12話:第三師団Ⅰ
第三師団本部への初出勤当日。
胃痛が悪化して、起きた瞬間から体調が最悪だった。
「……いや、マジで行きたくねぇ」
ベッドの上で毛布に包まりながら、俺は現実逃避を試みる。
だが、時計の針は無情にも進み、あと十五分で集合時間。
ついに俺も帝国軍の正規士官。第三師団所属、師団長直属の部下。
仕方なく起き、制服を着込み、鏡の前で髪を整える。なるべく真面目そうな顔を作ろうとしたけど、どこか目が死んでいるのは否めなかった。
朝から雲ひとつない晴天。空は青く、風は爽やか。
「うん。良い天気だ」
なのに、俺の足取りは重かった。いや、比喩じゃなくて本当に重い。誰か背中に乗っているんじゃなかろうか。
第三師団本部。
なんて響きのいい言葉なんだろう。偉そうで、強そうで、なんだかカッコいい。だが現実は違う。
「……来ちゃったよ」
到着した俺は、目の前にそびえる城塞風の建物を見上げて、思わずそう呟いた。
ここが、エルヴァーリア王国でも精鋭が集まっているとされる第三師団の本部。
その精鋭たちを束ねるのが、【白銀の戦姫】ことラティア・ヴァルグレイス大将である。
俺は「首席卒業」「将来有望」「実績多数」「推薦爆弾コンボ」という期待の新人である。
「失礼します。アルクス少尉でしょうか?」
いきなり後ろから声をかけられた。
振り返ると、金色の短髪を後ろでまとめた女性兵士が立っていた。年の頃は二十代前半か。
キリッとした目元と整った顔立ち。うん。強いね。
とはいえ、それは一般基準での話。
「はい。本日着任しまいたアルクス少尉です」
どれだけ期待されても、主席卒業であっても、士官学校卒業ということで階級は少尉スタート。二等兵からじゃないだけマシだ。
「案内役を命じられています。第三師団所属、ティナ=ハーヴェイ軍曹です。以後、お見知りおきを」
そう言って敬礼され、思わずこちらも真面目に返礼してしまった。うわ、なんかちゃんとしてる。既にこの部隊の雰囲気に押されてる感、すごいぞ俺。
姓があるということは、貴族出身の者のようだが、ここは軍だ。貴族などの権力は軍ではほとんど通用しない。大貴族ともなれば話は別だが。
「ではご案内します。師団長はいますが、まずは執務室へ。先に資料をお渡しします」
俺はティナ軍曹に案内され、重厚な石造りの廊下を歩き出した。左右には訓練で汗を流す兵士たちの姿。剣と槍と筋肉でゴリ押しする風景が広がっている。
「装備はないのか?」
思わず聞くと、ティナ軍曹は平然と答えた。
「ありますが、ラティア団長は『基礎鍛えられてない者が上等な装備を身に付けても、ただの重り』って仰ってまして」
言いそう~~~~。
いや、実際に会った時も、そんな感じの目をしていた。直感と自身の力で戦場を駆け抜けてるタイプ。
しばらくして到着した執務室では、配属通知やら、階級章、今後の訓練予定なんかが詰まった紙の束が山のように渡された。ティナ軍曹いわく「これでも最低限です」とのこと。
……つまり、これ以上の地獄が控えている可能性があるってことだな!
「では次に、団長室へお連れします」
その言葉に、思わず足が止まった。
ついに……来たか。白銀の戦姫と再会する時が。
意を決して、ノック。
「入れ」
俺は「失礼します」とドアを開けると、そこには長い銀髪を揺らし、まさに戦姫の名に相応しい美女が座っていた。机の上には書類が散らばり、壁には剣が飾られている。
見た感じ、装飾用とか儀礼用の剣みたいだ。実戦向きの剣ではない。
「来たようだね」
ラティア・ヴァルグレイス団長。
美人で、スタイル良くて、目つきが鋭い。思わず「この人が酔って絡んだら地獄だな」と思ってしまったが、口には出さない。だって絶対に面倒なことになるから。
「アルクスで合っているかな? 平民出身、姓なし、士官候補から本日付で少尉」
「はい、アルクス士官候補生から本日付で……」
「形式なんてどうでもいいよ。戦場では、喋っている間に首飛ぶからね」
「……了解しました」
姿勢を正さずにはいられなかった。言葉の端々から感じる、『戦場で生きてきた人間』の重み。格好いいと思うのが悔しいくらいに。
「で、アルクスの実力、まだ半信半疑だ。首席とか推薦とか、そのようなもので判断していたら部隊が潰れる。だから今日の午後から訓練に合流するように。文句あるかな?」
ラティア団長の問いかけに、俺は一瞬だけ考えた。
このまま「あります」と答えたらどうなるだろう。
選択肢A:目の前の机が飛んでくる。
選択肢B:後ろの壁の剣が飛んでくる。
選択肢C:俺が飛ばされる。
まあ、Cだな。
「いえ、訓練大好き人間です。朝起きたらまず腕立てから始まるタイプです」
「そうか。健康的でよろしい」
信じた⁉ コイツ、信じやがったよ! いや、冗談だって。今の明らかにジョークだったじゃん⁉ 空気読んでよ、戦姫さん!
「午後から訓練に合流してもらう。第三中隊のところに行くように。あそこは比較的マシだと思うよ」
比較的マシ……その言い方、不安しかないんだけど。どこが比較的マシなのか、その基準は? まさか「死者が出てない」とかじゃないよね?
「了解しました。ちなみに第三中隊って、どんな人が?」
「ちょっと暑苦しい奴と、ちょっと陰湿な奴と、ちょっと変な奴と、あとまあ……普通に強いのが混ざっているよ」
それ、全員クセ強いのでは? バランスとか調和とかどこ行った? もっとこう、「爽やか好青年枠」とか「癒し系お姉さん枠」とか、そういうのがいてもいいと思うんだけど。
「……わかりました。期待に応えられるよう頑張ります」
「ああ。それでは解散だ。何か困ったことがあったら、ティナに聞くといいよ。私はこう見えて忙しくてね」
「了解です」
敬礼をして団長室を後にすると、ティナ軍曹がすでに廊下で待機していた。まるで俺が押し出されるのを知っていたかのようなタイミングだ。
「お疲れ様です、少尉」
「ティナさん」
「敬称は不要ですよ。ここは軍ですので。階級でも呼び捨てでも好きに呼んでください」
「……では、ティナ軍曹。師団長が午後から第三中隊の訓練に合流するように言われました」
そう言った瞬間、俺はティナ軍曹の表情が一瞬だけ動いたのを見逃さなかった。
「……第三中隊ですか。分かりました」
「ちょっ、今の間ってなに⁉ 怖いんだけど!」
「いえ。クセが強いだけで良い人ばかりですよ」
「……みたいですね」
「アルクス少尉にはぴったりかと」
「俺が変人だって言いてぇのか⁉ 違うよ! 違うからね!」
俺、もしかして変人にカテゴライズされた……?
──そんな感じで、俺の第三師団での初日が始まった。




