わせるより、二人にも何か目的があった方が私も気が楽だから。笹内くんは今日何か買う予定ある?」
翠山さんは、僕達のやり取りを黙って聞いていた笹内に話題を振った。
「俺は特に何も買う予定はないです」
「普段服を買う時はどうしてるの?」
「適当な店で、マネキンが着ているのと同じ服を一式買って済ませてます」
「じゃあ笹内くんもあまり洋服に詳しいわけじゃないんだ」
「はい。だからアドバイスが欲しかったら、俺よりも店員に聞いた方がいいですよ」
「うん、そうかもね。でも私の目的は単なる買い物じゃなくて、同年代の相手と一緒にお店を巡りながら買い物をすることだから、二人の意見も色々聞いてみたいなって」
笹内のそっけない受け答えにも翠山さんは全く動じる様子はなく、相変わらずにこやかな笑みを浮かべている。
「……翠山さんがそれでいいなら、俺は構いませんけど」
屈託のない翠山さんの態度に毒気を抜かれたのか、笹内はふいっと目を逸らして反論をやめた。
態度はともかくとして、笹内の方も翠山さんの意思を尊重しているのが分かる。
「あれ? でもマネキンを観察して服を買ってるんだったら女性のファッションについても詳しくなったりしないの?」
「女性用のマネキンを熱心に観察する趣味はありません」
こういうどこか気の抜けたやり取りも含めて、やっぱりこの二人の相性は悪くないなと僕は思った。
最寄り駅に着くと、ショッピングモールまでは歩いて数分で行ける距離だった。
同じ電車から降りた人達の大部分も目的地は同じだったようで、人の流れに乗っていけば地図を見なくてもいいほどだった。
建物の中へ入ると、僕達の顔は自然と上を向いた。
五階建てのフロアは全て吹き抜けになっていて、天井は見上げるほど高くにある。
天井もガラス張りなので屋内でも青空と陽の光が感じられ、とても開放感のある空間になっていた。
「昨日スマホで調べて写真も見ましたけど、実際に来てみるとやっぱり広いですね」
「うん。洋服店以外のお店も色々あるみたいだし、見て回るだけでも面白そうだね」
翠山さんの言った通りショッピングモールには想像以上に色々なお店が揃っており、ついあちこち立ち寄ってみたくなる魅力に溢れていた。
二百以上もの店舗が入居しているので中には普段行くコンビニやファミレスもあったが、さすがに今日はそういったお店はスルーした。
むしろ僕達が実際に足を踏み入れたのは、普段なら決して入らないようなお店ばかりだった。
色とりどりの振袖がずらりと並べられた和服店の店内は壮観だったし、スーツケースの専門店なんて存在すること自体初めて知った。
またキャンプなんて今までやろうと思ったことすらないのに、店頭の大きなテントに惹かれて入ってみたキャンプ用品店には見たことのないお洒落な道具がたくさん置いてあり、いつかこういうのを趣味にするのも楽しそうだなと思った。
外からでもお店の中が見えやすいショッピングモール特有の敷居の低さが、洋服店以外でも良い方向に働いている気がした。
小さい子供のはしゃぎ声が聞こえる方へ行ってみるとそこはペットショップで、店内ではたくさんの子犬がケースに入れて展示されていた。
僕は今まで犬や猫を飼った経験はない。
小学生の頃に犬を飼っている友達の家で遊んで羨ましいと思ったことは何度かあるけれど、それも単なる子供の思い付きであって、犬を飼うためにはどんな道具が必要でどんな世話をしなければならないのかなどを真剣に調べたわけではなかった。
だからペットショップに入るのも記憶にある限りこれが初めてで、店内で目にする物は色々と新鮮だった。
中でも僕が一番驚いたのは子犬の値段だ。
どの犬も、五十万円を優に超えている。
「私、ペットって飼ったことないな。二人は?」
「俺もないです」
「僕もせいぜい小学生の頃にカブトムシ飼ってたくらいですね。それも夏休みの間の一ヶ月くらいだけでしたし」
とりとめもない会話をしながら店の奥へ進んでいくうち、やがて僕達は建物を抜けてショッピングモールの裏側に出た。
そこは大きな草地の広場となっていて、小さい子供達が遊具で遊んだり、家族連れがビニールシートの上で食事をしたりしていた。
キャンキャンと鳴き声のする方を振り返ってみると、柵で囲われたスペースを二匹の小さい犬が走りながらじゃれ合っていた。
どうやらさっきのペットショップの一部で、犬を自由に遊ばせることのできるスペースらしい。
飼い主同士はお互い離れた場所に立っているので特に知り合いというわけではないようだけど、犬達はそんなことお構いなしだ。
顔を向き合わせたまま並んで走ったり、たまに一匹が疲れて座り込んだ時も、もう一匹はしっぽを振りながらその周りを跳ね回ったりしていた。
みんなが思い思いの時間を過ごしている。前にも言ったように、僕はこういう光景が好きだった。
※第6章は8話編成となっております
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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