* 4 *
どんな事をしでかそうとも、生きていれば朝というのは必ず来る。窓から射し込む光に促され、私はむくりと身を起こした。
(よし!)
身支度を整え家を出て、街の入り口へと向かう。
勇者が昨日の一件を知ることはないだろう。だからといって、なかったことには決してならない。彼が救おうとしている世界が少しでも、その努力に見合う価値あるものになるように。
(小さなことでも、私が出来ることをしていこう)
そう思い、まずは置物になりつつ他人の分まで勇者の無事を祈ろうかと思っていたのだが――。
「おはよう」
「っ、はい、ここはアルタの街です」
「うん。今日は少し外へ出てくるよ。でもちゃんとここへ戻ってくるから、その時は」
「是非、当街一番の宿で疲れを癒して下さいね」
「そうするよ」
……。
……あれ?
「間に合ったかな」
「はい、ここはアルタの街です」
「ああ、無事戻れて良かった。ここの結界の構成に必要な素材があったんだ。けど……少し遅くなったね」
「是非当街一番の宿で、疲れを癒して下さいね」
「……ありがとう」
……んん?
「やあ」
「はい、ここはアルタの街です」
「うん。少しずつだけど、街の人を守るための準備が進んでるよ。また今日も頑張ってくるから、戻ってきたら――」
「是非当街一番の宿で、疲れを癒してくださいね」
「ああ、行ってくる」
……えと、ちょっと待って。
何を言っても私の答えは変わらない。絶対相手もそう分かっているはずだ。なのに何故、そんなに噛み締めるように応えているのか。
頭の中は疑問で一杯だというのに、問いかけることは許されない。ただ微笑むことしか出来ない私の前で、目を伏せた勇者は嬉しそうな表情を浮かべていて――。
(っ、本当になんで!??)
――それからというもの、毎朝、毎夕、私は同じ言葉を繰り返した。
無論、おはようもお帰りも返せない。けれど何故か会話は成り立ち、勇者は満足そうに去っていく。
その度に、私は自分の中に何かが降り積もっていくのを感じていた。
***
(……そう言えば名前聞くの忘れたなぁ)
街の入口に立ち、空を見つめながらふと思う。頭に浮かぶのは、店で助けてくれた青年のことだ。
何故また数日経ってそんな事を思ったのかというと、何ということはない。昨日再び彼に店で会い、また話を聞いてもらったからだ。
その時漏れ出したのは胸の内に留められない、どうしようもない思い。溢れさせたのは言うまでもなく、勇者であった。
『おはよう、今日も早いね』
『はい、ここはアルタの街です』
『うん。俺は今日、この街の結界を展開させるよ。……その後は』
『……是非、当街一番の宿で疲れを癒して下さいね』
『そうだね。しっかり休んで、明日には旅立つから』
自分の手を、ぎゅっと握った。そうしないと、相手を掴んでしまいそうだった。
自分の中で勇者の存在が近く、大きくなり過ぎている。そのことに気付くと同時に、私は一瞬でも役割を越え、勇者の努力を無駄にしようとした自分を責めた。
だがあの青年は、鬱々とする私に大丈夫だと、勇者は無事に戻ってくるからと言ってくれたのだ。
(根拠なんてない……んだけど、なんか信じちゃうんだよね)
神官だからだろうか。
不思議な彼のことを考えていると、ここ一週間で耳に馴染んだ足音が聞こえてきた。
視線を向けた先には無二の漆黒。優しい夜を映したそれは、紛れもなく勇者のものだ。
途端に落ち着かなくなる気持ちを抑え、私はこちらに向かってくる相手を見つめた。
「おはよう、やっぱり今日もここに居るんだね」
そうです。貴方がいる限り。
速歩になる鼓動を感じつつ、私は心の中でそう言った。
「もし、無事に帰ってきたら。その時はまた何か言ってくれるのかな」
勿論だ。
そしておそらくそれが最後の会話になるだろう。それが私の役目であり、唯一出来る事だから。
黙ったまま微笑んだ私に、勇者は柔らかな笑みを浮かべた。
「分かった。ちゃんと帰ってくる。だから次は――」
そう言いながら、彼が不意に顔を寄せる。
「君の名前を教えて?」
「――っ!」
息を飲んだ私に、勇者は悪戯っぽく笑う。
「約束だよ」
半ば混乱しながら、それは無理だと思っていた。
まともな会話も出来ないのに、名前なんてきっと言えない。
私の思いが届いたかどうか、踵を返した勇者に慌てて声を掛ける。
「『行ってらっしゃいませ。どうかご無事で』!」
勇者は結構腹黒です。
次で終わります❀




