14話:第三師団Ⅲ
書類仕事という名の地獄から帰還したその翌日――俺はついに、久しぶりの自由な朝を迎えた。
目覚ましより早く起きて、コーヒー片手に外の風景を眺めていたら、隣の部屋の斧使い(通称:うるさい兄貴)が爆音でドアを蹴破る音が聞こえた。
ああ、いつもの日常だ。安心する。
……いや、安心していいのかこれ?
そんなわけで、のんびりした午前中を過ごしていた俺のもとに、再びティナ軍曹が現れた。
ちなみに、彼女のノックは「ドン!」という音とともにドアが軋むことで始まる。
ドアに穴が空かないか心配だ。
「アルクス少尉、臨時召集です。師団長から通達がありました」
あー、もう嫌な予感しかしない。
「えーっと、俺、今日まだ部屋から出てないんですけど?」
「問題ありません。すぐ移動できるよう、すでに装備一式は外で準備されています」
お前は俺の秘書か何かか!?
仕方なく軍服を羽織って外に出ると、例の白銀のお姫様……じゃなかった、ラティア師団長が厳しい顔で地図を睨んでいた。
その周りには将官が何人か集まっている。どう見ても、ただ事じゃない。
「師団長、何かありましたか?」
「うん。近隣地域で魔物の活動が活発化しているらしい。偵察隊からの報告では、群れを成して移動している様子も確認されている」
「群れ……って、どれくらいの?」
「百を超える規模だそうだ」
はい来た。絶対面倒なやつじゃん。
「で、それが第三師団の仕事に?」
「そういうことだ。周辺の村々に被害が出ていてね。軍部としても国としても、看過できない問題になっている。今回、我々が先行して討伐任務を担うことになった」
どうしてそうなるぅ~~~⁉
あのね? 俺、平穏に目立たず成り上がるタイプなんですよ? 魔物百体討伐とか、目立たないわけないじゃん! やだー! 超嫌だー!
「えっと、作戦はすでに?」
「これから立案する。君にも参加してもらう」
「ほらやっぱりぃ!!」
俺が泣きそうな声を上げても、師団長はすでに作戦会議モードだ。地図の上に手を置き、淡々と指示を出していく。
「魔物の主な出現ポイントは、ここと、ここと、ここ。つまり三方面に散らばっている可能性が高い。分隊を三つに分け、同時に掃討を行う必要がある」
地図を見た限り、戦力分散は避けられない。しかも地形が悪い。森、谷、小規模な集落跡。どこも視界が悪く、魔物にとっては好条件だ。
「師団長、それなら囮部隊を一つ用意して、他の部隊で挟撃する形にした方が……」
「そうだね。その案を採用しよう。で、囮部隊の指揮官は――」
俺、やめて! それ以上言うと俺が爆発する!
「――アルクス少尉に任せよう」
爆発したァ!!
「なんで俺なんですか⁉」
「君、模擬戦で完勝したじゃないか。それに士官学校時代でも魔物の討伐指揮を執ったことがあると聞く。君の戦術理解も実行力も申し分ない。加えて、囮役という最も危険なポジションに、君のような頭の切れる者が必要だ」
「つまり、捨て駒として最適ってことですか⁉」
「違う。成功すれば、最も称賛される役割ということだよ」
「逆に失敗したら!?」
「……最も責任を問われる役割、かな?」
ははっ、さすが師団長。言い方がうまいね。怖すぎて胃がキリキリしてきたよ!
かくして俺は、三分割された部隊のうちの一つ、しかも囮部隊の指揮官として任務を任されることになった。
任務当日、俺はまだ半分諦め顔で作戦地図と睨めっこしていた。森のど真ん中に突入して魔物の群れを囮りとか、何かの罰ゲームかよと文句を言いながらも、準備は万端に整えている自分が悲しい。
すると、後方から小走りに駆けてくる足音が一つと、歩く足音が一つ。振り返ると、見慣れた顔があった。
「アルクス~!」
元気いっぱいな声と共に駆け寄ってきたのは、偵察班配属の同期、ミナ。小柄な体に軽装の偵察用装備を纏い、腰には短剣二本。士官学校時代から素早さはピカイチで、いまもその機動力が評価されているらしい。
……ただし、いまだに正式な偵察隊員じゃなくて「見習い」枠らしいけど。
同じ第三師団ではあるが、ほとんど会うことはない。二人とも訓練やら書類仕事やらで忙しいようだ。
「やっと会えたねー! まさか同じ任務に入れるなんて!」
ミナが嬉しそうに笑いながら俺の前に立つと、その後ろから、歩いてくる男がもう一人。
「おーい、相変わらずミナは速いなぁ……アルクス、久しぶりだな。そろそろ秘書官に立候補してもいいか?」
もう一人の同期であるライナスがにこやかな笑みで現れた。魔法の才能はあり、態度がゆるすぎて教官からよく叱られていた。彼もまだ正式な魔法部隊員ではなく、支援班の「研修中」扱いらしい。
「……お前ら、なんでここに?」
「呼ばれたんだよー、臨時の支援任務ってことで。後方支援部隊に欠員が出たとかでさ」
「私は偵察兼連絡係! それでアルクスが囮部隊にいるって聞いて、わたしが行くー! って手を挙げたの!」
おい待て、それ志願制だったのか。
「お前らなぁ……俺が今回どんな任務受けているか、分かってんのか?」
「うん、囮でしょ?」
「めっちゃヤバいやつ」
即答で言うな!
「むしろ、だから来たんだけど? アルクスがいるからこそ安心できるもん」
「うんうん、見てて面白いからな」
……お前ら俺を何だと思ってんだよ。
特にライナス!
「まぁ、正直頼りになるのはありがたいけどさ……二人とも、まだ研修中だろ? 危険な任務で無理しないようにしろよ」
「はーい!」
「アルクスが危なくなったら、俺、全力で逃げるから安心してくれ」
どこが安心だ。
……でも、久しぶりに会う二人の顔を見て、なんだか気が緩んだのも事実だった。士官学校時代、一緒に苦楽を共にした仲だ。
時間まで、三人で笑いながら、士官学校時代の思い出話に花が咲く。緊張感が高まる戦場直前の空気には、少し不似合いかもしれないけど。
それにしても。
魔物の群れの目の前で囮作戦て、どう考えても狂気の沙汰だよな……いや、作戦そのものはちゃんと理に適ってるけど、どうして俺が前線でそれをやるハメになるのか。
俺の平穏、どこいった。
「ところでさ、アルクス。今回の作戦って、成功したら結構評価されるんじゃない?」
と、ライナスがにやりと笑って言った。
「……あー、いや、あのね。評価されたくないのよ、俺は。静かに! 目立たず! でも上に行く! がモットーだから!」
「でも現実は」
「爆速で目立ってるよねー! 私のところまで噂が聞こえるよ? それについこの間、演習で指揮して完勝したって」
「どうしてそうなるぅ~~~⁉」
二人に同時にツッコまれて、俺の声が空にこだました。今日の空は青い。俺の胃は曇り空だ。




