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第3章④

「………………」


 笹内の三回目の沈黙は、二回目よりもさらに長かった。

 そして沈黙がどれだけ続いても、笹内は何も答えなかった。

 翠山さんの問いから逃げるように目を伏せている。


 だから翠山さんの雰囲気に呑まれて動揺していた僕も、ここは自分が喋った方がいいと感じた。

 覚悟を決めて、僕は翠山さんの方へ向き直る。


「えっと、はじめまして。僕、笹内の友達で佐倉勇気って言います」


 僕の自己紹介は、先ほどの翠山さんの問いへの答えでもあった。声の緊張は上手く抑えられたと思う。


「こちらこそはじめまして。私、翠山澄風って言います」


 翠山さんは微笑みながら僕の方に手を差し出してきた。


「実はあなたの自己紹介はさっき一度聞いてます」などとは言えるはずもなく、僕も黙ってその手を握る。


 よかった。第一印象は悪くなさそうだ。もしかしたら、僕がここにいる理由もなんとかごまかせるんじゃないか。


 よせばいいのに、僕はそんなことを考え始める。


「佐倉くんもこの喫茶店にいたの?」


 だから翠山さんのこの質問にも、つい嘘をついてしまった。


「えーと……実は、僕が一人でこの喫茶店にいたら、偶然笹内が後から来たんです。それでしばらく喋ってから一緒に帰ろうって話になって」

「……そうなんだ」


 僕が咄嗟に考えた作り話をしている間も、翠山さんは表情一つ変えなかった。微笑を浮かべたまま、ほぼ同じ高さにある僕の目をじっと見つめている。


 僕がその真っ直ぐな視線に耐えきれず目を逸らしたくなってきた頃、翠山さんはようやく僕から視線を外した。


 話を信じてもらえたのかどうか僕がドキドキしていると、翠山さんはポツリと呟いた。


「……もう少し早く来ればよかったかな」

「え?」

「私も今からこのお店でケーキを食べようと思ってたから。もう少し早く来てれば、二人と一緒に食事できたのになって」


 幸い嘘はバレていないみたいだったけど、そう言ってくれる翠山さんを見て僕はチクリと胸が痛んだ。


「でも、そんなにガッカリする必要はないか。そのうちに佐倉くんと一緒に食事できる機会もあるかもしれないもんね」


 そう言って、翠山さんは再び笹内と向き合った。


「じゃあ笹内くんもまた明日……は話せないから、今度の日曜日に、かな」

「……はい」

「うん。一緒に出かけるの楽しみにしてるね」


 翠山さんは僕達に小さく手を振ると、石畳を渡って喫茶店の中へ入っていった。

 僕と笹内は、その背中をただ見送ることしかできなかった。






 静かな台風が過ぎ去ったような感覚に包まれたまま、僕達は学校から来たのと同じ道を辿って帰り始める。


「びっくりしたねえ」


 喫茶店からしばらく歩いたところで僕は口を開いた。


「まさかあんなふうに翠山さんと鉢合わせるとは思わなかったよ」

「……俺もだ。注意不足だった」

「まあでも、僕がここにいる理由についてはなんとかごまかせてよかったね」

「多分、お前の嘘はバレてるぞ」

「えっ」


 予想外の言葉に僕は笹内の顔を見る。


「喫茶店の前でこの人が翠山さんだって俺が教えた時、お前明らかに驚いてただろ」

「うん……それが嘘がバレてるって理由になるの?」

「相手の名前を聞いて驚くってことは、その名前を事前に知ってたってことだ。全く知らない名前なら聞いても驚いたりしない」

「あっ、そうか……」

「そもそもうちの学校の生徒がほとんど来ることがない場所へ俺が呼び出された日に偶然お前もその近くの喫茶店にいたなんて、あまりに話が出来すぎてるしな」

「僕が笹内と一緒にここへ来たのもバレてるってこと?」

「ああ」


 自分の行動が逆効果だったと知り、僕は落ち込む。


「……じゃあ僕、完全に余計なことしちゃったのか。ごめん」

「別に俺には謝らなくていい。嘘をついたのも、俺を庇うためだったんだろ」

「うん、それはそうなんだけど……」


 確かに、笹内が許してくれても肝心なのは嘘をつかれた本人である翠山さんがどう思っているかだ。


「やっぱり、翠山さんにも謝った方がいいかな」

「学校で謝るのか?」

「そのつもりだけど、学校では僕も翠山さんと話さない方がいいの?」

「……まあ、そうしてくれると助かる」

「でもそれなら、どうやって翠山さんに謝ればいいのかな。僕は翠山さんの連絡先知らないし。本人に無断で笹内から聞くのもまずいよね」


 引き返して謝りに行こうかと僕が悩み始めた時、笹内が助け舟を出した。


