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勇者様に街の名前を教えて送り出したら、世界を手にして帰ってきました。  作者: やなぎ いつみ


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5/5

* 5 *



 ――そうして幾許かの時が過ぎ。



 私は、激しく戸惑っていた。


『脅威から救って頂きありがとうございます。どうぞ、お元気で』


 そう伝えて終わりのはずだった。この収まりきらない感謝の気持ちを、決まった言葉でどんな風に届けよう。そう思っていた、のに。


「長い間待たせてごめんね」


 向かい合う相手が憂いを帯びた瞳で見下ろしてくる。


「毎日毎日、今日も君がここで待っているのかと思うと、気が急いて仕方なかった。冬が来れば、外で待つのは冷えるだろうから……」


 寒い。確かに寒くはなった。が、その寒さを感じられないくらい熱かった。眼前にあるのは、初めて会った時と変わらないさらさらの黒い髪。そして、同色の瞳だ。

 今、私はどういうわけか、『勇者様』から過分な心配りを受けていた。


(な、なんで、こんなことに)


 無事な姿に喜ぶ余裕も、安堵する間もない。


 ――やっと会えた、と。


 堪えきれない嬉しさを顔一杯に浮かべた勇者に駆け寄られ、私は伝えるべき言葉を一瞬忘れた。

 今も送られる視線と言葉に、冷静さが刈り取られていく。


 ちょっと逃げたい。

 とにかく、逃げたい。

 だが、勇者の苦労をここで台無しにしてなるものか。


「きっ、……脅威から、救って、いただき……」

「うん」

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」


 次は何を言うのだろうと、期待されている気がする。けれど、話せるのはあとひと言。私は勇者の尊顔を見ないように頭を下げて、最後の言葉を言い切った。


「どうぞ、お元気で」


 もう、どうか。不必要な事を伝える前に。願いながら地面を見つめ、視界の端の靴が引くのを待つ。


 だが、その時間が異様に長く、私はちらりと視線を上げて勇者の様子を窺った。

 そこで返されたのは、麗しい笑みだ。

 ね、と穏やかな声が落ちてくる。


「約束を覚えている?」


(……やくそく? 約束、って何だろう)


 回らない頭で何かしたかと考えていると、勇者がすっと身を屈めた。


「――君の、名前」


(ひぇ……っ)


 (すんで)の所で息を止め、叫び声を飲み込んだ。

 吐息の触れた耳が熱い。瞬く間に心臓が走り出し、体温が上がっていくのがよく分かる。

 恥ずかしい。蹲りたい。それでも決められたこと以外は伝えられない。耐える私に、彼は目を細めて口を開いた。


「大丈夫だよ」


 彼の腕が持ち上がる。大きな手が宥めるように髪を撫で、私の頬に添えられた。次いで長い指が顎へと滑り、勇者の顔が近くなる。

 漆黒の瞳は柔らかく、優しく細められている。けれどその奥に見つけた熱は、真っ直ぐにこちらに注がれていて。


「〜〜っ!!」


 咄嗟に顔を逸らし、触れていた手から逃れ出た。騒ぐ胸を押さえて宥め、そうして自分がした事に気がついた。

 瞬く勇者の姿を認め、私はさあっと青くなる。


(ど、どうし、よう……っ)


 拒絶など許されているはずがない。これは役目、ひいては神への反抗だ。私は罰に備えて手を組んで、ぎゅぅと強く目を閉じた。

 世界が終わるか、私が終わるか。どうかせめて後者であれと願いつつ、審判の時を待ち構える。


「……」


 けれど。


「……、……?」


 何も起こらない。

 恐る恐る、目を開く。死んでない。世界も……無事そう。私は微かに震える手をゆっくり広げ、その動きを確かめた。


「ほらね、大丈夫」


 嬉しそうに微笑む相手に、私はようやくからからになった喉を動かした。


「どう、して」

「だって世界を貰ってきたから」

「…………は」

「この世界の神が言ったんだ。魔王を倒せば、願いを一つ叶えると。だから世界をもらった。君と自由に話せない世界なら、俺が変えてしまえばいいと思って」


 なるほど。確かにそれは間違いない。

 納得しかけた私はぶんと頭を振った。


「っ、まって、なんで、ですか!? なんで私、というか元の世界は……!」

「そうだね。望めばまた、あそこで生きることも出来たかな。でも俺は、帰りたいとは思わない」


 はっきりと告げられた彼の意思に目を見開く。

 どうして。何か、嫌なことがあったのか。辛いことが起きたのか。切り離された世界を知らない私は、不用意な言葉を掛けられずに固まった。


「あぁ、ごめんね。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。ただ、未練なんて欠片もないって言いたくて」

