13話:第三師団Ⅱ
配属から一か月が経った。
いやー、長かった。というより、長く感じた。実際は一か月なんだけど、体感では三年くらいある。だってこの第三師団、マジで頭おかしいんだもん。
朝五時の号令から始まり、日が沈むまでの鬼の訓練メニュー。
剣、槍、素手、魔術、精神論。終わったと思ったら筋トレ、気を抜いたら山ごと爆破。これが日常。
誰だよ「第三中隊は比較的マシ」とか言ったの。あれ絶対「比較的に死者が出てないだけ」って意味だろ。
おかげで俺は今、腹筋がバッキバキである。なんなら今でも膨大な魔力があるのにも関わらず、魔力量も増えた気がするし、敵意に対して勝手に反応する反射神経まで育った。なんだこの成長率。
ラスボスのポテンシャルゆえに、成長が止まることを知らない。
怖い。自分が怖いよ!
そんなこんなで、今日――
「模擬戦の指揮官? 俺が?」
「はい。経験は無いかもしれませんが、他に適任者がいなく」
ティナ軍曹の一言で、人生初の指揮官を任されることになった。しかも相手は第二中隊。隊長がガチで筋肉で魔物と殴り合って生きてきたみたいな人たち。え、やる前から負ける未来見えるんだけど。
「えっと、俺が指揮官で……このメンバーが部隊?」
配属された中隊から適当に選ばれたらしい即席チームは、なんかすごいクセが強かった。
豪快すぎて指示を聞かない斧使い、距離感バグってるお調子者の弓兵、いつも影から何かを睨んでいる寡黙な魔法士。統一感ゼロ。司令塔が機能しないパターンのやつだこれ。
しかし俺は決めた。ここでヘタレるわけにはいかない。俺が失敗したら、絶対にラティア師団長が「士官学校では優秀だからと期待したが」と言ってくる未来が待っている。絶対いやだ! 昇進できなくなっちゃう!
ならば、良い感じに勝てばいい。
「よし。じゃあ、開始前にちょっとだけ、俺の話を聞いてくれ」
俺の作戦は、至ってシンプルだった。敵の第二中隊は正面突破型のゴリ押し集団。ならば、正面を囮にして横と後ろを狙う。ただそれだけ。
ただし、囮部隊のタイミングと、裏取りの動きがズレたら全部台無し。魔術による視界妨害と陽動、それから偽の情報を敵に流すための魔力偽装も仕込んでおいた。
まあ、士官学校時代の戦術課題でよくやった手だ。特に珍しい戦法でもないし、使い古された戦術の応用みたいなもの。
けど、意外と、こういうのって実戦で使われてないんだよな。単純で効果的だからこそ、上手くハマれば強い。
そして、結果。
――完勝だった。
え、なにこれ。
「敵の指揮官、戦線崩壊後すぐ降伏したって!?」
「うん。斧の兄ちゃんが『俺たちが何したか分かってねえ』って泣いてた」
いや、そんなに上手くいくと思わなかったんだが……?
もっとこう、こっちもバタバタして、ギリギリ勝てれば御の字くらいのノリだったのに。こっちの被害、かすり傷ひとつだぞ?
あれ? ……なんか、やらかした?
「アルクス少尉!」
はい出た、ティナ軍曹の怒りボイス。いや違うな、これは怒ってるんじゃなくて――驚いてるだけか。
「まさか、初めての指揮であそこまでの完勝をするとは……。少尉、あなた、本当に士官学校を卒業したばかりなんですか?」
「そ、そんな大げさな……運が良かっただけですよ、運!」
本気でそう思っていた。だって相手の動きが予想通りすぎて、逆に怖いレベルだったし。
いくつかの分岐に備えてたけど、まさか全部こっちの理想ムーブに乗ってくるとは。
俺の作戦、そんなにヤバかった?
