第4章③
「うん。佐倉くんがお店に入ってきた時、店員さんと話す声が聞こえたから。それにさっき背中に視線を感じて振り返った時、席に戻っていく佐倉くんが見えたし。一緒に座ってた女の人は佐倉くんのお母さん?」
「……そうです」
どうやら翠山さんは、周りの声や視線にとても鋭い人らしい。
あの喫茶店が公園から百メートルも離れていたのは幸いだった。
あれ?
でも結局その後見つかっちゃったから意味ないのか?
「二人で一緒に外食なんて、お母さんと仲良いんだね。邪魔しなくてよかった」
「僕に話しかけるか迷ってやめたのも、僕がお母さんと一緒だったからですか?」
「……それもあるんだけど、理由はもう一つあって……」
今までよどみなく喋ってきた翠山さんが、ここで初めて少し躊躇うような素振りを見せた。
「さっき笹内くんとメッセージでやり取りした時に、佐倉くんの連絡先を教えてほしいって頼んでみたの。でも断られちゃったから、笹内くんは私が佐倉くんと話すのをあまり歓迎してないのかなって」
「ああ、それは多分、僕に無断で教えるのはまずいと思ったからですよ」
喫茶店からの帰り道でも似たような会話をしたなと振り返りつつ僕が指摘すると、翠山さんは長年の謎でも解けたように得心のいった顔になった。
「……そっか、悪用される可能性だってあるもんね。ごめん。私今まで人から連絡先を教えてもらった経験がほとんどないから、そこまで気が回らなかったよ」
さらりと重いことを告げられたが、僕はあえてそこには触れず本題を続けた。
「あの、もし連絡先が知りたいんだったら僕は全然構わないですよ」
「本当に? じゃあ私のも教えるね」
僕達はお互いのスマホを取り出して、連絡先を交換する。
「佐倉くんはこうやって私と話すことについて、笹内くんから何も言われてないの?」
「学校で翠山さんと話すのは止められましたけど、それ以外は何も言われてないです」
「よかった。実は私、佐倉くんにいくつか訊いてみたいことがあったんだ」
連絡先の登録が完了した画面を満足そうに眺めてから、翠山さんは最初の質問を切り出してきた。
「まずちょっと不思議に思ってたことなんだけど、私と笹内くんが公園で話してた時、佐倉くんはあの喫茶店にいたんだよね?」
「はい」
「じゃあその時に私の姿は一度見てた?」
「そうです」
「でも喫茶店の前で会った時は、私が誰なのか分からないような反応してなかった? もしかして、あれもわざと分からないふりをする作戦だったとか?」
単に僕が鈍くて分からなかったというだけの話が、翠山さんの中では過大評価されているらしかった。
僕は半ば自虐めいた心境で誤解を解く。
「いえ、作戦とかじゃなくて本当に誰なのか分からなかったんです。なんていうか、頭の中で想像してたのと全然イメージが違ったので」
「私のこと、どんな雰囲気だと想像してたの?」
この質問を受けて、僕は答えに詰まった。
あの時考えていたのは主に翠山さんの容姿についてだったからだ。
しまった、もっとシンプルに「喫茶店からは遠くて顔までは見えなかったから」とでも答えておけばよかった。
当の翠山さんは、答えを促すようにじっとこちらを見つめている。
例の、真っ直ぐで底が知れない感じの眼差しだ。
その静かな威圧感が、やがて僕の口を割らせた。
「……えっと、遠くから見た時は内気な感じの人なのかなって思ってたんですけど」
「うん」
「その……近くで見たら、綺麗で格好いい感じの人だったので」
正直、話していてかなり恥ずかしかった。
なんで僕は今日初めて会った女の子にこんなこと言ってるんだろう。
「そんなふうに言われるの初めてだから、ちょっと照れちゃうな。でもありがとう」
翠山さんは微笑を浮かべつつも、落ち着いた態度のまま会話を進めた。
「じゃあ次は佐倉くんと笹内くんについてなんだけど、二人は普段どんな話してるの?」
「……まあ、普通の世間話が多いです。最近学校であったことについて話したり、あとは僕が授業で分からなかったところを笹内に訊いたりとか」
「本の感想について話したりはしないの?」
「そうですね。僕はほとんど本読まないので」
「笹内くんがどんな本を読んでるのかも知らない?」
「あんまり知らないです。いつも表紙にはカバーが掛けてありますし」
「……そっか」
声のトーンの下がり方で、翠山さんが明らかに落ち込んだのが分かった。
「あ、でも一冊だけ知ってます。『エデンの東』っていう本なんですけど」
「わあ……! さすがだね」
何が「さすが」なのか僕にはさっぱり分からなかったが、翠山さんは先ほどの落ち込んだ様子から一転して嬉しそうな表情を見せた。
「翠山さんもその本読んだことあるんですか?」
「うん、私も大好きな本なんだ。何度も読み返すくらい」
「じゃあ笹内と友達になりたいと思ったのも、その本が理由なんですね」
「それも理由の一つだね。笹内くんがあの本を読んでどう感じたのか聞いてみたくて」
「ああ、そういうの楽しいですよね。僕も友達と映画を観に行った後なんかは、よくファミレスで感想話し合ったりしますよ」
僕のこの何気ない一言に、翠山さんはハッと目を見開いた。
「……そっか、映画って方法もあるよね」
翠山さんは口元に手を当ててしばらく考え込んでから、やや改まった態度になって口を開いた。
「……これは質問っていうよりお願いになっちゃうんだけど、次の日曜日に私が笹内くんと出かける時、佐倉くんも一緒に来てもらえないかな?」
てっきり翠山さんは笹内と二人きりで出かけたいのだろうと思っていたので、この申し出にはかなり驚かされた。
「僕は構いませんけど、翠山さんはそれでいいんですか?」
「私ほとんど人と遊んだ経験がないから、友達とよく遊びに行く人のアドバイスが欲しくて。それに笹内くんと仲が良い人って佐倉くんしか知らないし」
僕の連絡先を知りたがっていたことといい、翠山さんが笹内との関係について僕の助けを求めているのは本当のようだ。
僕が行ったら邪魔になるんじゃないかという躊躇いはあったものの、今まで笹内の件で僕を頼ってくれる女子がいても何の力にもなれず歯がゆい思いをしてきたので、それを挽回する良い機会だと捉えることにした。
「分かりました。僕でよければ一緒に行きますよ」
「ありがとう。すごく助かるよ」
翠山さんがホッとした顔になるのを見て、僕は断らなくてよかったと思った。
「まあ、笹内本人がなんて言うかは分かりませんけどね」
「そうだね。今日帰ったらここで佐倉くんと会ったことも含めて、笹内くんにもう一度連絡してみるよ」
どうやら質問は一通り終わったらしく、翠山さんは僕の顔を見て微笑んでいる。
やっぱり少し不思議な人だ。これまでに僕が話してきたどの相手とも違う。
常人離れしているほど鋭いところがあるかと思えば、人付き合いに関しては僕よりも疎い。
そういった点については、確かに笹内と似ている。
それでいて、笹内とは決定的に異なる部分もある。
笹内と友達になろうとしたり、僕と連絡先を交換したりと、翠山さんは自分から積極的に人と関わろうとしている。
「すみません。よかったら、僕も翠山さんにいくつか質問していいですか?」
会話を通して、いつしか僕にも翠山さんへの興味が芽生えていた。
謝らなければいけないという義務感からではなく、他の友達と話すのと同じように翠山さんとも普通に会話がしてみたいと思った。
初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。
物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。
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