第5章②
午後の授業を終えて放課後になると、ようやく誰かさんとも話す機会がやってきた。
一緒に校門を出たところで、僕は早速例の件について切り出した。
「昨日の夜僕と翠山さんが会ったのは、もう翠山さんから聞いてるんだよね?」
「ああ」
「そっか、聞いた時はやっぱり驚いた?」
「まあな」
「だよね。僕もレストランで翠山さんを見つけた時はびっくりしたもん」
「だろうな」
笹内の返事は、いつもに輪をかけてぶっきらぼうだった。
昨日の帰り道で決めた予定と全く違う形で事態が進んでしまったせいだろうか。
「ひょっとして、レストランで翠山さんに話しかけたのはよくなかった?」
「そもそも、翠山さんを見つけたからってお前が話しかける必要はなかっただろ。謝罪は俺の方で済ませてあったんだから」
「それはそうなんだけど、やっぱりちゃんと自分の口で謝りたかったからさ」
「…………お前はそういうやつだったな」
諦めとも納得ともつかない声色で笹内は呟く。
僕が週末同行するのもあくまで翠山さんの希望だから賛成しただけで、笹内自身はあまり乗り気ではないのかもしれない。
「翠山さんと二人で出かけたいなら、僕が一緒に行くって話は断ればよかったのに」
「……そんなことしたら、俺とお前の仲が悪いと思われるだろ」
これは思いのほか嬉しい返事だった。
笹内も、僕との関係については意外と大事に思ってくれているらしい。
すっかり気を良くした僕は、笹内の予定通りになった点についても報告する。
「まあ笹内に言われた通り、翠山さんと話すのは学校の外だけにするよ。学校で翠山さんと話すと目立つっていうのは僕も分かったし」
江口の話によると、翠山さんは人と話さないといっても決して存在感がないわけではない。
むしろ人目を惹く容姿をしているから、僕や笹内がA組へ行って翠山さんに話しかけたりすれば間違いなく周囲の注目を集めることになる。
逆に翠山さんがこちらの教室に来て僕達に話しかけた場合も、やはり同じ結果になるだろう。
「そういえば、お昼休みに翠山さんと同じA組の友達と話したんだけどさ」
学食で江口から聞いた話を思い出した僕は、話題の軸をそちらに移す。
「その時に、気になる噂を聞いたんだよね。去年翠山さんと同じクラスだった人が誰もいないんだって」
「……だろうな」
「えっ、知ってたの?」
笹内が驚かなかったので、逆に僕の方が驚いた。
「昨日家で生徒名簿を確認したら、翠山さんの名前がなかった」
「生徒名簿なんて配られてたっけ?」
「一年生の終わりに文集を書いただろ。あれの最後の索引に学年全員の名前が載ってる」
「あー、あれか」
うちの学校では毎年年度の終わりに生徒全員が作文を書き、それを学年ごとにまとめた文集にして終業式の時に配布するという風習がある。
「じゃあ、翠山さんは去年うちの学校にいなかったってこと?」
「……さあな」
「ふーん……なんだかますます謎が増えたね」
「そうかもしれないが、翠山さんについてはこれ以上詮索しないでくれ」
好奇心をあらわにする僕に、笹内が釘を刺す。
「いや、別に詮索ってつもりじゃなかったんだけど……」
「とにかく翠山さんに何か事情があるとしても、俺達がそれを知るのは翠山さんが自分の意思で話そうと思った時でいいんだ」
「……分かった」
元々同じような意見だった僕は、笹内に言葉を重ねられてそれ以上弁解するのをやめた。
その日家に帰った僕は「よし」と意気込んで文集を探し始めた。
なぜ意気込む必要があったのかと言うと、原因は僕の部屋の散らかり具合にある。
足の踏み場もない、とまでは行かないが、どこに何がしまってあるか分からない程度には整理整頓ができていない。
一応この前の中間テストの時に綺麗にしたのだけど、気が付いたらまたこうなっていた。
テスト期間中ってなんであんなに掃除がはかどるんだろう。
などと考えながら、引き出しや本棚を一つずつ確認していく。
二十分後、文集はプリントの山の底から発掘された。
索引を引いてみると、確かに笹内が言っていた通り翠山さんの名前はなかった。
「三船」の次が「向井」になっている。
二十分かけて探したのに、確認するのは二十秒で済んでしまった。
せっかく苦労して見つけた物をすぐにしまうのはなんだか悔しい気がして、そのままパラパラとページをめくってみる。
まずは今年同じクラスになった人の作文をいくつか読んでみた。
友達と遊園地やライブに行った時のことだったり、部活の合宿や大会のことだったり、みんな思い思いの内容を書いている。
中には二年生に向けての抱負を語っている人もいて、それぞれの文面からは書いた人物の趣味や性格がなんとなく伝わってきた。
軽い暇つぶしくらいの気持ちで読み始めたけど、予想以上に面白い。
これならもっと早くに読んでおけば、今年のクラスで友達を作る手助けになっていたかもしれない。
そうやって読み進めていくうちに、やがて僕と笹内のページに行き着いた。
僕が書いたのは、お正月に駒寺と江口と三人で観光地に遊びに行った時の思い出だった。
神社で引いたおみくじが大吉で嬉しかったという話などには、やはり僕の単純な性格が表れている。
対して、笹内の文章の内容は真面目そのものだった。
『学習の目的』と題されたその文章には「自分には何のために勉強をすればいいのかという目的がない」「このまま将来の目標を決めないまま大学に進学してもいいのか」といった切実な悩みが綴られていた。
将来の目標。
昔は明るい響きを持っていたその言葉は、今ではすっかり意味が変わってしまっていた。
なろうと思えば自分達は何にでもなれるんだと信じていた小学生の頃とは違い、高校二年生となった僕達にとって、将来とはもっと現実的な問題だ。
先生からは二学期に進路希望調査があると告知されており、友達との会話でも話題が進路のことになると皆一様に憂鬱そうな顔をする。
事実ここまで文集を読んできても、将来について書いている人はほとんどいなかった。
お母さんは放任主義だからあまりそういう話をしないけど、僕はいつ進路について訊かれるのか内心ビクビクしていた。
しっかりとした答えを何も持っていないからだ。
なんだか気分が重くなってきて、僕は逃げるようにページをめくる。
駒寺や江口はバレー部での一年間について楽しげに書いており、それを読んでいると不安な気持ちを少しだけ忘れられた。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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