7話:士官学校Ⅱ
翌朝・特別講義の日。
まだ寮全体が眠気に包まれている中、俺はひとり早朝の講堂に向かった。
講義といっても教室ではなく、士官学校でも限られた訓練棟の一室。扉を開けると、そこにはリゼロット教官と数人の見慣れない人物がいた。
――え、ちょっと待って。教官、だけじゃない。あれって……軍服? 階級章的に、結構上じゃね?
「おはよう、アルクス士官候補生。よく来たわね」
微笑むリゼロット教官の隣にいた、軍服姿の人物が一歩前に出た。厳つい顔だが、目は鋭く理知的。明らかに現場の人間じゃなく、作戦幕僚寄りの雰囲気を纏っていた。
「私の名はカムラス・ラークハイト准将。訓練学校、そしてここでの君の戦術論、拝見させてもらった。今回は特別に、我々参謀部主催の実地戦術検討会に、君を見学参加させる」
「……は?」
あの、話が飛躍しすぎてて、頭がついていかないんですが。
「実戦経験のない若手だからこそ見える視点というのは、我々にとっても貴重だ。特に、君のような型破りな合理主義者にはね」
型破り……合理主義……まあ、否定はしないが、褒められるとむず痒い。
「今回の検討会では、近隣の国境線付近の紛争を想定したシミュレーションを行う。君にはそれを見ながら、第三者としての意見を述べてもらうだけでいい」
「意見を……出すだけ?」
「そう、出すだけ。気楽に構えてくれていいわよ」
リゼロット教官がさらっと言うが、今の流れ、どう考えても「失言したら爆発四散」パターンじゃない? こんなのに若干十六歳の俺を放り込むとか、冗談きついわ……。
だが、始まってみると、意外なことに俺は冷静だった。
いくつかの作戦案が提示され、地図と駒を使って部隊配置や展開を検討する軍上層部たち。彼らの議論は、確かに高度で現実的だが、どこか前提が固まりすぎている。
俺がどうしてこの手の分野が得意なのか、それは前世で戦争シュミレーションのゲームをやっていたからだ。現代の戦争論と、中世止まりの戦争論では考え方が違う。
俺は手元の地図に目を落としながら、小さく呟いた。
「……ここ、敵が陽動を仕掛けてくるにはちょうどいい死角だ。しかも、このルートを無視しているのはちょっと甘いな」
「ほう、詳しく聞こうか」
カムラス准将が食いついた。いや、独り言だったんだけど!?
結局、そこから俺の第三者的意見は連発されることになった。
地形の見落とし、補給線の脆弱性、戦力再配置のタイミング……大人たちの議論に、ぽつりぽつりと口を挟むだけのつもりだったが、気づけば部屋全体が俺の方を向いていた。
終わる頃には、俺の地図は赤ペンで真っ赤になっていた。
「……これは、面白いな。君、本当に士官候補生か? それに十六歳なのかも怪しいな。まさしく戦争の天才だ」
カムラス准将が笑いながらそう言ったとき、俺は確信した。
――やっちまった。また使える奴認定されちまった。
その日の午後、士官学校に戻る途中でリゼロット教官が言った。
「どうだった? 特別講義」
「……講義じゃなかったですよね、アレ」
「そうね。むしろ君のスカウト面談みたいなものだったかしら」
「うっわ……絶対これ、参謀部ルートに片足突っ込んだでしょ……」
「ええ。みんなあなたに期待しているわね」
……ちくしょう、読み込まれてる。
こうしてまた一歩、俺の地味なはずの成り上がりは、派手な軌道を描き始めた。
――ただし、なるべく楽して。表じゃなく、裏で。地味に、しっかりと。
数日後。
講義や訓練の合間に、俺はひっそりと図書棟の一角で戦術理論の本を読み漁っていた。
いや、別にやる気満々ってわけじゃない。次また特別な何かに巻き込まれた時に、少しでも楽をするための下準備ってだけだ。
「お、いたいた。ここにいると思ったぜ」
ライナスの騒がしい声とともに、例によって彼がひょいっと椅子を引いて隣に座ってくる。マジでどこにでも湧いてくるな、こいつ。
「また勉強かよ? お前、ほんとにそんなキャラだったっけ?」
「違う。これは未来の俺のための怠けるための下準備。効率のいいサボり方を探してるだけだ」
「いやもう、ただの勤勉な陰キャじゃね?」
「黙れ秘書志望」
「うっせ」
そのやりとりに、向かいの席にいたミナがクスクスと笑った。
「でもさ、アルクスがどんどん前に引っ張られていくの、ちょっと面白いよね」
「俺は楽しくない」
「でも、こないだの戦術検討会でしょ? あれ、王都でも噂になってたよ。士官学校に、戦争の鬼才がいるって」
……なぜだ。
「ていうか、噂の中で銀髪の鬼教官が鍛えているって話になっているからね? リゼロット教官とセット売り状態だよ」
「最悪だ……パッケージ商品扱いとか……」
「俺も混ぜてくれよな! 三人でパーティ編成だ!」
「お前はおまけ枠な」
「ひでぇ!」
その日の夜。士官学校の中庭で、一人静かに星を見上げていた。
少し前までなら、考えられなかった。こんな王国のエリート育成機関で、真面目に努力して、しかも結果まで出しているなんて。俺は、もっとこう――地味に、こっそりと、後ろの方で楽をしたいタイプだったのに。
「……まったくもって計画通り、じゃないけどな」
でも、不思議と悪くないと思ってしまうのは、きっとあの二人がいるからなんだろうな。
そして――。
「失礼、こんなところで独りとは珍しいわね」
声に振り返れば、そこにはリゼロット教官がいた。相変わらず夜でも凛とした佇まいで、冷えた空気すら似合っている。
「何か御用ですか、リゼロット教官」
「少し話があるの。実は、次の任務で君を選びたいと思って」
「任務……?」
「王都の貴族派閥と、軍部との間に小規模な衝突が起きそうなの。内密に、戦術顧問として派遣したい。表向きは実地学習として、ね」
いやいやいや、さすがにそれは士官候補生のやる範囲じゃないでしょ!?
「リゼロット教官、俺まだ士官候補生、それもまだ十六歳なんですけど……?」
「知ってるわ。でも、君ならできるって思ってる人間が、もうたくさんいるの。カムラス准将もその一人よ。嫌なら断ってもいいわ。でも……」
教官は、ふっと笑う。
「君なら、やるでしょう?」
――ああもう、ほんとにこの人、俺の性格わかりすぎだろ!
でも。
「……報酬、交渉させてもらいますよ?」
「当然。君が喜びそうな、相応の見返りを用意しておくわ」
その含み笑いは、嫌な見返りなのだろう。
「お金でお願いします」
「お金よりもっといい報酬を、特別席を用意しておくわ」
いらねぇぇぇえ!
そうして俺は、またひとつ裏の舞台に足を踏み入れることになった。