「……それなら、俺の方から謝っておくよ」

「いいの?」

「元はと言えば、お前をここに連れてきたのも俺の責任だしな」


 どうやら単に僕を気遣っているだけではなく、笹内も翠山さんに嘘をついたことについて罪悪感を覚えているらしい。


「今日LINEで事情を説明して、今度の日曜に改めて謝ろうと思う」

「そっか。まあ僕の方はともかく笹内はもう翠山さんと友達になったんだし、悪気がなかったことを説明すれば許してくれるんじゃないかな」

「友達になってほしいと言われて了承しただけじゃ、友達になったとは言えないだろ」

「……確かにそうか」


 言われてみれば変な感じだ。


 初対面の相手から「恋人になって下さい」と言われて「はい」と答えればそれだけで恋人になれるのに「友達になって下さい」と言われて「はい」と答えても確かにそれだけじゃ友達になったとは言えない。


 普通に考えれば友達より恋人の方が進んだ関係のはずなのに、同じやり取りをしても恋人にはなれても友達にはなれない。

 むしろ恋人になるより友達になる方が難しいことのように思えてくる。


 だとすると、友達になったと言えるのは一体どこからなのだろう?

「友達」なんて普段何気なく使っている言葉だけど、改めて定義を説明しろと言われると中々難しい。


 笹内は相変わらずの無口さだったし、僕もそんな取り留めのない疑問について考え始めたので、それからの帰り道は会話もないまま二人で歩き続けた。


 といっても、別に雰囲気が悪くなったわけではない。

 笹内とは無言でいても、不思議と気まずくならないのだ。


 やがて学校の前まで戻ってくると、そこからは帰り慣れたいつもの道が続く。

 僕達が会話を再開したのは、駅がもう目と鼻の先まで迫ってきた頃だった。


 ちなみに僕の疑問の答えは出なかった。

 まあ十分や二十分悩んだくらいで結論が出るような簡単な問題でもないだろう。


「結局、今日僕が一緒に行った意味あったのかな」

「結果から言えばなかったな」


 バッサリ切り捨てられたが、僕も同じ意見なので異議はなかった。


「無駄な手間をかけさせて悪かった」

「いいよ。僕も納得のうえでついて行ったんだし」

「……最初から俺が一人で行っていれば、それで丸く収まったんだな」

「うん。一人で来てください、って翠山さんもわざわざ手紙に書いてくれてたもんね」


 分かりやすく言えば、じゃんけんで相手が「自分はグーを出す」と親切に宣言してくれたのに、その裏をかこうとしてチョキを出したら本当にグーを出してきた相手に負けてしまったような感じだ。

 そんなに分かりやすくないか。


「僕の嘘にしてもそうだけど、お互い余計な対策をしようとしたせいでかえって失敗しちゃったんだね」

「…………そうだな」


 反省会みたいな会話をしているうちに、僕達は駅に着いた。


「じゃあ、翠山さんによろしくね。僕が嘘ついたの謝ってたって伝えておいて」

「ああ、伝えておくよ」


 学校で話せないとなると、今後僕が翠山さんと話す機会はおそらくない。

 そう思うと少し残念な気もしたが、本来なら一度も話さないはずの相手だったと考えればむしろその方が自然なのだと気持ちを切り替えた。


 こうして大まかながら今後の予定と方針が決まったことで、僕は安心した気持ちで笹内と別れた。

 きっと笹内もそうだっただろう。


 しかし鋭い人なら既に気付いている通り、僕も笹内もこの時重要な点を見落としたまま話を進めていた。


 まず当初の予定では、僕は翠山さんとは顔を合わせずに帰るはずだったこと。

 そして笹内が想定していたのは、呼び出した相手に危害を加えられるか、あるいは告白されるかという二つのケースだけだったこと。


 ところが実際には翠山さんが笹内を呼び出した理由はそのどちらでもなかったし、僕は翠山さんと顔を合わせて自己紹介まで済ませてしまった。


 つまり現実というやつは、僕達の計画通りになんて進んではくれないのである。




 初作品なので拙い出来ですが、お読みいただき本当にありがとうございます。

 物語は既に完結まで書き溜めていますので、このまま最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

 1話あたり約3000字前後で、毎日2話ずつ更新していく予定です。

 作品を読んだ感想、レビュー、ブクマ、評価などをいただけると大変励みになります。

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