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紫冠を譲渡されました

田村皇子は舒明元年(六二九年)に即位する。舒明天皇である。百済川のほとりを宮地とし、百済宮を建て、百済大寺も建てた。地名は百済人の居住地に由来する。百済の影響力の強い政権であった。後に中大兄皇子が百済本国の存亡をかけ、大国唐に対し、無謀にも白村江の戦いに挑んだ。百済と一心同体の意識があったためである。


政治は蘇我善徳という状況は変わらず、豪族達は朝廷に出仕せず、専ら蘇我家に出仕するようになった。これは蘇我氏の専横と悪く解釈されるが、外国百済と一心同体の朝廷よりも蘇我家に集まる方が自然である。


舒明二年(六三〇年)一月一日、宝皇女を皇后とする。


舒明四年(六三二年)、唐の使者である高表仁が来朝したが、倭国の王子と礼を争った。使節一行は国書を奏上することなく、帰国する破目に陥る。この事件は旧唐書東夷伝にあるが、日本書紀には記述されていない。日本書紀では外交的失敗は記載しないことが流儀になっている。


舒明九年(六三七年)、蝦夷が背いて入朝しなかった。大仁上毛野君形名を召して、将軍として討たせた。しかし敗北し、砦に逃げたものの、囲まれてしまった。


舒明一二年(六四〇年)、高向漢人玄人が唐から帰国する。


舒明一三年(六四一年)、舒明は百済宮で没する。開別皇子が16歳でしのびごとを読む。誅は死者の生前の功徳をたたえて哀悼の意を述べる言葉である。宮の北に殯宮を設置し、百済の大殯という。ここでも百済が名前に遣われている。百済の影響が強かった。


舒明天皇の後継者選びも紛糾した。後継候補は三名である。

・山背大兄王:推古没後の後継争いで舒明に敗れており、次こそは自分が大王になるという意識が強い。蘇我系の皇族だが、善徳や蝦夷との関係は先の後継争い以来悪化している。

・古人大兄皇子:蘇我系の皇族。善徳の第一希望。

・開別皇子:古人の異母弟で、皇后宝皇女の子。


後継者を決められない状況のため、女帝擁立の善徳は先例に倣い、皇后宝皇女を時期大王に推した。朝廷の分裂を回避する苦肉の策である。


皇極元年(六四二年)、宝皇女が即位する。皇極天皇である。開別皇子は母親が大王になることで、皇后の後継者ということで、中大兄皇子と名乗ることになる。中大兄の「中」とは兄の古人大兄と弟の大海人の間という意味とされる。


高句麗の政変が倭国に伝わった。二月六日に高句麗の使人が難波津に泊った。二一日、諸大夫たちを難波の郡に遣わして、高句麗の奉った金銀などと、他の献上物を点検させた。使者は献上が済んだ後に高句麗の状況を語った。


「去年の六月、弟王子が亡くなり、秋九月、大臣伊梨柯須弥いりかすみが、大王を殺して、併せて伊梨渠世斯いりこせしら180余人を殺しました。弟王子の子を王とし、自分の同族の都須流金流つするこんるを大臣としました。」

伊梨柯須弥は泉蓋蘇文のことである。


後の大化の改新を正当化する立場に立てば、中国の統一・強大化という国際情勢の中で倭が生き残るためには、天皇中心の中央集権体制を確立する必要があり、天皇を蔑ろにする蘇我氏は滅ぼされるべきということになる。しかし政治体制の強化が正しい方策としても、天皇中心の集権体制が唯一の解であるとも最適の解であるとも限らない。現に高句麗でも力のある臣下に権力を集中することで、国際情勢を乗り切ろうとしていた。


皇極二年(六四三年)十月、蝦夷が病により朝廷に出仕できなくなる。蝦夷は蘇我氏の紫冠を善徳に譲渡した。これまで善徳は蝦夷を蘇我氏の族長とし、常に蝦夷を立ててきた。日本史知識では蝦夷が馬子の後継であり、それが自然と考えたからである。しかし、病気では仕方がない。


紫冠譲渡を蘇我氏が独断で行ったことへの批判がある。しかし、紫冠は蘇我氏の族長位を象徴するものであり、蘇我氏の族長の行為であり、大王の権限を侵犯するものではない。



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