「そんな、顔」

「うん。俺のことが心配で堪らないって顔」


 まるで、この上なく大事なものを慈しむように頬を包み、指で擦る。その仕草に、一旦冷えていた熱が戻ってきた。


「だからこの世界が欲しくなった。勇者が居なくなって、俺の事を考えない日々が君の日常になる。俺は、その方がずっと惜しかった」


(……、な)


 何か、すごいことを、言われた気がする。


(き、気の所為……かな)


 うんそうだと逃避しかけたけれど、触れたままの手がそれを許しはしなかった。

 冗談などではない。

 世界より何より、自分を選んだのだと言ってくる。


「〜〜っ、わ、私は、貴方にそんな風に惜しんで貰えるようなことは、なにも」

「そうかな?」


 何故、そんなに楽しそうに聞いてくるのか。


「……そうじゃない、ですか?」

「だって、ずっと心配してくれたよね。理不尽な言葉に怒って、泣いて。あぁ、この子は世界を救う神ではなく、自分達とは違う異物でもなく。勇者(おれ)を一人の人として見てくれてるんだって知って嬉しかったのに」


 忘れた? と首を傾げる相手。その言葉を反芻する。そうして。


(ちょ、っと、待って……!?)


 もしやあの日か。怒りに任せて喧嘩を売って、助けて貰った相手に宥められて涙を零した。無謀で恥ずかしいことをした夜が、少し前に確かにあった。

 ただ――。


(あの時、勇者様は居なかったはずだけど……!)


 どういうことだ。どうして知ってる。

 驚きに見開く目を見返して、彼は秘密を話すように口元で一本指を立てた。


「そうですね……。神殿の関係者……だからですかね?」


(!!? あああ、あのひと……!?)


 まさか喚いたことが全て本人に聞かれていた、とか。


「ううう、うそ、嘘ですよね!?」

「本当だよ。言ったでしょ、君の気持ちは届いてるって」

「い、言ってた、けど……っ」


 だって勇者だとは認識出来なかった。本人もそうとは言わなかったし、他人事のように話していたではないか。泣きそうな顔であり得ないと呟く私に、彼は少し申し訳なさそうな顔で笑った。


「ごめんね。実はちょっとした裏技があるんだ」


 勇者としての干渉は出来ないけれど、人々の日常を見る事が出来る。彼はそれを、街に着いた日の夜に使ったらしい。


「全ての街を巡ってきて、あちこちでこの世界の人の心を聞いてきた。魔王と戦うのは勇者の役目。だから世界を、自分を救うのは当たり前。役割はただひたすら面倒で、不利益があれば勇者が悪い。そんな考えを持つ人が多かった」


 でも君は違う。

 目を伏せて、浸るように頬を緩める。私はそんな勇者に待って欲しいと首を振った。


「た、たまたま、悪く言う人の話ばかりを聞いただけです。そんな人ばかりじゃ」

「そうだね。その中で君を見つけた俺は幸運だった」

「なんでそんな変換に……!」


 なんだかもう、修整不可能な匂いが漂う。

 いや、諦めてはいけない。


「聞いて、下さい……っ」


 私は彼に傾けている心を隠し、自分が向けた気遣いや思考は至極普通のものだと主張した。私の友人も勇者の仕組みには疑問を抱いていたし、純粋に身を案じていた人はもっと沢山居ただろう。


「だから、惜しむとか……っ、ほ、欲しがったり、するような価値は」

「うん、分かった」

「へ」

 

 あっさりとした答えに、ぽかんとする。そんな私に、彼は首を傾けふわりと笑んだ。


「なら確かめようか。君が特別じゃないってこと」

「――は」

「俺のこの想いが間違いか。もっと話して判断しよう。君と過ごして、話して、知って、君も俺のことを理解して。そうすれば、惜しむべきものが分かるだろう」


 そうしよう、と決めた勇者に二の句が継げない。

 次々と贈られる思いに、私の顔は赤くなったり、青くなったりと忙しないことだろう。

 逃げ場など、とうの昔に奪われていたのだ、と。ようやく気付いた私に、勇者が顔を寄せる。


「だから、ね。君の名前を教えて?」









お読み頂きありがとうございました(*´˘`*)


山もなければ谷もない。

チートもなければざまぁもない。

でも書くことができて幸せです❀

最後までお付き合い下さった皆さまに、心より感謝を申し上げますっ!

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