第5章④
「翠山さん、大丈夫ですか?」
ドリンクバーを注文してそれぞれ好きな飲み物をグラスに注いで席に座ると、珍しく最初に口を開いたのは笹内だった。
「うん、しばらく休憩すれば平気だよ。この後もまだ遊びたいし。さっき見かけたゲームセンターにも行ってみたいな」
「ゲームセンターですか?」
最初に候補から外した選択肢が翠山さんの口から出てきたことに僕はやや面食らった。
「さっきエレベーターでここに来る途中、ゲームセンターがある階から乗ってきた人達がいたでしょ? その人達がたくさん景品を持ってたから面白そうだなって」
「なるほど。じゃあここでしばらく休憩したら行きましょうか」
「あとこれは今日じゃなくていいんだけど、一度二人と映画を観に行きたいの」
「ああ、この間レストランで話した時も映画に興味ありそうでしたもんね」
「うん。私いつも一人で本を読んでばかりだから、佐倉くんが友達としてるみたいに誰かと一緒に映画を観て感想を話し合ったりしてみたいんだ」
いつか笹内が言っていたのとは正反対の考え方だけど、僕としてはこちらの方が共感できる考え方だった。
「分かりました。僕も楽しみにしておきます」
「ありがとう。笹内くんもいいかな?」
「俺は本や映画の感想を人と話したこととかないから、期待に応えられるか分からないですよ」
「気にしないで。私もそういう経験ないし、むしろ同じ初心者がいる方が安心するから」
「……そうですか」
真逆の考え方のはずの笹内も、翠山さんの屈託のない言葉にあっさりと引き下がった。
友達になってほしいという頼みを了承したことといい、笹内は翠山さんからの頼み事に妙に弱い気がする。翠山さんの不思議な雰囲気がそうさせるのだろうか。
それから一時間ほど世間話をしながら休むうちに翠山さんの体力も回復し、僕達は再びエレベーターに乗って今度はゲームセンターがあるフロアへ移動した。
店内には、UFOキャッチャーの筐体が所狭しと並んでいた。その中に置かれたぬいぐるみやフィギュアを、翠山さんはしげしげと眺める。
「色んな景品があるんだね」
時々気になるものがあると「これはなんていうキャラクター?」と僕達に尋ねたり、スマホでさらに詳しい情報を調べたりしていた。
「翠山さん、こういうのに興味あるんですか?」
「うん。私の部屋って全然物がなくて殺風景だから、ぬいぐるみでも飾ってみようかなって」
確かに翠山さんの部屋って物が少なそうだし、ぬいぐるみというのもちょっとイメージに合わない。でも翠山さんもそれは自覚していて、そうした自分を変えようとしているらしい。
ゲームセンターやカラオケは苦手だろうと勝手に決めつけたことといい、余計なお世話だったなと僕は反省して黙って翠山さんに付いて行くことにした。
一通り店内を巡って最終的に翠山さんが一番欲しがったのは、やたらリアルな造形の大きなフクロウのぬいぐるみだった。翠山さんは最初自分で取ろうとして千円ほどつぎ込んだのだが、逆にどんどん取りづらい位置へ移動させる結果に終わった。
「……私、これは向いてないみたい」
「多分店員さんに頼めば位置直してくれますよ」
「そうなの? でも直してもらっても、私じゃ取れそうにないな……笹内くんか佐倉くん、代わりにやってもらえないかな? もちろんお金は私が払うから」
「こういうのは佐倉の方が経験ありますよ」
そう言って笹内は僕に出番を譲ろうとしたが、僕はそれを引き止める。
「だけどこういうのって狙いを調節する能力が大事だから、笹内の方が向いてるんじゃない? バレー部の友達と来た時も、ボールのコントロールがいいやつはUFOキャッチャーも上手な気がするし」
「そっか、笹内くんボーリングのコントロール上手だったもんね」
僕の言葉に納得した翠山さんが筐体の前からどくと、逃げ場がなくなった笹内は無言で翠山さんと交代した。その後僕達はどの部分を狙えばいいのか話し合ったり、店員さんに位置を直してもらいつつアドバイスしてもらったりした結果、もうニ千円ほどかけて無事にぬいぐるみを取ることができた。
「やった。ありがとう笹内くん」
「……どうぞ」
今度は笹内が筐体の前からどいて、翠山さんはぬいぐるみを取るため取り出し口にしゃがむ。
「映画とかだと、こういう時は男子が女子に渡してあげるもんだよ」
「じゃあお前が渡せ」
僕はこそっと耳打ちしたが、笹内にそっけなく断られた。
「そもそも、さっきのコントロールが云々って話は本当なのか? 俺に交代してからも二千円くらいかかったぞ」
「ごめん、適当に言っただけ。笹内に取ってもらった方が翠山さんも喜ぶかなって」
僕に一杯食わされたと知った笹内は、嬉しそうにぬいぐるみを見ている翠山さんには聞こえないくらいの小さなため息をついた。
僕達がゲームセンターを出ると、既に空にはオレンジ色が混ざり始めていた。
時刻は六時過ぎになっており、今日はこの辺で解散という流れになった。
駅へ向かう道の途中、翠山さんは僕と笹内にお礼を述べた。
「二人とも今日はありがとう。普段一人で散歩してる時とは、全然違う楽しさがあったよ。このぬいぐるみも私一人じゃ取れなかっただろうし」
そう言って、ぬいぐるみの入った景品袋を小さく掲げる。
「笹内くんのアドバイスでボウリングもだいぶ上達したし、また一緒にやりたいな」
「……分かりました」
笹内との約束を取り付けた翠山さんは、今度は僕の方へ顔を向ける。
「佐倉くんは普段から友達とこんなふうに遊んでるの?」
「そうですね。大体いつもこんな感じです」
「よかった。じゃあ私、普通の高校生らしいことできてるんだ」
僕の返事を聞いた翠山さんは嬉しそうに笑った。
笹内とは路線が違うので駅で別れ、僕は翠山さんと二人で帰りの電車に乗った。
帰宅する人達で混みあう車内で、僕は膝に袋を乗せた翠山さんに話しかける。
「翠山さんこの間レストランで僕がついてきてくれた方が助かるって言ってましたけど、僕今日ちゃんと役に立ってましたか?」
「うん、佐倉くんのおかげでだいぶ会話がスムーズになったと思う。ほら、私も笹内くんもあまり口数が多い方じゃないから」
「それならよかったです」
「来週からも一緒に来てもらっていいかな?」
「はい。僕も今日楽しかったですし」
やがて電車が学校の最寄り駅に着くと翠山さんはそこで降り、僕はそのまま電車に揺られて自分の最寄り駅まで静かに過ごした。
こうして、翠山さんとの初めての外出はあっけないほど平穏に終わった。
僕にとって、翠山さんはどこか非日常の香りがする人だった。
初めて顔を合わせた時の状況や、夜のレストランで一対一の会話をしたこと、そして翌日に江口から聞いた不思議な噂などが原因だろう。
その翠山さんと遊ぶなら今日も何か変わったことが起きるんじゃないかと、心のどこかで思っていた。
というより、期待していた。
まったくもって能天気だったとしか言いようがない。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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