そう思ってたら――
「ほう、やっぱり君は面白い」
振り返ると、白銀の髪が風に揺れていた。
我が第三師団のお姫様。いや違う、師団長だ。まあ、公爵家の出なので、お姫様というのもあながち間違いではないが。
「師団長、お疲れ様です」
「アルクス少尉。君、何者なんだい?」
なんか視線が鋭い。冗談抜きで、心眼とか持ってそうな勢いだぞこの人。
「参謀本部が君を引き抜きたがっていたのも理解できる。君の士官学校時代の成績、そして軍部に提出された戦術案……すでに幾つも、正式採用されている。しかもどれも実戦で効果を上げているらしい」
「へ、へえ……そうなんですね……」
知らなかったんだけど⁉
俺、ほんとにそんなすごいことしてたの⁉
あれ、士官学校時代に提出した戦術案って、寝ぼけながら書いた「適当に偽情報流せば混乱して勝てるのでは?」ってメモレベルのやつじゃなかったっけ? 嘘でしょ?
絶対に教官たちのせいだろ!
特に銀髪鬼教官のリゼロット! 広報とかもしすぎだろ!
「で、改めて聞こうか。君は一体、何者なんだい?」
……さすがに「実は帝国の元皇子で、この世界のラスボスだった存在です」なんて言えるはずもない。言った瞬間、速攻で拘束されて尋問部屋送りだ。
だから俺は、笑顔でウィットを効かせて答えた。
「ただの田舎の秀才です。……あと、ちょっと運が良いだけの、目立ちたくない凡人ですかね」
「ほう。凡人が、模擬戦で完勝し、戦術を採用され、参謀本部から名指しでスカウトされる時代が来たとはね」
「いやー……王国の教育レベル、高すぎますよね!」
ラティア団長は一瞬だけ口角を上げ、すぐに真顔に戻った。
「面白い。じゃあ、もう少し凡人の働き、見せてもらおうかな?」
うわー、完全に監視対象だこれ。詰んだ。完全にフラグ立った。
どうしてこうなった……俺の平穏を返してくれ。
俺の静かで目立たず、ひっそりと成り上がる計画は、どうやら今日も、また一歩遠のいていく。
その後、俺はほんの少しだけ、ラティア団長の目を気にしながらも、心の中では「目立たなければ、きっとこの試練も乗り越えられる」と思っていた。
それでも、どうやら俺の平穏無事な日常は、団長の目の前に立つたびにどんどん遠くなっていく気がする。
だが、そんなある日、意外なことに――
「アルクス少尉、よくやったね。実績に見合った報酬を与えようと思う」
「ありがとうございます!」
「といっても、今日のところは訓練休み。しっかり休養を取って、また次に備えてほしい」
訓練休み。一日ではあるが、あの地獄の訓練から解放される――ただただ嬉しい。心底、嬉しい。
「ついに俺にも休みが!」
心の中でガッツポーズを決める。これで少しでも平穏な時間が確保できると思うと、早くも嬉しさで胸が高鳴る。これが俺にとっての最大の褒美だ。しばらく、気が休まる日々を送れるだろう。
だが、そこに思いも寄らぬ一言が投げ込まれた。
「その代わり、少しだけ書類仕事を手伝ってほしい」
……あれ? 今、何て言った?
「書類仕事……ですか?」
「そうだ。少尉には、できるだけ休養とやらも意味のあるものにしてもらいたい」
「ちょっと待って、師団長。書類仕事って、いわゆるそれ、あれですよね? 膨大な量の、何日もかかるような……?」
まさかのリターンに、思わず目を瞬かせる。最初の喜びは一瞬で吹き飛び、もう次の仕事が待ち構えている現実に立ち尽くす俺。
師団長が説明する内容を聞いているうちに、冷静になった。確かに、指揮官として事務仕事をこなせることは大事だろう。
「うーん、わかりました」と答え、書類に取りかかる。
前世での経験が活きるとはこういうことだ。会社での膨大な書類仕事をこなしていたおかげで、俺はその手の仕事には慣れている。
「少尉、さすがだな……」
驚いた声を上げる師団長を横目に、俺は淡々と書類を整理していく。何だか、急にこの仕事が楽しみに思えてきた。
でも、折角の訓練休みで書類仕事をするのは勘弁してほしい。
「……君に、もう少し多くの責任を任せることになりそうだな」
俺はラティア師団長の言葉を全力で聞かなかったことにした。
……書類仕事って大変だよね!




