8話:士官学校Ⅲ
――数日後。
俺は王都のとある貴族屋敷の一室で、緊張感漂う会議の空気を肌で感じながら、椅子に座っていた。
前方には、王国軍の中堅クラスの将校たちと、見た目いかにも政治で戦ってますって感じの貴族たち。いかんせん目つきが鋭すぎて、視線が刺さる。いやマジで物理的に。
こんな場所に十六歳の士官候補生がぽつんと紛れ込んでるの、どう考えても異常だろ。現場を間違えた子供って思われてるだろ絶対。……だが、連れてきた張本人があのリゼロット教官だから、誰も文句を言えないというこの理不尽。
「では、開会いたしましょう。今回の件、軍と貴族派の間で軋轢が生じた国境警備に関する対応について――……」
淡々とした口調で議題が読み上げられ、各陣営がそれぞれの立場から意見を出し合う。が、どいつもこいつも、言ってることが噛み合ってない。
貴族たちは「我が領地の安全が第一」で軍への協力は渋り、軍側は「任務の円滑な遂行には中央指揮系統の一元化が不可欠」と主張。お互いに牽制しあって、議論は空転するばかり。
……これ、いちいち意見してたら泥沼だな。まさか戦術顧問って、仲裁役までさせる気か?
黙って地図を眺めながら、俺は一枚の報告書に目を止めた。
――境界線の警備強化要請。
その根拠は、貴族領近くの商隊が頻繁に襲撃されてるって件。
でも襲撃のパターン……全部軍が動きにくい間隙を狙っている。しかも、貴族の警備隊は不思議とその時だけ別任務で不在……。
明らかに作為を感じる。
「すみません、ちょっといいですか?」
俺が声を出した瞬間、全員の視線がこちらに集中した。
うっわ、目が怖ぇ……
「……アルクス士官候補生、何か?」
軍側の中将がやや訝しげに聞いてくる。
「ええ、ちょっと気になったんですけど、この襲撃パターン、不自然ですよね。完全に軍の配置変更や視認範囲を把握した上での行動。偶然にしては、精度が良すぎます」
その一言で、場の空気が変わった。
「つまり……内部情報が漏れていると?」
「はい。しかも、貴族領の警備が“偶然”外れていたタイミングで、です。俺には、この動きが襲撃犯側にとってあまりにも都合が良すぎるように見える」
俺の言葉に、軍側の数人が顔色を変え、貴族側の一部が露骨に顔を顰めた。
あっ……しまった……。
言った直後に気づいた。
これ、完全に地雷踏んだやつだ。
会議室の温度が数度下がった気がしたところで、リゼロット教官がふっと口を開いた。
「さすがは私の教え子。鋭いわね。皆様、ここにいるのはただの士官候補生ではなく、今後参謀部で重用される可能性のある、未来の戦術家です。彼の意見、軽視するには惜しいのでは?」
それ言うか、今ここで。焚火にガソリンぶっかけてんじゃないよ教官。
でも、その言葉で場が微妙に沈静化し始めたのも事実だった。
やがて、軍側と穏健派の貴族の間で小声のやり取りが始まり、ようやく話が前に進む議論へと変わっていく。
……本当にこれ、士官候補生の仕事か?
その後も俺は、終始冷や汗をかきながら場を観察し、必要最小限の発言だけを心がけた。
裏方。そう、あくまで俺は裏方……のはずだったのに。
会議終了後、リゼロット教官がにこやかに言った。
「お疲れさま。想定以上に、場を動かしてくれて助かったわ」
「いやいやいや、絶対本来の仕事量の三倍はやりましたよ俺!?」
「……ふふ。君の思っている日常は、いつ戻ってくるのかしらね?」
「俺が聞きたいわ!」
この先、俺が静かに過ごせる日はいつなのか。
その答えは、まだ遠い。いや、たぶんもう戻ってこない気がしてきた。
でもまあ……なるべく、楽して登ってやるさ。
誰にも気づかれないように、ひっそりと――って、目立ちすぎてる自覚はある。あるけど! これは全部、周囲が勝手に盛り上がるせいだからな!?
だから、どうせやるなら――最小労力で、最大成果を。
戦術顧問としての初仕事を終え、士官学校に戻ってきた俺は、ひとまずベッドに突っ伏していた。
身体の疲れはたいしたことない。けれど、精神的な疲弊がえげつない。あんな空気の中で会議に参加して、しかも何かしら成果を残して帰ってくる羽目になるなんて、想定外にもほどがある。
俺は、あくまで静かに成り上がること。
派手に注目されたり、名前だけが先行するような成功はいらない。必要最低限の実績を積んで、賢く楽に出世する。それだけだ。
……なのに。
「アルクス、いるー? いたいた!」
寮の扉が勢いよく開いて、いつものようにライナスが遠慮なく入ってきた。続いて、後ろからひょこっとミナも顔を出す。
「ねえ、ちょっと王都の会議の話聞かせてよ! 今学内でも噂になってるよ? 貴族派を黙らせた天才戦術士官候補生って!」
「やめろ。今すぐそのあだ名を口から消し去れ。というか、誰だそんな怪文書流したのは! てか、俺の噂流れ過ぎじゃね⁉」
「わかんない。でもリゼロット教官が『アルクスに任せてよかった』って言ってたって、どっかの上級生が聞いたって」
「くっそ……リゼロット教官、裏で広報活動までしてやがる……!」
マジで、俺の地味で平穏な未来が音を立てて崩れ落ちていくのを感じる。
「ていうかさ、アルクスはなんでそんなに目立ちたくないの? 普通、こういうのって『出世街道まっしぐら!』って感じじゃん?」
「……もう、ただの兵士でいることは諦めた。だから出世はしたい。けど、静かに。こっそり。誰にも気づかれないように、効率よく。極力手を抜いて、最短ルートで高みに行きたいだけだ。そして、安定した平穏な生活を手に入れる」
「いやそれ、理想高すぎない!?」
「というかさ、今の状況だとむしろ真逆だよね?」
ミナが笑いながら言う。
それは俺が一番わかってるわ!
「……だからこそ、これ以上余計な噂が広がらないように、水面下で手を打っていく」
「お、策士ムーブきた!」
「どんな手?」
「簡単だ。周囲に期待されすぎないよう、戦略的に凡庸を演じる」
「うわ、めんどくせえ天才っぽい……」
「ライナス、明日から髪を染めて俺の影武者やれ。適当に失言して、俺の評判落としてこい」
「えぇえ……俺の株まで下がるじゃん!」
わちゃわちゃと騒ぐ二人を横目に、俺はふと天井を見上げた。
ここからしばらくは、また静かに過ごせる、はず。
そう思っていた――そのとき。
コンコン、とノックの音。
「……誰だよ今度は」
扉を開けると、そこにいたのは、見知らぬ軍服の青年だった。
中尉の階級章。まだ若いが、目つきが鋭い。
「失礼、アルクス士官候補生ですね? 本日付で、参謀部付の研修任務に招集されました。明朝、王立軍参謀本部へ集合をお願いします」
「……は?」
「こちら、召集命令書です。一応、正式な任務ですので、辞退は不可です」
青年が差し出した書類には、しっかりとカムラス准将の署名があった。
……やばい。完全に目をつけられてる。
扉を閉めたあと、俺は床に崩れ落ちた。
「……静かに成り上がる、って言ったよな、俺」
「うん、聞いた」
「もう、無理じゃね?」
「がんばれ、期待の星!」
「星じゃねぇぇぇぇええ!」
俺の地味な成り上がり計画は、すぐに崩れ去ったのだった。
……頼むから、次は胃薬持って行かせてくれ。




